10月25日発売『緘黙の歌声』ミュージックビデオが公開

2017年10月18日(水曜日)


メインの曲『歌声』のミュージックビデオ


若倉純さんのシングルCD『緘黙の歌声』が、10月25日にリリースされます。そのメインの曲『歌声』のミュージックビデオが、YouTube で公開されました。



若倉純さんは、場面緘黙経験を持つシンガーソングライターです。2014年に、緘黙だった子どもの頃の経験を歌にした曲『歌声』を発表。現在、緘黙をより多くの人に知ってもらうための活動を行なっています。今回発売される『緘黙の歌声』で、CDデビューされます。

『歌声』はCD化をきっかけに歌詞が新しくなり、アレンジも変わっています。以前聴いたことがあるという方も、ぜひ動画をご覧になってみてください。

このブログでは若倉純さんの『歌声』を、2014年10月11日に紹介していました。私は当時 YouTube で聴いた曲でした。その曲が3年を経てここまで大きな展開を見せたことに、ちょっとした感慨のようなものがあります(別に私は曲に関わったわけではないのですが……)。

↓ 当時の記事です。
◇ 漫画、歌、ウェブ小説で緘黙経験を語る(元)当事者たち
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関連情報


10月22日(日曜)かんもくアコースティックライブ


10月22日(日曜日)に開催される「かんもくアコースティックライブ」に、若倉純さんが出演されます。『緘黙の歌声』の先行発売もあるそうです。このライブは緘黙経験を持つアーティストによるもので、出演者には mananaさん、中越千春さん、AIRIさんもいらっしゃいます。完全予約制で、既に予約受付は終了しています。詳しくは、公式ホームページをご覧ください。

↓ 公式ホームページへのリンクです。
◇ かんもくアコースティックライブ2017
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10月22日(日曜)ラジオ番組『緘黙の歌声』


また、かんもくアコースティックライブ開催日と同じ10月22日(日曜日)に、若倉純さんがメインパーソナリティーを務めるラジオ番組『緘黙の歌声』が放送されます。23時00分~23時15分までです。エフエム世田谷での放送ですが、世田谷区外の方でも、インターネットを通じてお聴きになれます。

この日の放送では、ゲストに角田圭子氏(かんもくネット代表)をお迎えするそうです。

↓ ここから番組を聴けます。エフエム世田谷ホームページへのリンクです。
◇ エフエム世田谷83.4MHz
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↓ 過去の放送分はここで聴けます。WWRadio ホームページへのリンクです。9月24日放送分では、CD音源の『歌声』が流れました。
◇ 若倉純の緘黙の歌声
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ツイキャス配信


さらに、インターネットによるライブ配信「ツイキャス」で、若倉純さんは「緘黙ラジオ」に参加されたり、「ツイキャス弾き語り」をされたりしています。気になる方は、若倉純さんのブログでスケジュール等をチェックしてみてください。ライヴのスケジュールも確認できます。

◇ 若倉純さんのブログ
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『日本一醜い親への手紙-そんな親なら捨てちゃえば?』

2017年10月12日(木曜日)


ちょっと刺激的な書名ですが、『日本一醜い親への手紙-そんな親なら捨てちゃえば?』という新刊に、場面緘黙症の経験者の話が少し載っています。症状を持ったまま社会に出たと書かれてあることから、緘黙を成人期に持ち越した方(大人の緘黙)とも解釈できます。

本全体は虐待をテーマとしたものですが、ここでは緘黙という視点から、この経験者の「手紙」を読んだ感想を書いてみたいと思います。

本の基本情報


書名:『日本一醜い親への手紙-そんな親なら捨てちゃえば?』
編者:Create Media
出版社:dZERO
出版年月:2017年10月2月


本の概要


虐待を受けた100人による、親への「手紙」を掲載した本です。この100人は一般公募で選ばれたもので、2017年7月3日まで募集が行なわれていました。1997年にも『日本一醜い親への手紙』が出版されていますが、その第2作です。もともとは、母への感謝の手紙を収録したベストセラー『日本一短い「母」への手紙』への違和感から作られた本だそうです。

本書の100通の「手紙」の一つに、みやなさんという、緘黙を経験した36歳女性によるものが掲載されています(145~148ページ)。「場面かんもく症」という言葉が、しっかり出てきます。虐待を受けたことに加えて、緘黙に無理解だった親のことが綴られています。みやなさんの手紙の題名「お母さんは明るいのに」は、虐待ではなく緘黙に関するものです。


感想


緘黙経験と、その解釈


みやなさんの緘黙が、診断を受けてのものかどうかは書かれていません。ですが、親から受けた仕打ちなどを別とすると、この方の経験は緘黙経験に極めて特徴的なものです。やはり緘黙かもしれないと思わせます。

興味深かったのは、人の名前が呼べないこと。これは緘黙の当事者や経験者の間である程度共通することとして、近年インターネット上で話題に上がっています。

みやなさんは、大人になって緘黙を知ったそうです。こうした経験者は、専門家が本などで解く緘黙の解説に影響を受け、自らの緘黙経験を再解釈することがあります。例えば、親の虐待のせいで緘黙になったと思っていたけれども、本などで書かれてある緘黙の原因論を読んで考えが変わったとか。

みやなさんの場合、まだそうした影響はあまり受けていないのではないかと思います。だとしたら、素に近い、経験者の声と言えそうです。ですが、そうではなくて、専門家が解く緘黙の解説に疑いを持たれているのかもしれず、このあたり、はっきり分かりません。


緘黙に理解のない親もいる


みやなさんの親は緘黙に無理解でした。みやなさんが子どもの頃は、親が緘黙の情報を探し求めにくい時代ではあったでしょうが、それにしても、もっと何とかならなかったのだろうかと思います。当時にも理解ある親もいただろうと思うのですが(『負けたらあかん!』のお母様など)。

緘黙に理解のない親の話は今でも聞きます。もっとも、親ばかりを責めるわけにもいきません。緘黙は現状ではあまり知られておらず、最初から緘黙を知る親は少ないでしょうから、緘黙に気付く前の段階に無理解な言動をとってしまうのは、ある程度避けられない部分もあります。また、親は立場上、子どもが学校で緘黙する場面を見る機会が少なく、事の深刻さをどうしても理解しにくいものと思われます。

とはいえ、親に理解がないと、子どもは可哀想です。特に、親が長期にわたって無理解な姿勢を示し続けると、子どもが親に対してある種の感情を持つようになっても無理のないことのように私には思えます。

少し古い記事ですが、「かんもくの会」の代表も、2008年12月2日の日誌の中で次のように書いています。

かんもくの会の保護者会員の方々だけと接しているとそんな気がしなくなってくるのですが、現実はほとんどの子どもたちはあまり心配してもらえずに放置されていると思います。

緘黙症の当人はどうしてこの苦痛に気づいてくれないのかと親を恨んだりします。

こうした親を持つ当事者が置かれている状況は深刻ではないかと思うのですが、その実態については、いまだはっきりしたことは分かっていません。


緘黙に無理解だった親に対し、30代半ばになっても、ある種の感情


緘黙に限らず、子どもの頃に感じた親に対するある種の感情というのは、なかなか消えないこともあります。 結婚して自らが親になり、その子どもが成人するような年齢になっても、子どもの頃に親にされたことを根に持ち続ける人を何人も知っています。

緘黙経験者の中には、長期にわたって無理解だった親への複雑な感情を、後の人生まで引きずり続ける人はいないのでしょうか。特にみやなさんの場合、緘黙は大人になっても長期間続いたようですし、加えて被虐待経験まであったので、36歳になってもこれだけの思いを持っているのでしょう。


無理解な親のもとでの苦悩は、メディアより、当事者や経験者が直接発信


近年、メディアが緘黙を取り上げることが増えてきましたが、理解のない親のもとで苦悩する当事者に踏み込んだ記事は、私の知る限りありません。また、緘黙に理解のある親が取材対象とされることはあっても、理解のない親が取材対象にされることはありません。理解ある親の思いがメディアで取り上げられると、私などは「それ以前に、親に理解されない人もいるのではないか」と言いたくなります。

このような理解のない親に苦しむ当事者や経験者の声は、インターネット上の個人の情報発信といった、当事者や経験者が直接発した経験談を中心に伝えられてきました。それに、今回の「手紙」が加わったと見ることができるだろうと思います。


大人になったら治るとは限らない


そして、緘黙は大人になったら治るから心配いらないとは必ずしも言えないと、改めて感じました。虐待を受けた経験と併せて、みやなさんも、社会に出てから本当に苦しまれたようです。


むすび


ページ数は少ないですが、おそらく成人期の緘黙経験や、緘黙に無理解な親への思いが、一般向けの出版物で語られたことは大きいと思います。特に後者については、この本だからこそ書けたのでしょう。虐待の経験とともに、本当によく書かれたと思います。

それにしても、緘黙経験もさることながら、虐待を受けた経験も本当に苦しいものだと感じさせられます。子ども視点で描かれたこの本が、問題提起になるとよいです。

※ なお、緘黙経験は多様です。今回の本に限らず、緘黙の経験談は、あくまで一例として読むべきだろうと思います。また、一般論として、緘黙の原因は虐待だとは考えられていません。そして、緘黙に理解のある親もたくさんいます。

[追記(2017年10月14日)]

私が書いたことが誤解を招いたかもしれないので、補足します。

最後に「一般論として、緘黙の原因は虐待だとは考えられていません」と書きましたが、これは、一般論として、全ての緘黙はただ虐待のみを原因として起こるものとは考えられていない、全ての緘黙が虐待の結果起こったものとは考えられていない、という趣旨で書いたものです。言葉足らずだったようで、誤解を招いたかもしれません。

例えば、今年出版された高木潤野『学校における場面緘黙への対応』(学苑社)では、近年は養育環境や親の養育態度は緘黙の主たる原因である可能性は否定されていると説明されています。ただ、その一方で、家族機能の不全を原因の1つとして緘黙を発症する子どももいることも確かであるとも述べられています(99ページ)。

また、一般論はともかく、みやなさん個人が緘黙になった原因については、私が勝手に判断できることではありません。ですが、書き方がまずかったのか、何か誤解を招いてしまったようで、申し訳ない思いです。





緘黙の研修-日本は数時間、海外では丸一日以上も

2017年10月06日(金曜日)


場面緘黙症に関する催しは、海外でも行なわれています。そうした海外の催し物情報を、先日から「緘黙関連ニュース」で、新たにお伝えすることにしました。

「海外の催しなんかお伝えしても、どなたが参加するのか?」と考え、以前はほぼお伝えしませんでした。また、そうした情報を見つけても、私自身軽く読み流していました。ですが、考えを改めることにしました。日本で緘黙に関する催しが増える中、海外の催しを知ることで、何か発見があるかもしれないからです。

海外の催しをお伝えする中で、改めて気付いたことがあります。それは、海外では緘黙の研修やワークショップに丸一日とか、場合によっては丸二日かける場合があることです。日本ではこのような長時間のものはおそらくなく、数時間ほどです。

香港の緘黙ワークショップは丸二日!台湾の団体とも連携


例えば、これは香港で2018年3月に開かれる、専門家向けワークショップの情報です。

↓ 「緘黙関連ニュース」へのリンクです。
◇ 香港で2日間のワークショップ
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午前9時30分から午後5時00分まで、しかも二日間連続です。丸二日といってもいいスケジュールです。

講師は Ruth Perednik 氏。イスラエルの専門家で、このブログでも取り上げた The Selective Mutism Treatment Guide の著者です。プログラムの内容を見るに、理論と実践の両面に目が行き届いていますし、10代や大人の緘黙も取り上げますし、なかなか充実していそうです。

ただ、参加費が、日本の相場では考えられないぐらい高いです。早めの予約で3,800香港ドル(約5.5万円)、そうでない場合は4,500香港ドル(約6.5万円)もします。

なお、8月に誕生した台湾の団体「台灣選擇性緘默症協會」が、このワークショップと連携しているようです。私は中国語が読めず、機械翻訳に頼っているのでよく分からないのですが、台湾の団体が緘黙支援に携われる専門家の育成に力を入れていることが窺えます。

↓ 「台灣選擇性緘默症協會」ブログへのリンクです。
◇ 台灣選擇性緘默症協會種子人才計畫;研習資訊
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丸一日や丸二日かけるものもある、海外の緘黙研修


海外にはこのように、緘黙の研修やワークショップに丸一日とか、丸二日をかけるものもあります。先の香港のもの以外にも、ご紹介してみましょう。

※ いずれも「緘黙関連ニュース」へのリンクです。

◇ 英国ウェールズのAfasicが、緘黙のワークショップ2件連続開催
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◇ ポーランドで、11月に2日間の研修
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◇ 豪州で、10月に8時間のワークショップ
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◇ シティ大学ロンドンで11月、丸1日の短期講習
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私が見つけたものだけでも、これだけあります。しかもこれは、9月から11月という最近のものに限っています。

なお、海外の研修やワークショップの全てが、このように丸一日以上のものであるわけではありません。今のところ「緘黙関連ニュース」では主な催しのみを取り上げることにしているので、結果的にこのような長時間のものの情報ばかり集まっているだけです。例えば、カナダの慈善団体 Anxiety BC が11月3日に開く予定のワークショップは、午前9時から午後1時までのスケジュールです。

↓ カナダの Eventbrite というウェブサイトへのリンクです。
◇ Selective Mutism - Advanced Strategies for Professionals
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このような長時間の研修、日本にはない


このように、丸一日以上にわたる研修やワークショップは、私が知る限り、日本ではありません。

例えば、日本緘黙研究会という団体が主催する研修会が、2016年と2017年に実施されました。この研修会ですが、過去2回とも午後2時00分から午後4時45分 (開場午後1時30分)までの、3時間ほどの内容でした。参加費は1,000円と、これまで見てきたものとは比べ物にならない低さです。

↓ 2017年の研修会。日本緘黙研究会ウェブサイトへのリンクです。
◇ 研修講座「場面緘黙の理解と支援」開催のお知らせ
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↓ 2016年の研修会。日本緘黙研究会ウェブサイトへのリンクです。
◇ 研修講座「場面緘黙の理解と支援」開催のお知らせ
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ただ、日本では、研修会というよりも講演会の方が目立つかもしれません。これも、低参加費で2~3時間ほどのものです。

では、日本では緘黙の研修やワークショップが海外に比べると充実していないのかとかいうと、今のところ私にはまだ分かりません。一概に時間だけ比べてどうこう言うことはできないのではないかと思います。

どちらにしろ、今回のことで私は色々と考えさせられました。例えば、緘黙への支援を行える人材を育成するには、研修やワークショップにどれだけの時間が必要なのか。2~3時間で十分なのか、丸一日や丸二日の研修でみっちり鍛え上げることが必要なのか、それでもまだ足りないのか。おそらくそれは、研修やワークショップの到達目標や、受講者の対象、水準にもよるのではないかと思います。

また、研修やワークショップの時間だけでなく、参加費など、他の要素とのベストな組み合わせはどういったものか。高額費用で丸一日や丸二日の研修だと、高度な知識や技能を持った人材を少数育成するというかたちになりそうです。一方、日本のような低い参加費用で数時間の研修だと、高度な知識や技能をその研修だけで受講者に身につけさせるのは難しそうですが、参加者は多数集まりやすそうなことから、広く薄く教育する効果がありそうです。

何にせよ、私は専門家ではないのでよく分かりません。今後も情報を収集して、海外の動向も研究していきたいです。