場面緘黙症Journalブログ

場面緘黙(かんもく)症。選択性緘黙。学校など特定の場面で声が出ません。

英国で緘黙児が殺害される

2017年01月21日(土)


7歳の少女


イギリスのヨークという都市の公園で1月9日、7歳の少女ケイティー・ラフ(Katie Rough)さんが殺害される事件が起きました。

逮捕されたのは15歳の少女でした。犯行の動機はまだ明らかになっていません。

事件はメディアで大きく取り上げられています。BBC News によると、大衆紙 The SunDaily Mail はこのニュースをトップで伝えたそうです。国会でも話題になり、メイ首相とコービン労働党党首が、哀悼の意を表する場面もありました。

↓ BBC NEWS へのリンク。
◇ Girl, seven, found dead on York path named Katie Rough (新しいウィンドウで開く

↓ BBC NEWS へのリンク。
◇ Newspaper headlines: Corbyn v the 'fat cats' and 'mother's cry' as girl found dead (新しいウィンドウで開く

↓ Daily Mirror へのリンク。
◇ Prime Minister Theresa May pays condolences to family of Katie Rough, 7, found fatally injured in field (新しいウィンドウで開く

この事件は、日本でもネットでニュースになっています。

↓ エキサイトニュースへのリンク。犯行についての生々しい描写があるので、ご注意。
◇ 事件についてのニュース (新しいウィンドウで開く

少女は場面緘黙症だった


この亡くなったケイティー・ラフさんですが、実は場面緘黙症でした(メディアは報じていません)。イギリスの緘黙支援団体 SMIRA との関わりもありました。彼女の母親や SMIRA 役員の Facebook 投稿から明らかになっています。

↓ Facebook へのリンク。英語。Facebook に登録されていない方でもご覧になれます。
◇ 母親の Facebook 投稿 (新しいウィンドウで開く

↓ Facebook へのリンク。英語。Facebook に登録されていない方でもご覧になれます。
◇ SMIRA 役員の Facebook 投稿の転載 (新しいウィンドウで開く

事件に巻き込まれたのがたまたま緘黙児だったということなのか、それとも、緘黙だったから被害に遭ったのか(大人しそうだから狙われたとか、助けの声を上げられなかったとか)、そこのところは今のところ分かりません。

支援の動き広がる


ケイティー・ラフさんを偲ぶとともに、遺族を支援する動きが、イギリスを中心とする海外の緘黙関係者の間で小さな広がりを見せています(もちろん、緘黙と関係ない方の間でも広がっています)。

SMIRA は、ケイティー・ラフさんを偲ぶ Twitter 投稿を行ないました。

↓ Twitter へのリンク。英語。Twitter に登録されていない方でもご覧になれます。
◇ SMIRA の Twitter 投稿 (新しいウィンドウで開く

また、3月に行なわれる SMIRA の年次総会の最後に、ケイティー・ラフさんを偲んで鳩を放とうという企画が出ています。そのための資金がクラウドファンディングで集まっています。

↓ クラウドファンディングサイト GoFundMe へのリンク。英語。
◇ To Release Doves In Memory of Katie (新しいウィンドウで開く

それから、ケイティー・ラフさんの母親が、娘の苗字ラフ(Rough)をできるだけ多くの人に見てもらえるように #teamrough というハッシュタグを SNS でシェアして欲しいと呼び掛けていらっしゃるのですが、それを受けて、自分たちもシェアしようという動きがあります。ラフさんを忘れないということなのでしょう。その一部をご紹介します。

↓ Facebook へのリンク。英語。Facebook に登録されていない方でもご覧になれます。
◇ オーストラリアの緘黙Facebook ページ の投稿 (新しいウィンドウで開く

↓ Facebook へのリンク。英語。Facebook に登録されていない方でもご覧になれます。
◇ ニュージーランドの緘黙支援団体VOICE の Facebook 投稿 (新しいウィンドウで開く

私も学校で話せない経験をした者として、今回のことには強い衝撃を受けました。ご遺族のお気持ちは計り知れません。この場で哀悼の意を表するとともに、日本で緘黙に関心がある方にもケイティー・ラフさんのことを知って欲しいと思い、今回の記事を書いています。

「花が咲かない時は、環境を変える」

2017年01月15日(日)


When a flower doesn't bloom, you fix the environment in which it grows, not the flower.

--Alexander den Heijer

花が咲かない時には、花を変えるのではなく、環境を変えるという言葉です。

言葉に困難を持つ子どもや若者のためのイギリスの支援団体 Afasic が昨年11月、Twitter でこの言葉を紹介しました。それが結構反響がありました。イギリスの場面緘黙症支援団体 SMIRA の役員 Lindsay Whittington さんもシェアしていました。

日本の緘黙支援では WHOの国際生活機能分類 (ICF) というものを取り入れる方法が影響を与えていて、「環境因子」という用語を目にする機会が増えています。そうした中、環境調整の大切さを説くこの一文を、日本の緘黙に関心がある方に紹介したら受け入れられそうだと思い、私も Twitter でこの言葉を紹介してみました。で、反響はどうだったかというと、さっぱりでした。なぜ……。

* * * * * * * * * *

ところでこの一文ですが、英語圏では多少知られた言葉のようで、検索すると結構ヒットします。

海外で名文を残した人というと、Winston Churchill(ウィンストン・チャーチル)など昔の人も連想しますが、この名文を生み出した Alexander den Heijer さんは現代の方です。Facebook や Twitter もやってます。

この方はオランダの「インスピレーショナル・スピーカー」で、企業研修に携わったり、ライターをされたりしているそうです。この一文も、もともとはリーダーの人材活用術を解いたものです。


教師・親の理解/無理解の4パターン

2017年01月08日(日)


全ての教師や親が、緘黙を理解しているわけではない


私たちの知っている多くのお母さんたちはとても明るく暖かく子どもたちの支援に取り組んでいらっしゃいます。むしろ、学校に理解し動いてもらうにはどうしたらいいのか、と日々試行錯誤してるのです。

有力な親の会の一つ「つぼみの会 (場面緘黙 親の会 関東)」さんによる、映画『校庭に東風吹いて』の感想の一部です。

↓ 「つぼみの会 (場面緘黙 親の会 関東)」さんのブログへのリンク。
◇ 「 映画『校庭に東風吹いて』鑑賞&お話会まとめ
 (新しいウィンドウで開く

学校は、必ずしも緘黙のことを理解して支援に動いてくれるわけではないのでしょうか。教師の無理解を訴える当事者・経験者、保護者の話は、私も多数目にしています。

その一方で、親が理解してくれない・理解してくれなかったという当事者・経験者の話も昔から目にします。私にしても、学校で話せなかったことに理解がなかったのは、学校よりもむしろ親の方でした(私の場合、診断は受けていませんが)。


教師・親の理解/無理解を4パターンに分類


そこで、教師・親の緘黙に対する理解/無理解を、4つのパターンに分けてみることにしました。

パターン1:教師も親も、緘黙を理解しているパターン
パターン2:教師は緘黙を理解しているが、親は無理解なパターン
パターン3:教師は緘黙に無理解だが、親は理解しているパターン
パターン4:教師も親も、緘黙に無理解なパターン

つぼみの会さんが見ている現状は、パターン3に相当するだろうと思います。一方、私自身の経験はパターン2に近いです。

それぞれのパターンについて、私なりに思うところを書いてみたいと思います。

パターン1:教師も親も、緘黙を理解


これは、緘黙当事者の支援に理想的なかたちです。緘黙の本は、このかたちを前提に書かれている場合もあります。


パターン2:教師は緘黙を理解しているが、親は無理解


場面緘黙症の児童生徒は家庭では話ができることから、親は子どもの問題に気付いたり、事の重大さを認識したりはしにくいかもしれません。こうした親が、親の会に入会することはあまりないような気がします。場面緘黙症Journal にアクセスすることもそうなさそうです。

親は子どもにとって身近な存在です。また、一般に親は、学校の担任教師と比べて長期的に子どもと関わります。それから、緘黙は学校場面だけで現れるわけではなく、学校外での緘黙支援には親の役割が期待されます。親が無理解だと、このあたりが問題になりそうです。

理想的なかたち(パターン1)にするには、教師や当事者が、親に理解を求める方法などが考えられます。Twitter では、当事者・経験者が親に理解を求めたものの、相手にされなかったという話を何度も目にしたことがあります。子どもが親に理解を求めることの難しさを感じます。

なお、家庭には親が二人いる場合が多いですが(私のように片親の家庭もあります)、一方の親は理解があるのに、もう一方は理解がないという場合もあります。


パターン3:教師は緘黙に無理解だが、親は理解


このパターンの場合、学校で緘黙児に対する支援が適切に行なわれていないと考えられます。緘黙は主に学校場面で現れるのに(もちろん、それ以外の場面でも現れることがあります)、その学校で支援が行われていないと問題です。よく緘黙を理解してほしいという話になると、特に教師の理解を得ることが重視されますが、それは、このあたりのところが理由ではないかと思います。

理想的なかたち(パターン1)にするには、親が教師に理解を求めるか、当事者が教師に資料を渡すといった非言語的なかたちで理解を求めることになるだろうと思います。緘黙の本の中には、教師から理解を得るための具体的な方法を書いたものもあります。

平成28年度(2016年度)から障害者差別解消法が施行され、学校は障害者に合理的配慮を行なうことが義務化されました(ただし、私立は努力義務)。緘黙児がこの法律で定める「障害者」の定義に含まれるのかどうか、正確なところはいまだに私には分からないのですが、合理的配慮の流れは緘黙にもきていて、学校は配慮の要望があれば本来放ってはおきにくいはずではないかと思います。


パターン4:教師も親も、緘黙に無理解


緘黙児は、教師からも親からも支援が得られない状況です。4つのパターンのうち、最も厳しい状況です。

しかも、もし当事者自身が「場面緘黙症」を知らなかった場合、周囲も当事者も緘黙を知らず、緘黙に関する情報から完全に孤立していることになります。ただ、それでも理解ある同級生や友達に恵まれれば、だいぶ変わるかもしれませんが……。


治療専門家を加えると……


これに治療専門家を加えると、理屈の上では、次の8パターンに分けることができます。各パターンについての細かい話は省きます。

パターン1:治療専門家も教師も親も、緘黙を理解しているパターン
パターン2:治療専門家と教師は緘黙を理解しているが、親は無理解なパターン
パターン3:治療専門家と親は緘黙を理解しているが、教師は無理解なパターン
パターン4:治療専門家は緘黙を理解しているが、教師と親は無理解なパターン

パターン5:教師と親は緘黙を理解しているが、治療専門家が無理解なパターン
パターン6:教師は緘黙を理解しているが、治療専門家と親が無理解なパターン
パターン7:親は緘黙を理解しているが、治療専門家と教師が無理解なパターン
パターン8:治療専門家も教師も親も緘黙を無理解なパターン



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2015年12月3日設置。

近々の予定

◇ FM世田谷「かんもくの歌声」第2回(区外でも聴けます)

日時:1月22日(日)23:00~23:15
パーソナリティ:若倉純さん
⇒ FM世田谷ホームページ等から聴けます。

『校庭東風』上映情報

香川県、北海道、徳島県での上映決定。広島県ではイオンシネマでの上映決定。詳細は公式ページへ。 北海道については、こちらも参考になります。
⇒ おびひろ自主上映の会

徳島県については、映画を見る会の会員でない一般の方にもチケットが販売されるようです。
⇒ 徳島でみれない映画をみる会
⇒ あなんで映画をみよう会

※ 『校庭に東風吹いて』は、場面緘黙症の架空の少女が登場する映画です。

最近の記事

リンク

■ ココロのひろば
「場面緘黙」とネットで検索してもほとんど何もヒットしなかった頃に開設されたサイトです。長く更新停止しています。

■ 「話すことがむずかしいあなたへ」
自分を変えたい、話せるようになりたい--こうした緘黙の当事者向けに、そのための具体的な方法を示したマンガです。はやしみこさん作。

■ 場面緘黙症 - メンタルヘルスブログ村
多数の緘黙のブログが登録されています。

■ 緘黙の話
昔緘黙児だった主婦の方が、高校で克服するまでの想い出を綴られています。

■ 場面緘黙について考える-備忘録-
英国在住の元緘黙児の母親によるブログです。緘黙だった息子さんのこと、英国の支援、日々の暮らしの中での想いなどが綴られています。

■ 緘黙ブログー不安の心理学、脳科学的知見からー
不安に関する心理学、脳科学的知見から緘黙症を考えています。

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