緘黙・新春インタビュー 2017

2017年01月01日(日曜日)

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お多福場面緘黙症Journalをご覧の皆様、明けましておめでとうございます!鶏田鶏子です(猿田猿子改め)。「にわとりだ にわとりこ」と呼びます!今年も、場面緘黙症Journal の富条編集長へのインタビューからスタートです。

お多福なんと、今回のインタビューには「ノベルゲーム風版」という謎バージョンがあります!興味のある方は、下のリンクをクリックしてみてください。

↓ 環境によってはいきなり音楽が再生されるのでご注意!従来型携帯電話や古いブラウザでは動作しません。ごめんなさい。
◇ 新春インタビュー・ノベルゲーム風版 (新しいウィンドウで開く

お多福それでは富条編集長!よろしくお願いします。


若侍よろしくお願いします。いきなりですが、何ですか、その「富条編集長」って。


お多福○ かんもくグループ 世話人
○ かんもくネット 代表
 ○ かんもくの会 代表
 ○ 信州かんもく相談室 代表
 ○ つぼみの会 代表
 ○ 日本緘黙研究会 会長
 ○ 北海道かんもくセミナー 事務局代表(五十音順)

に富条さんが対抗してほしいと思い、「編集長」という肩書きをつけさせていただきました。Journal なんだから、代表とかよりも編集長でしょう。

若侍対抗って……何分かんないこと言ってんですか!そんな呼び方しないでください!各団体・グループを代表する皆様、ごめんなさい!

肩書きについて


若侍それにしても、肩書きに注目するとは鶏子さん、変わってますね。「代表」が多いですが、「世話人」「会長」もあります。

お多福昨年、日本緘黙研究会さんのホームページができましたが、会を代表する方の肩書きが、緘黙関係ではよくある「代表」ではなく「会長」だったので、お~っ珍しい!と思いました。そこで、肩書きに注目して調べてみたんです。

お多福代表者の肩書きから、その団体・グループのありようや組織としての考え方が垣間見えるような気がします。例えば、「総裁」はありませんよね。それから、「~の会」だけど、「会長」ではなく「代表」を名乗ってたり。これにはきっと理由があるんですよ。

若侍海外の緘黙支援団体の肩書きも面白いですよ。英語圏では founder(創設者)というのを見かけることがあり、その方が代表する立場を兼ねていることがありますね。役員だと、coordinater(コーディネーター)なんてのも見たことがあります。





SMJ10周年!新春インタビュー 2016後編

2016年01月02日(土曜日)

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お多福新春インタビューの後編をお送りします。テーマは前編に引き続き、場面緘黙症Journal 10周年です!

※ 前編の記事はこちら。 (新しいウィンドウで開く

変わりゆく場面緘黙症 Journal


お多福10年続く場面緘黙症Journal ですが、その内容は意外にも変わってきています。例えば、昔は「論文情報」というコーナーがあったのですが、無くなってしまいました。

若侍「論文情報」は、2007年12月14日から2013年1月15日まで続いたコーナーでした。あのコーナーを作った2007年当時は、日本では緘黙の研究者が1990年頃から絶えてしまって、そのため海外の先進的潮流が入ってきていないという主張が信じられつつある時代でした。

若侍確かに、緘黙を専門的に研究していた人は、当時日本にはいなかったかもしれません。ですが、緘黙に関する研究発表に関していうと、これはむしろ増加傾向にありました(ほとんどは事例研究でした)。私としては緘黙に関する研究発表がまるで日本にはないという誤解が広まってほしくなくて、それがあのコーナーを作った最大の動機でした。

お多福「論文情報」コーナーは無くなりましたが、その中の小コーナー「最近の緘黙関連論文」は残り、現在は掲示板の「緘黙関連ニュース」に統合されています。「緘黙関連ニュース」は、2013年7月21日に始まった比較的新しいコーナーです。

若侍「緘黙関連ニュース」を作ったきっかけは、Twitter でした。Twitter では、私は緘黙に関するニュースを見つけて備忘録代わりとして投稿していたのですが、そんな私の Twitter アカウントをフォローしてくださる方がいらっしゃって。それなら、私が見つけた緘黙のニュースを Twitter だけではなくて、自サイトでも公開しようという発想から、「緘黙関連ニュース」を始めました。

お多福最近では、ブログのアクセスカウンターが実に5年ぶりに復活しました。PC版ブログだと右サイドバー、スマートフォン版ブログだと下の方にあります。なぜ再設置したのですか?

若侍最近、ブログや掲示板にコメントしてくださる方が少なくて。「このサイト、誰も見てないんじゃ」と思われ、アクセスしてくださる方が減っていくと嫌だなと思ったんです。なお、あのアクセスカウンターはブログのアクセス数を集計したものです(従来型携帯電話でのアクセス数は除く)。

実現しなかった企画


若侍一方、場面緘黙症Journal としてこういうことをやってみようかと漠然と考えたけれども、結局やらなかった企画なんてのもあります。例えば、Google に広告を出すとか。

お多福Google に場面緘黙症Journal の広告を!?そういえば、7、8年前にそんなことをブログで書かれてましたね!当時、米国の場面緘黙症不安治療研究センター(SMart Center)が Google に広告を出していて、それにならおうと。費用対効果からあきらめたんでしたっけ。

若侍よく覚えてますね。あと、仮想世界「セカンドライフ」に、場面緘黙症Journal の仮想事務所を作る企画とか。これは相互リンク先のブログにコメントしたことがあるのですが、ここでお話しするのは初めてです。

お多福「セカンドライフ」!そういえば、一時期話題になりました。大企業も数多く参入していましたよね。今では撤退しちゃったみたいですが。

お多福セカンドライフでの場面緘黙症Journal 仮想事務所の設置はやめたみたいですが、現在完成版を制作中の「緘黙RPG」。あのゲームの中に、場面緘黙症Journal の仮想事務所を作ることはできませんか?あの「ウディタ」というゲーム制作ツールは簡単な通信機能に対応していて、オンラインゲームも作れると聞きました。工夫次第で、面白いことができるのでは?

若侍あー、それは考えたことありませんでした。でも、セカンドライフのような開かれた仮想空間で事務所構えるのとは違うからなあ。通信機能も私には色々と難しそうだし。とりあえず考えてみますが、あまり期待はしないでくださいね。


「緘黙の輪」登録サイトの生き残り


お多福場面緘黙症Journal は、今では数少なくなった個人運営の緘黙ホームページです!そして、あの「緘黙の輪」登録サイトの生き残りです!まだまだ長く続けてください!

若侍「緘黙の輪」は、昔はほとんどの緘黙関係サイトをつないでいたウェブリングだったのですが、現在旧緘黙の輪登録サイトで更新があるのは、「くじらのしっぽ」「場面緘黙症専用」「RA・SHI・KU」と、うちぐらいかな。どこまで続けられるか分かりませんが、この調子で続けられればいいです。

※ 今年もよろしくお願いいたします。





SMJ10周年!新春インタビュー 2016前編

2016年01月01日(金曜日)

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お多福場面緘黙症Journalをご覧の皆様、明けましておめでとうございます!猿田猿子です(羊田羊子改め)。私は昨年、「緘黙RPG」で、まさかのゲーム&YouTube デビューを果たしました!そして、上の美しい女性こそ私の真の姿です。今年も、場面緘黙症Journal の富条さんへのインタビューからスタートです。富条さん、よろしくお願いします。

若侍よろしくお願いします。なお、上の写真の女性は写真素材サイト PAKUTASO から拝借したもので、モデルは河村友歌さんです。猿子さんとは一切関係ありません!

10周年!


お多福今年のインタビューのテーマは、「場面緘黙症Journal 10周年」です!10周年おめでとうございます!緘黙関係で10年も継続して続いたブログやサイトは、なかなかありませんよ。

若侍いや~よく10年も続きました。毎年新年を迎えるたびに、なんとか昨年も一年もったと、ほっとしているというのが実情です。もっとも、更新頻度はそう多くないブログなんですけれども。

お多福ところで、場面緘黙症Journal の開設記念日はいつでしたっけ?


若侍2つ説があります。 (1) 2005年11月16日説。ここの元となるブログで緘黙について書き始めた日。後にこの緘黙コンテンツを「場面緘黙症Journal」として独立。(2) 2006年1月14日説。「場面緘黙症Journal」が独立した日。

お多福えー!どっちなんですか?



場面緘黙症Journal を始めたいきさつ


お多福10周年ということで、開設秘話のような話を聞きたいです。最初はブログのみでのスタートでしたよね。どういうわけで、ブログで緘黙について書き始めることを決意されたのですか。

若侍「このブログを通じて緘黙症(かんもくしょう)という情緒障害についても折に触れて扱い、その認知度の向上に努めたいと思っています」と当時のブログに書いています。ありきたりですが、緘黙の認知向上のためです。

お多福富条さんがブログで緘黙について書き始めた2005年11月当時は、日本のメディアなどが緘黙を扱うなんて、ほとんど聞いたことがありませんでしたからね。ネット上にも緘黙の情報は少なく、「かんもくネット」はまだなかったばかりか、Wikipediaにさえ「場面緘黙症」の項目はありませんでした。

若侍当時・2005年下半期に、緘黙ブログの開設ラッシュがありました。よく覚えていませんが、それが私の背中を後押ししたのかもしれません。あの頃の私は、インターネットで広く公に情報を発信するのが怖くて仕方がありませんでしたが。

お多福2005年といえば、緘黙に限らず、ブログが話題になった年のようですね。新語・流行語大賞のトップテンに「ブログ」が選ばれたり、「ブログの女王」と呼ばれたタレント・眞鍋かをりさんが紅白歌合戦の審査員に選ばれたりした年でした。


影響を受けたブログ


若侍これは初めてお話しするのですが、私がブログで緘黙について書くにあたって、影響を受けたブログがあるんですよ。

お多福それは初耳です。いったいどういうブログですか?


若侍お名前を出すのも恐縮なのですが、慶應義塾大学講師の日向清人先生という、有名な英語の先生がいらっしゃいます。日向先生は、確か当時「ココログ」でビジネス英語のブログを書かれていて、私は愛読していました。

若侍日向先生のブログは、私には驚きでした。ブログというと、個人的な日記のようなものというイメージがあったのですが、日向先生のブログは違いました。日記風の記事は書かずに、ブログを通じて英語の解説を緻密に行っていたのです。私はこの路線で、緘黙について書こうと思いました。

お多福なるほど、確かに場面緘黙症Journalnブログは、日記のイメージとはほど遠いです。特に初期の記事は、解説風のものが多いようにも思います。それにしても、場面緘黙症Journalのお手本が、ビジネス英語のブログだったとは。

若侍私ごときが緘黙を解説しようなどと、上から目線のことを考えたものです。その後、掲示板を設置して皆様のご意見を伺ってからは考えを改め、緘黙については皆様とご一緒に学んでいこうという姿勢をとるようになりました。

お多福場面緘黙症Journal ブログは日記のイメージとはほど遠いと申しましたが、ここが場面緘黙症Journal の大きな特徴だと思います。富条さんご自身のことはあまり前面に出さないスタイル。当時の個人運営の緘黙サイト、ブログには珍しかったです。

若侍俊太さんの「場面緘黙症専用」ぐらいじゃないかなあ。当時、あまり自分自身を前面に出してなかったところは。俊太さんのサイトは、私のサイトよりも歴史がありますよ!「場面緘黙症専用」はまた、「ココロ系サイト」が「緘黙サイト」に移るきっかけになった、緘黙サイトの歴史上、画期的なサイトだと思います。

10年間の思い出


お多福ところで富条さん、場面緘黙症Journal を10年続けて、何か思い出に残ったことはありますか?

若侍思い出ですか?うーん、あまりないなあ。パソコンの前に座って一人キーボード打つだけだと、なかなか思い出は……。

お多福そんなもんなんですか?


若侍強いて言えば、緘黙の文献を探すために大学の図書館に通った時期があるのですが、それが思い出深いかもしれませんね。あと、2013年から2014年に、場面緘黙症Journal を8ヶ月間という長期にわたってリニューアルをしたことかな。

お多福今回は10周年を記念して、前・後編に分けます!後編に続く!

[続きの記事]

◇ SMJ10周年!新春インタビュー 2016後編 (新しいウィンドウで開く