米国の最前線「集中プログラム」10~14歳向けも登場

2017年07月03日(月曜日)

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アメリカでは、緘黙児への集中プログラムが盛ん


場面緘黙支援の最前線』は、イギリスの本です。アメリカの最前線は、集中プログラムを抜きに語ることはできません。緘黙児にとって安全な環境の模擬教室を作り、 スケジュールも学校に似せて、そこで発話を促す、グループ形式の行動療法プログラムです。夏休みなどに5日間(あるいは1日)、10名ほどの緘黙児を集めて行ないます。合わせて、親向けの講習会も行ないます。

集中プログラムは、ニューヨークの Child Mind Institute による Brave Buddies で始まりました。

↓ Child Mind Institute へのリンクです。
◇ Brave Buddies Program (新しいウィンドウで開く

このプログラムは近年、アメリカで広がりを見せています。私が確認しただけでも、Brave Buddies に影響された集中プログラムがこれだけ行なわれてきました(順不同)。

○ Selective Mutism Adventure Camp(オークブルック)
○ Boston University Brave Buddies Camp(ボストン)
○ Confident Kids Camp(アナーバー)
○ Camp Courage(ニューヨーク)
○ Mighty Mouth Kids(ニューヨーク)
○ Brave Bunch(フロリダ)
○ Resilience Camp(レイトン)

近年のアメリカの専門的な本では、集中プログラムの解説が載るようになってきています(Kotrba, 2015; Mac, 2015)。また、ABC News や The New York TimesThe Wall Street Journal など、メディアでも取り上げられています(記事末尾「関連記事・関連リンク」をご覧ください)。近年のアメリカではこのように緘黙児への集中プログラムが大きな潮流です。もっとも、この集中プログラムの有効性がどれほど実証されているかは、私はよく知りません。

ただ、これらのプログラムは、低年齢の緘黙児を対象としたものでした。例えば、ニューヨークの Brave Buddies の場合、3歳から8歳までが対象です。

10~14歳向けプログラム WeSpeak が登場


そこで、より年齢が上の緘黙児を対象とした集中プログラムが最近登場しました。"WeSpeak" というもので、対象年齢は10歳から14歳までです。7月24日から28日までの5日間と、12月26日から29日までの4日間、行なわれます。このプログラムを開発した人物は、緘黙児への集中プログラムを開発した Steven Kurtz 博士です。

↓ WeSpeak の説明ページ。Steven Kurtz 博士が創設した Kurtz Psychology Consulting PC へのリンク。
◇ WeSpeak | Kurtz Psychology Consulting PC (新しいウィンドウで開く

私はつい先日この WeSpeak を知ったばかりなのですが、これがいつから行なわれていたものかは、はっきり分かりません。予備的な実施などを別とすればおそらく今回が初めてか、そうでなければ比較的最近始まったのではないかと思います。ウェブサイトのアーカイブ閲覧サービス Wayback Machine によると、2016年6月時点では、先ほどの WeSpeak の紹介ページはありませんでした。2017年4月には、サンフランシスコで行なわれた Anxiety and Depression Conference という会議で、このプログラムをテーマとしたワークショップが開かれています。

↓ そのワークショップの概要。
◇ WeSpeak: A Novel Treatment to Address the Under-Addressed Needs of Older Kids With Selective Mutism (新しいウィンドウで開く

低年齢の子ども向けの集中プログラムとの具体的な違いはよく分からないのですが、上のワークショップのページでは、「年齢が上の子どものより高度な発達、認知、社交スキルに適応したものである」(is adapted to the more advanced development, cognition, and social skills of older children)と書かれてあります。

さらなる発展を遂げる集中プログラム


より上の年齢層のプログラムが開発されたことから、緘黙児への集中プログラムはさらなる発展を遂げたと言えます。集中プログラムの当否は専門家ではない私には判断できませんが、アメリカの緘黙支援では大きな潮流であり、注目すべきだろうと思います。

余談・別の集中プログラム


なお、アメリカの緘黙支援では Steven Kurtz 博士らのグループと双璧をなす(と私が見ている)緘黙・不安・関連障害治療センター SMart Center が、これとは別の集中プログラム CommuniCamp を始めています。その宣伝のしようから、なかなか力を入れているものと見られます。

↓ SMart Center ホームページへのリンク。
◇ CommuniCamp – Selective Mutism Anxiety Research & Treatment Center | SMart Center (新しいウィンドウで開く

こちらの集中プログラムは、Social Communication Anxiety Treatment (S-CAT:かんもくネット資料で「社会的コミュニケーション不安治療」と訳されているもの)という SMart Center 独自の考え方に基づいているようです。ですが、グループ形式で行なったり、親向けの講習会を行なったりと、Steven Kurtz 博士らのグループによる集中プログラムと共通点もいくつかあります。

Steven Kurtz 博士らの集中プログラムと、CommuniCamp の関係はよく分からないのですが、どちらにしろ、アメリカの緘黙支援では「集中」(intensive)が近年の重要なキーワードのようです。

[追記(2017年7月4日)]

余談の箇所で、一部内容を削除しました。





「一般化」--緘黙は自分だけじゃない

2017年06月19日(月曜日)

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「わたしだけじゃないんだ」


そうなんだ (ほっ) わたしだけじゃないんだ

どうして声が出ないの?-マンガでわかる場面緘黙-』の一場面です。場面緘黙症の架空の小学生「なっちゃん」が、「子どものころ話せなかった人はたくさんいるんだよ」等々と教えられ、ほっとします(はやしみこ, 2013, pp.16-17)。

私はこれを読み、正直なところ「なっちゃん、もっと驚かないの?」と感じました。子どもの頃に話せなかった人が自分だけではなかったという事実は、私が大人の頃に初めて知ったとき、天地がひっくり返るくらいの衝撃だったからです。

ですが、よくよく考えてみると、なっちゃんの反応はもっとものように思えてきました。なっちゃんはまだ小学生です。絵本『なっちゃんの声』では1年生という設定で、『どうして声が出ないの?』でもそれと同じか、あまり変わらない年齢設定とみられます。

つまり、なっちゃんは緘黙がそこまで長期化していません。その分、緘黙に対する特別な感情のようなものは、そこまで強くはなってないのかもしれません。一方私の場合、学校などで話せない期間が10年ほど続いたため、そのことに対する思い入れが強くなりすぎてしまったのでしょう。ですが、他にも理由があるのかもしれません。


一般化


緘黙は自分だけではないという気付きについては、以前お話したイスラエルの本の中に、興味深い指摘があります。十代の緘黙児者への心理教育に関する記述の一部です(Perednik, 2017, p.173)。

一般化:十代の緘黙児者は一般に、自分が他の人と違っていて、能力に欠けると感じている。--結局のところ、彼ら彼女らは、社会的コミュニケーションを図るための基本的ツールを特定の状況で身につけてこなかったのだ。自分たちは一人ではなく、多くの人が緘黙に苦しみ、そして効果的な治療法があることを理解することは、彼ら彼女ら(とその親)にとって大きな安心になる。

Normalization: Teenagers with SM usually feel different and inadequate - after all, they have not mastered the basic tool of social communication in certain settings. It comes as a huge relief to them (and to their parents) to understand that they are not alone, that many people suffer from SM, and that it has effective treatments.

この本の著者は、緘黙が自分だけでない(我が子だけでない)と知ることを「一般化」(normalization)と呼んでいます。「一般化」(normalization)は専門用語だろうかと思って調べたところ、以前もお話した「解決志向アプローチ」にこの用語があることを知りました。ここからとったのでしょうか。

私がなるほどと思ったのは、「十代の緘黙児者は、自分が他の人と違っていて……と感じている」という部分です。十代ともなると、自分と他人の違いに敏感になってしまうものだろうと思います。そうした年齢層の人にとっては、話せないのは自分だけでないことを知ることは大きいかもしれません。

なっちゃんがあの場面で驚かなかったのは、もしかしたらなっちゃんは年齢的に、他人との違いをあまり強く意識したことがなかったことも理由の一つかもしれません。もしなっちゃんの緘黙が思春期まで続き、そのときに初めて話せないのは自分だけでなかったと知ったら、なっちゃんの反応は変わったかもしれないと思います。

色々と書きましたが、話せないのは自分だけでないことを本人に知らせるべきかは、緘黙という言葉を知らせるべきかも含めて、よく考えなければならない問題だろうと思います。





緘黙児者の夢

2017年05月21日(日曜日)

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夢を持つ人、持たざる人


話せない自分の現実を見て、夢ややりたいことについて、考えることを、夢とすることを諦めてしまうかもしれません。ぼんやりと、なんとなく、考えているだけでも当時の私にとっては良かったのかなと今振り返ると思います。なんとなくでもやりたい気持ちが心のどこかにあると、話すということへの原動力になると思うからです。

大橋伸和さんという、北海道にお住まいの場面緘黙症経験者のお話です(場面緘黙シンポジウム, n.d., p. 21)。このお話は、2014年に東京で行なわれた「場面緘黙シンポジウム」の中で寄せられた、就職に関する質問に対する回答の一部です。大橋さんは緘黙をテーマとした講演をよくされており、ご存じの方もいらっしゃるだろうと思います。

私はこのお話を読んで驚きました。大橋さんは緘黙がある間にも夢を持っておられたのだろうか。そうだとしたら、すごいなと。

私は夢を持つことはできませんでした。「自分は価値の無い人間だ。こんな自分が将来ああなりたい、こうなりたいと考えるのは不遜な思い上がりだ」などと考えていたのでした。なんという卑屈な少年だったのでしょう。緘黙の診断は受けていませんが、学校で話せなかった私は、惨めな経験を重ねてきたためか、自尊心が極めて低かったのでした。

また、話せない状態があまりに長く続いたものですから、自分はこのまま一生まともに人と口を利けないまま生きていくことになるだろうと思い込み、そのことを前提とした将来設計を考えたのですが、そうした将来設計が私には描けなかったのでした。

このあたり、大橋さんとひょっとしたら正反対だったのかもしれません。上のお話からは、大橋さんはぼんやりとだったかもしれませんが夢を持っておられて、それが話すことへの原動力になったとも読み取れます。また、緘黙は死ぬまで続くものではなく、いずれは話せるようになる可能性があるとも思っておられたのでしょう(間違っていたらごめんなさい)。


解決志向アプローチ


進路選択の話とは少し違うのですが、以前お話した2016年末出版のイギリスの緘黙治療マニュアル The Selective Mutism Resource Manual(第2版)を読み返していたところ、大橋さんのお話を連想させる箇所がありました。

緘黙児者への治療的介入に先立って、緘黙児者がどういうふうになりたいと考えているのかを質問して動機付けを図る方法や、どういうゴールを持っているのかを質問し、さらにそれを達成可能なゴールに具体化して優先順位付けを図る方法が紹介されているのです(Johnson and Wingtgens, 2016)。

例えば、「ミラクル・クエスチョン」(The miracle question)という質問方法です。もし寝ている間に魔法の妖精が現れて、あなた(緘黙児者)にとって一番いい一日を学校で過ごせるようになったとしたら、そのイメージを絵にして描いてみましょうと促すのです。

この本によると、これは「解決志向療法」(solution-focused therapy)または「解決志向技法」(solution-focused technique)を一部取り入れたものだそうです。私は専門家ではないので分からないのですが、よく「解決志向アプローチ」などと呼ばれるものと似たものでしょうか。

↓ 日本臨床心理士会ホームページによる解説です。
◇ 解決志向アプローチ (新しいウィンドウで開く

上のホームページでは、解決志向アプローチについて次のように書かれてあります。

「何がいけないのだろう?」と考える代わりに「自分が望む未来を手に入れるために、何が必要なのだろう? 何が出来るのだろう? どうやったらできるのだろう?」と考え、一緒に解決を創り上げていきます。

思うに、私は話ができない自分の現状ばかりを考えていました。一方、冒頭の大橋さんのお話からは、大橋さんは夢という将来像を描いていて、それが話すことの原動力になっていたとも解釈できます(間違っていたら、すみません)。大橋さんは解決志向アプローチを意識していたわけではなかったのでしょうが、少し連想させるものがあると感じました。