富氏、転校する!

2006年07月29日(土曜日)

連続ブログ小説・私の緘黙ストーリーです。前回の話は「こちら」

今回から第2部が始まります!私が場面緘黙症になって、その症状が定着するまでを丁寧に書いていきたいと思います。

[これまでのあらすじ]

富氏は男の子。3歳まで言葉が出ず、幼稚園に入ってもおもらしを続ける、世話を焼かせる子どもだった。小学校に入学し、場面緘黙症にもならずに過ごしていたが、大人しく目立たない、いじめられっ子だった。

小学4年に入って、転機が訪れる…。

* * * * * * * * * *

「引越しをするよ!」

…と母から聞かされたのは、小学4年の始業式からほんの1週間ほど経った頃でした。この引越しをきっかけに、私の運命が大きく変わることになります。

■ 引越し!

母の話によると、詳細は以下の通りでした。

  • 入院中の父の病気を治すために、もっといい病院のある親戚の住む街(他県)に引っ越す。当然、転校する。
  • 引越し先は、父方の親戚の家。
  • 父の病気が治るまでは、親戚の家にご厄介になる。治ったら、またここに戻ってくる。
「嫌だ!」と私は言いました。「お父さん一人が転院するのに、どうして家族みんなが引っ越さないといけないのか」なんて親不孝なことも言いました。

物心ついた頃から住み慣れた、愛着あるこの街を離れるのは、やはり抵抗がありました。しかし、「ちゃんと言うこと聞きなさい!」とばかりに、例によって母にガミガミ怒られてしまい、全く聞き入れてもらえませんでした。心理カウンセラーなら、おそらく「そうだよね、引越しは嫌だよね」と共感の姿勢を示したところでしょうが、親は子どもの言うことを否定したがるものです。最後は「お父さんの病気が治ったら、また帰ってくるから」という言葉に納得して、引越しを受け入れました。

この引越しは大人の話し合いによるもので、母がこの話を私に告げたときには、何もかもが既に決まってしまっていたようでした。皮肉なことに、この引越しで最も人生に大きな影響を受けたのは、話し合いに参加できなかった子どもの私でした。この引越しさえなければ、私が場面緘黙症になることはなかったのです。






続・トラウマで話せなくなった子は、場面緘黙児ではない!?

2006年07月24日(月曜日)

前回の「トラウマで話せなくなった子は、場面緘黙児ではない!?」ですが、記事の内容についてある方からいろいろご指摘を受けました。私が書いた記事で誤解を広めるようなことはできるだけしたくないので、補論のようなかたちでお話しておきます。

■ PTSD?

トラウマの直後に話さなくなったという、reactive mutism や traumatic mutism は、PTSD(心的外傷後ストレス障害)ではないかというご指摘をいただきました。

PTSDの症状で話せなくなることがあるかどうかについては、私は確認はとれていませんが、私よりも心理学にずっとお詳しい方のご指摘です。

■ 場面緘黙症の原因はトラウマではないが…

拙サイトで配布している資料にもあるように、場面緘黙症の「原因」がトラウマであるという証拠はなく、学界では否定的に見られています。ただし、これもご指摘をいただいたのですが、ここで言う「原因」というのは、トラウマという「原因」があると、必ず場面緘黙症という「結果」が起るという、そういう因果関係のことだそうです。

一方、「原因」とは別に、「リスク要因」として、トラウマが場面緘黙症の発症に影響することがある、と考えることはできるそうです。ただ、トラウマを経験した場面緘黙児は、場面緘黙ではない子どもに比べて特別多いわけではないことが研究の結果明らかになっています。このあたりのことは、後ほど、また書きたいと思っています。

■ passive-aggressive mutism

前回の記事で、私は、トリイ・ヘイデンによる場面緘黙児の4分類を紹介し、その中の一つ「消極的-積極的緘黙」(passive-aggressive mutism)という、敵意を示すために緘黙になるタイプについて触れました。

この passive-aggressive の訳ですが、「受動的攻撃性」が正しいというご指摘を受けました。となると、訳は「消極的-積極的緘黙」ではなく「受動的攻撃性緘黙」でしょうか。

ヘイデンによって受動的攻撃性緘黙と名づけられた子どもたちは、「しばしば反社会的な行動、ときに驚くほど暴力的な行動をとる」と、論文にあります。こうした子どもは、一見単なる反抗的な子どものように思えます。私もヘイデンの論文を読んだ当初はそう思っていました。

しかし、これもご指摘を受けたのですが、拙サイトで配布している資料には次のような記述があります。

「SMartセンターの研究から、性質的に『反抗的』に見える子どもは、何ヶ月もおそらく何年も、親/教師/治療専門家から話すように『プレッシャーをかけられた』場合であることがわかってきました。これらの子ども達は、緘黙が長引くだけでなく、逆に強化されてしまったのです。これらの子ども達は、欲求不満と、自分の緘黙を『理解』できないこと、そして話をさせようとする他者からのプレッシャーが組み合わさって、反抗的行動をとるようになっていったのではないかと考えられます」

反抗的に見える場面緘黙児には、こういう事情があったのですね。緘黙症でストレスがたまっているところにプレッシャーをかけられたりすると、暴力をふるうような子どもがいても、不思議ではありません。場面緘黙児が反抗的のように見える行動をとっていた場合、それはその子どもが発するシグナルなのかもしれません。


トラウマで話せなくなった子は、場面緘黙児ではない!?

2006年07月22日(土曜日)

トラウマがきっかけで話せなくなった心的外傷性緘黙症は、場面緘黙症の議論では除くべきだとする説があります。E. シポンブラム博士がそうで、拙サイトで現在配布中のによる資料には「全ての場で緘黙になる心的外傷性緘黙症と混同しないで下さい」と書かれています。

心的外傷性緘黙症という言葉は、英語圏で traumatic mutism と呼ばれているものです。

トラウマで話せなくなった子どもは、場面緘黙児とは違います。こういった子どもは、あらゆる場面で緘黙になってしまいます。また、場面緘黙児は、幼稚園や小学校に入ったのをきっかけに無口になってしまうのに、心的外傷性緘黙児は、トラウマがきっかけで無口になってしまいます。

表 場面緘黙症と心的外傷性緘黙症の比較

緘黙の範囲きっかけ
場面緘黙症特定の場面入園または入学
心的外傷性緘黙症あらゆる場面トラウマ