目次(2006年10-12月分)

2006年12月31日(日曜日)

今年1年ありがとうございました。

2006年第4四半期(10-12月)分の目次をお送りします。

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12/27  資料No.3を加筆・修正しました!
12/19 [緘黙] 小学5年に進級 [ストーリー]
12/13  資料No.6を加筆・修正しました!
12/6  場面緘黙症Journalのトップページ作りました
12/2  そもそも「緘黙症」って何ぞや(第3版)
12/1  11月の人気記事

11/23  場面緘黙症と心理学の学派(2)~行動分析学的説明
11/18  やさしい場面緘黙症英語
11/15  保育園・幼稚園の先生方向けの資料を作りました!
11/13  場面緘黙症と心理学の学派(1)~精神分析学的説明
11/5  [緘黙] 2度目の転校で緘黙症状が悪化 [ストーリー]

10/29  場面緘黙症と聴覚
10/25  場面緘黙児に必要な新学年への準備!
10/23 場面緘黙児の小説「かかしの旅」
10/18  中高生用の場面緘黙症説明文を作りました!
10/14  [緘黙] 2度目の転校 [ストーリー]
10/1  ごほうびのあげ方-部分強化、トークンエコノミー


資料No.3を加筆・修正しました!

2006年12月27日(水曜日)

2006年8月に作成した学校用の配布資料No.3を加筆修正しました!

今回の資料は、ロリ・ダブニー先生(場面緘黙症グループ小児期不安ネットワーク最高責任者)の論文「小学校中学年以上や中高生の場面緘黙児について」”The Older Child or Teen with Selective Mutism”を参考文献に加え、新たな内容を盛り込んでいます。

資料をまとめるにあたっては、SMJ掲示板の皆様にもご協力をいただきました。ありがとうございました。

資料No.3(1)場面緘黙症について(学校提出用)(2)場面緘黙症について(教員の共通理解)の第2版です。

■ 主な修正点

◇ 資料No.3 (1)

初版の「クラスでの配慮」の項目を「学校環境を整備する」に変えて、内容を大幅に書き改めました。また、「小学校中学年以上や中高生の場合」の項目を新たに追加しました。このほか、細かい修正を多く施しています。

◇ 資料No.3 (2)

資料No.3 (1)と同様、「クラスでの配慮」の項目を「学校環境を整備する」に変えて、内容を大幅に書き改めました。このほか、細かい修正をいくつか施しています。

■ 資料No.3(1)場面緘黙症について(学校提出用)より

(9) 学校環境を整備する

◆教師とのコミュニケーション

・優しく穏やかで理解のある、緘黙児のための特別な配慮をいとわない先生が担任として適任である。
・嫌なことがあった時は、本人や保護者から先生に、いつでも相談できるような関係づくりが大切である。
・わかりやすい働きかけ、具体的な指示、答えやすい質問をする。
・メモや連絡ノートなどを使って、教師とのコミュニケーションの促進を心がける。
・提出課題や連絡事項について、聞きもらす場合があるので、メモ書きや連絡ノートで確認できれば安心できる。
・学校で、困った時のためにメモを用意しておいて先生に渡す、カードで意思表示する、メモを書いて渡す、といった方法、指サインで示す方法(例えば親指を上にしたらYES、下にし
たらNO、人差し指と親指で丸を作りOKマーク等)がとれないか保護者と共に模索する。

>> 本文を読む






[緘黙] 小学5年に進級 [ストーリー]

2006年12月19日(火曜日)

久々の連続ブログ小説・私の緘黙ストーリー。今回から、第3部が始まります。第3部では、私の緘黙症状が最もひどかった、小学5~6年のお話をします。

○ 前回の話⇒「こちら」
○ 緘黙ストーリーの目次をご覧になりたい方⇒「こちら」

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■ この頃の症状

場面緘黙?の症状が私にとって最もひどかったのは、小学5~6年の頃でした。

話せない、笑えない、著しく表情に乏しい、動きが鈍く一見ぼーっとしているように見える、いつも憂鬱で自己評価が低く「自分は生きている値打ちがない人間」と信じている…しかし、心の中で劣等感がマグマのようにたまっていて、これが大変なエネルギーになっていました。

緘黙が最もひどかった時期とはいえ、首の上下運動で意志の疎通はできました。発語も、本読みなど、求められれば全くできないことはありませんでした。ただ、声はひどく小さくて、「聞こえない」などと言われることもありました(私を気遣って、露骨にそう言った人は少なかったのですが)。家庭では緘黙することはありませんでした。

私は当時「緘黙症」を知らず、自分が話せないのは性格の問題ではないか、性格が引っ込み思案だからではないかと考えていました。とはいえ、いくら性格といっても、かなり極端な引っ込み思案だったので、もしかすると何かの病気か障害なのではないかだとか、自分は普通学級ではなく特殊学級に通うべきなのではないかだとか思うこともありました。