375万部の雑誌に場面緘黙症が(米国)

2008年02月28日(木曜日)

アメリカに『ピープル』という雑誌があります。その2008年2月18日号に、場面緘黙症を取り上げた記事が掲載されたそうです。

■ 375万部

Wikipedia によると、『ピープル』の発行部数は、375万部にも上るそうです。日本では100万部を超える雑誌はほとんどなく、そのことを考えると 375万部という数字は驚異的です(日本の雑誌の部数は、「日本雑誌協会」のホームページで確認することができます)。

それにしても、どうしてアメリカではこれほど場面緘黙症が大手メディアに取り上げられるのか、不思議です。

この『ピープル』の記事については、以前お話したNBCテレビの番組の中でも触れられています。記事の中で登場する子と、番組の中で登場する子は同じ子です。

■ 記事の内容

『ピープル』の記事の内容は selectivemutism.org で無料で読むことができます。

◇ エリザ・シポンブラム氏の治療プログラム

目を引いたのは、場面緘黙症の研究治療センターを運営しているエリザ・シポンブラム氏が開発し、少なくとも1,000人の子どもを助けたという治療プログラムが実践されている様子が、この種の記事としては詳しく書かれていることです。これは私たちにも参考になりそうです。

◇ バージニア事件は?

気になったのは、バージニア工科大学の事件のことが言及されるかどうか。言及されるとしたら、どういうかたちで言及されるかでした。あの事件が起きてからアメリカの大手メディアが場面緘黙症を取り上げたのは、おそらくこれが初めてではないかと思います。

記事の中では事件についてごく簡単に触れられています。この記事の目的は事件の検証ではないので、このようなものかもしれません。それほど誤解を与えるような書き方でもないと思います。今後もアメリカでは、場面緘黙症が治療されずに放置されるとどうなるかという話になると、あの事件の青年のことが引き合いに出されるのでしょうか。

※ 『ピープル』の記事のことはもう少し前から知っていたのですが、この雑誌はよく知らなかったので、特に気に留めませんでした。ところが、発行部数が375万部という話を知って、びっくりして今回慌てて記事にしたのでした。

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場面緘黙症は「ちょっとした内気」「ニセ人格障害」

2008年02月21日(木曜日)

場面緘黙症の理解について、これはちょっとどうかという新聞記事を見つけました。UWeekly というアメリカのある大学の学生新聞の記事です。

アメリカの学生新聞は大変充実していると聞いたことがあるのですが、この新聞もウェブサイトを見る限り例外ではないようです。ちょっと見た感じ、一般の新聞社のサイトと遜色ありません。学生がこれだけ本格的なものを作るのは大したものだと思います。ただ、残念ながら、一部の記事の内容が悪いです。場面緘黙症のことをよく理解せずに書いています。

この記事は場面緘黙症の無理解について考えるためのとても良い材料だと思うので、取り上げてみることにします。大学生が運営する新聞ということで少し気がひけますが、ネット上で全世界に公開されていますし、Google News はこのサイトをニュースサイトとして扱っています。これも一つの立派な新聞として批評の対象にします。

場面緘黙症は、若者や小学生の子供に影響を及ぼす障害で、一つの衰弱状態と考えられている。SelectiveMutism.org によると、その障害は、「子供または青年が、他の環境(例。家で家族と一緒のとき)では快適に話すことができるにもかかわらず、一つ以上の社会的環境(例。学校、公共の場、大人と一緒のとき)では話せないと特徴付けられる」 その通り--内気であることは、いまやどえらい人格障害なのだ。

Selective Mutism is a disorder that effects young, grade-school children, and is considered to be a debilitating condition. According to SelectiveMutism.org, the disorder is “characterized by a child or adolescent's inability to speak in one or more social settings (e.g., at school, in public places, with adults) despite being able to speak comfortably in other settings (e.g., at home with family).” That’s right ― BEING SHY IS NOW A F*CKING PERSONLITY DISORDER.

最後の最後で、致命的な誤りがあります。場面緘黙症は、ただの内気ではありません。ですから、ただの内気に「場面緘黙症」という大仰な名前をつけて、人格障害として扱おうとしているとか、そういうことではありません。

この著者は、アメリカの場面緘黙症支援団体 SelectiveMutism.org から説明を引いていますが、このウェブサイトのトップページには、場面緘黙症は正常の範囲内の内気ではないときちんと記されています。

この大きな間違いを前提に、記事は続きます。

しかし、いまや親はとても過保護かつ過敏なので、彼らは、子どもが自分たちを困らせるいかなる兆候にもすくみあがっている--たとえそれが、ちょっと内気であるというような単純なものであったとしても。そしてその結果、彼らは巨大なネコちゃん世代を育てている。ジェネレーションPである。

But now parents are so overprotective and oversensitive that they cower at any indication that their kids might embarrass them ― even if it’s something as simple as being a little shy. And as a result they are raising a generation of giant pussies. Generation P.

場面緘黙症なんてちょっと内気なだけだろう、しかし、最近の親は過保護で過敏だから、その程度のことでぎゃあぎゃあ騒いでいる、と言わんとしているのでしょう。先で場面緘黙症支援団体 SelectiveMutism.org から説明が引かれていましたが、おそらくはこの団体に関わっている保護者や、団体の支援サービスを受けている保護者も念頭にこういうことが書かれたのでしょう。

なお、 "giant pussies" を「巨大なネコちゃん」と訳しましたが、自信がありません。ジェネレーションとは、世代のことです。「ジェネレーション・ギャップ」というと、世代間ギャップのことです。





日本の場面緘黙症研究(1950年代まで)

2008年02月16日(土曜日)

場面緘黙症に関する最も古い研究としては、1877年の Adolf Kussmaul の文献が認められます(村本, 1987)。

1930年代になると、ドイツで初期的な研究が現れ始めます。1950年代の初期にはイギリスでの研究が現れ、1950年代後期と1960年代初期にはアメリカにおいて場面緘黙症についての研究的関心が増加します(一谷, 津田, 西尾, and 岡村, 1973)。

日本においては、1940年に翻訳書が出版された Gilbert-Robin 著『異常児』の中に、「物言はぬ子供」の一つとして「緘黙」が取り上げられます(Robin, 1940)。これが少なくとも私が確認した限り、場面緘黙症を取り上げられた最も古い国内文献です。

わたしの同僚がある日、十歳の児童を恐らく緘黙症であらうからと廻してきた。成程、訊いても答へない。幾度か尋ねても、たまに単語を答へる程度である。家庭では口をきくし、両親の話によると、可成りに陽気であるらしい。学校でも友達とは口をきく、それもたった一人の友達とだけである。

■ 日本初の場面緘黙症研究(1951)

日本における場面緘黙症研究の嚆矢となったのは、1951年の「口をきかない子供」(『児童心理と精神衛生』収録)です(高木, 1951a)。

家庭では口をきいているのに、学校や人前では口をきかない子供というものは意外に多いものである。筆者は最近三ヵ所の小学校で、児童の呈する精神衛生上の問題について調査を行ったが、緘黙児、即ち口をきかない子供の数は第一表の如くであった。

これは、国立国府台病院の高木四郎氏が、1949年から1950年までの一ヵ年余りにわたり、小学校における精神衛生問題の実情に関する調査を実施し、その調査結果の中でも、特に場面緘黙症児についてまとめたものです。この調査の全容は、同年に出版された『学校保健の研究』に収められています(高木, 1951b)。

1952年には、高木氏は「問題児の発生原因論」を発表しますが、この中で「緘黙」について軽く触れられています。Gilbert-Robin の『異常児』についても言及されており、高木氏が同著を読んでいたことが窺われます(高木, 1952)。