インクルーシブ教育

2008年05月29日(木曜日)

特別支援教育について色々読んでいると、ときどき「インクルーシブ教育(Inclusive Education)」という言葉にぶつかります。このインクルーシブ教育、私もよく分からないのですが、自身の勉強も兼ねて、ごく基本的なところだけまとめてみます。

■ インクルーシブ教育とは何か

インクルーシブ教育とは、「障害を有する子どもを含むすべての子どもに対して、(1)個々の子どもの教育的ニーズにあった適切な教育的支援を、(2)原則として普通学級において実施する教育」(小野, 2005)のことです。

とすると、障害(障碍)のある子とない子を、特別支援学級と普通学級に分けるということをせずに、同じ教室で教育を行うということでしょうか。もちろん、机を並べつつも、その子のニーズに合った支援を行うわけです。

■ サマランカ宣言

特別支援教育が広く知られるところになったのは、1994年に採択された「特別なニーズ教育における原則、政策、実践に関するサラマンカ声明ならびに行動の枠組み(サマランカ宣言)」がきっかけです。この宣言は、ユネスコとスペイン政府が共催した「特別なニーズ教育に関する世界会議:アクセスと質」の中で採択されました。内容は、インクルージョン教育の実現を促すものです。

サマランカ宣言は和訳され、インターネットでも公開されているので、興味のある方は読んでみるとよいでしょう。

■ 日本では

日本はサマランカ宣言を批准した国の一つですが、日本ではインクルーシブ教育の実施状況はどのようなものなのでしょうか。

この点については、少し古いですが、小野純平氏がイギリスと比較しながらよくまとめています(小野, 2005)。
⇒このページから無料でダウンロードできます。国立情報学研究所が提供するサービスです。http://ci.nii.ac.jp/naid/110006184414/
これを読む限り、日本でも、障害のある児童生徒一人一人のニーズに合った教育を行おうという動きはあるものの、普通学級で行うという点についてはむしろ逆の方向に進んでいるようです。

小野氏がまとめたものに載っていない最近の動きとしては、発達障害者支援法の施行(2005年)や、改正学校教育法の施行(特に2007年)などがあります。いずれも、障害児への支援という点では前進ですが、障害者と健常者がともに机を並べるという方向には進んでいないようです。

インクルーシブ教育がよいかどうかは、まだ私には分かりません。ただ、最近の世界の流れではあるようです。

[文献]

◇ 小野純平. (2005). 日本におけるインクルーシブ教育について : 英国におけるインクルーシブ教育との比較を中心に. 現代福祉研究, 5, 53-63.
↑ この文献にあるインクルーシブ教育の定義はサマランカ宣言がもとですが、サマランカ宣言にインクルーシブ教育の明確な定義があるわけではありません。


会話が少ないと、脳の発達にどういう影響があるのか

2008年05月24日(土曜日)

何年か前、『日本経済新聞』か、NHKテレビの「クローズアップ現代」か何かで、若年性健忘症を知りました。会話の減少が原因で、20~30代にして健忘症になってしまう若者が増えているという話だったと思います。よく分からないのですが、会話が少ないと脳に悪いのでしょうか。[注]

場面緘黙症の子は、学校にいる間、全くあるいはほとんど会話をしません。学校に出かけている時間はけっこう長くて、学年や曜日などにもよると思うのですが、だいたい午前8:00~午後15:00の7時間ぐらいでしょう。起きている時間のおよそ半分です。これだけの時間、会話をしないわけです。もっとも、場面緘黙症でない子も、学校でおしゃべりばかりしているわけではありません。授業中のおしゃべりはご法度です。ただ、それにしても場面緘黙症の子の学校での会話量は、他の子と比べて圧倒的に少ないでしょう。

場面緘黙症は1年や2年といった比較的短い期間に治ってしまう場合もあるでしょうが、長引くと、治るまでに 3年や5年、場合によっては10年以上かかってしまいます。学年が上がるほど、学校が終わる時間が遅くなります。

場面緘黙症が長引き、育ち盛りの時期に、学校で長時間会話をしない生活が何年も続くと、脳の発達にどういう影響が出るのでしょうか。もし何か悪い影響があるのなら、それを未然に防ぐためにも、早めの介入がますます重要になりそうです。気になるのですが、場面緘黙症に関する文献でこの点に触れているものを見たことがありません。別に大した問題はないのでしょうか。

[注] ただし、歴史上の人物ですが、無口でありながら東京帝国大学法科に入学、次席で卒業した人を私は知っています。無口だけれど学業優秀、頭脳明晰な人は、すぐにはあまり思いつきませんが、探せばけっこういるような…。


行動療法は、昔の古い治療法?

2008年05月18日(日曜日)

選択性緘黙児の治療に関しては、1960年代までは発話を目的とした行動療法がほとんどであった。しかし「しゃべらせる」ことだけの治療は本質的な問題の解決にはならず、次第に治療の目標が発話ではなく、コミュニケートする力の発展に置かれるようになった。現在では、症児の防衛を不必要に強化せず、ノンバーバルなコミュニケーションを通して積極性や自律性を引き出すことを目標とした、非指示的な個人遊戯療法、箱庭療法、あるいはその併用という治療方法がほとんどを占めている。

この文章の出典である論文(椎名 and 相場, 1998)は場面緘黙症に関する国内の事例研究をまとめたもので、なかなか面白いです。比較的よく引用もされています。

この論文によると、1980~1996年に公表された場面緘黙症に関する個別事例研究46事例のうち、遊戯療法、箱庭療法などの非言語的、非指示的な治療法が全体の2/3を占めており、行動療法を用いた事例は、発達遅滞を伴う場面緘黙症児に多かったのだそうです。

発達遅滞を伴う場合はともかく、そうでもないのに行動療法を用いるのは古いやり方、本質的な問題解決にはならないと、少なくとも日本ではみなされてきたということなのでしょうか。

* * * * * * * * * *

とりあえず、今回の記事では、

「選択性緘黙児の治療に関しては、1960年代までは発話を目的とした行動療法がほとんどであった」

これが事実なのかどうかを検証します。どうしてこれを検証するかというと、私の理解と違うからです。私の理解では、日本では昔から遊戯療法、箱庭療法が盛んでした。

■ 方法

1960年代までの文献をできる限り調べ、行動療法を報告したものがどれだけあるか、遊戯療法や箱庭療法を報告したものがどれだけあるかをまとめてみました。私の手元には1960年代までの文献が全てあるわけではないのですが、主要なものはあらかた揃えてあります。

■ 結果

◇ 行動療法

内山(1959)のみ

◇ 遊戯療法、箱庭療法

後藤(1957)、新井(1960)、佐藤(1963)、市川(1964)、伊藤、石井、伊藤(1965)、南坊、牧田、小此木、内藤、山木(1966)、佐藤、篠原、流王(1967)、丸井、蔭山(1969)

※ 伊藤、石井、伊藤(1965)は全緘黙症

1:8 で、遊戯療法、箱庭療法(特に遊戯療法の方)が圧倒的に多いという結果になりました。

■ 結論

少なくとも私が調べた限りでは、1950~60年代は、行動療法ではなく、遊戯療法が多かったです。椎名、相場両氏がうっかり間違えたのか、それとも私が知っている文献上の事例以外で行動療法がしばしば行われていたのか。どちらかでしょう。

ちなみに、場面緘黙症の治療方法を諸外国と比較すると、「従来から欧米では行動療法が主流であった」(丹治, 2002)という指摘もあります。「従来から」というのはいつ頃からなのか、今のところ私には分かりません。

PS

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[文献]