[緘黙] 中学時代のまとめ [ストーリー]

2010年03月27日(土曜日)

これまで「緘黙ストーリー」と題し、場面緘黙症(自己診断ですが)とともに歩んだ私の少年時代を57回にわたって連載してきました。今回は、そのうち中学時代を扱った第28話~第57話について総括を行いたいと思います。

今回もちゃっかり話数に入れて、中学生編の第31回、通算第58話にします。

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■ 緘黙症状について

◇ 場面緘黙症を知っていたか?

私は中学生になってもなお、場面緘黙症のことは知りませんでした。自分が学校に行くと話せなくなるのは性格の問題と、相変わらず考えていました。

先生も、緘黙をご存知だったかは疑問です。私の親も知らない様子でした。

このため、専門機関にもかかっていませんでした。

◇ 私の緘黙の程度

私の緘黙の程度は、小学校の頃に比べれば良くなっていたようです。例えば、中2の初日の朝礼で、トイレに行きたいと申し出ることができたり、卒業アルバムの写真撮影でぎこちないながらも笑うことができたりしています。人によっては、治ったと見る人もいるかもしれません(何をもって「治った」とするかは問題ですが)。ただ、学校での私の無口・内気の程度は相変わらず極端で、私ほど極端な生徒は、少なくとも私の周辺にはいませんでした。当時の私の実感は、緘黙は改善してきているけれども、改善のスピードは非常に遅い、というものでした。

どうして緘黙症状が軽快したのかは、いまだに分かりません。強いて言えば、私は以前より国語の本読みなど、どうしても発言が必要な場面では小声で声を出すこともできないまでもなかったので、そうしたことを続けるうちに、少しずつ話せるようになっていったのかもしれないと思います。ですが、確証はありません。

◇ 緘黙を治すための努力?

当時の私は、緘黙を治すことよりも勉強の方が大事と考え、学業に一番の重点を置いた学校生活を送っていました。緘黙を治すための具体的な方法も皆目分からず、「スポーツを通じて心身(特に根性)を鍛えれば、良くなるのでは」など、間違ったことばかり考えていました。この意味で、緘黙を治すための努力は足りなかったと思います。






[緘黙] 合格発表 [ストーリー]

2010年03月22日(月曜日)

私が緘黙だった頃のことを連載形式で書いてきた「緘黙ストーリー」、今回は中学生編の第30回です。通算第57話をお届けします。中3編は今回が最終回です。

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■ 本命校の合格発表を見に行く

卒業式が終わってしばらくして、公立高校の合格発表の日がやってきました。

ε高校という公立高を受験した私は、合格発表を見に行くべく、受験票を手にε高校へ向かいました。

私はこの高校を本命としていたため、なんとしても受かっていてほしいところでした。しかし、このε高校は倍率が1.7倍と、この地方の公立高(普通科)としては最大の激戦校でした。私の自己採点では合格の確率は五分五分で、どうなるかは発表を待たなければ全く分かりませんでした。

さて、ε高校に着きました。学校では、合格者の受験番号が記載された掲示板が張り出されていました。私は掲示板を見て、自分の受験番号を探しました。






無表情の緘黙児と、表情筋の発達

2010年03月16日(火曜日)

顔の「表情筋」を使わないと、老け顔になりやすいそうです。このため、美容法の一つに「表情筋トレーニング」「フェイスニング」が紹介されることがあります。意図的に様々な表情を作り出して表情筋を鍛える美容法だそうです。

このトレーニングは、たしかコミュニケーションの本でも見た覚えがあります。表情筋を鍛えると、より豊かな表情が作れるようになり、特に魅力的な笑顔が作れるようになると、コミュニケーションを図る上でプラスになるというのです。

このような意図的なトレーニングでなくても、日ごろから表情が豊かだと、表情筋が自然と鍛えられ、より豊かな表情が作れるようになるであろうことは容易に想像がつきます。

私が中高生の頃、コミュニケーションが上手なクラスメイトの中に、よく見ると、満面の笑みをうまく作る人がいました。日ごろから表情豊かに人と接しているため、中高生にして表情筋が非常に発達したのだろうかと、そんなことを思ったものです。

■ 無表情の緘黙児と、表情筋の発達

場面緘黙症の子どもには、無表情な子が多いようです。こうした子は、幼稚園や学校にいる長い間、無表情で過ごしているのでしょう。特に、緘黙が長引き、中学、高校生になっても思うように話せないとか、成人してもまだ後遺症のようなものが残っているとか、そうした人は、かなり表情筋を使っていないものと思われます。

子どもの頃、ないし若い頃に、あまり表情を作らずにいると、表情筋はあまり鍛えられなさそうです。すると、どういう影響があるのでしょうか。気になります。

私などは長い年月とともに少しずつ話せるようになったのですが、豊かな表情を作ることがなかなかできなくて、コミュニケーションに影響が出てはいないだろうかと、悩んだことがあります。もともと不安が強くて表情が作りにくい上、表情筋があまり発達していなかったからでしょう。このため、表情筋を鍛えるべく、鏡を買ってきて意図的に表情を作る練習をしたりもしました。なお、これはあくまでコミュニケーション対策のためで、老け顔対策のためではありません。私の顔は、特に老けて見えはしません。