子どもも読める緘黙の啓発書(英)

2012年08月28日(火曜日)

Can I Tell You About Selective Mutism?: A Guide for Friends, Family and Professionals (Can I Tell You About...?)場面緘黙症を主題とした新しい本が、2012年7月に英国から出ました。今回はその本について書きたいと思います。

題名は Can I Tell You About Selective Mutism?: A Guide for Friends, Family and Professionals です。出版社の Jessica Kingsley Publishers からは、Can I Tell You About...? というシリーズが出ていて、今回の緘黙の本もそのシリーズの一つとして制作されたものです。

著者は、緘黙児支援で実績のある Maggie Johnson 氏と Alison Wintgens 氏です。このお二人は、英国における緘黙児支援のバイブルとも言われた The Selective Mutism Resource Manual も著しています。このほか、Robyn Gallow 氏という方がイラストを担当しています。

内容は、緘黙を知らない人向けに、緘黙について分かりやすく解説したものです。解説は端的で、ページ数も少なく、加えて1ページ内の文字数も少ないので、短い時間で読むことができます。ページ配分は子ども向け解説(イラスト付き)が24ページ、教師向け解説が10ページ、親向け解説が6ページ等々で、特に子ども向けの解説に重点が置かれています(本の表紙も、特に子どもに読まれることを意識したものと思われます)。また教師向けと親向けの解説は、緘黙児のためにどういった対応で支援できるかがまとめられています。

緘黙の本もある程度売れてくると、今度は、こうした子どもを主な対象としたものなど、より細かいニーズに対応した本が出版されるようになるということなのかもしれません。

私はこの本を読んで、日本で2011年に出版された『なっちゃんの声ー学校で話せない子どもたちの理解のために』を思い出しました。主に子どもたち(小学校低学年ぐらい)に緘黙を理解してもらう目的で描かれたとみられる絵本です。ただ、今回の英国の本は、『なっちゃん』に比べるともう少し対象読者が上だろうと思います。文字数が『なっちゃん』に比べるとずっと多く、また、内容も物語調というよりは説明調で難しく、小学校中学年以上でなければ少し読みにくいでしょう。英国には4-8歳の子を対象とした緘黙を主題にした絵本 My Friend Daniel Doesn't Talk があるそうで、それとの差別化を図ったのかもしれません。

何しろ英語の本なので、我々日本人には、直接役立つことは少ないかもしれません。私は、緘黙児支援が進む英国で、どのような本が出版されているかを研究する目的で買いました。

なお、今回の本の内容は、Google ブックスや Amazon.co.jp のなか見!検索で一部を見ることができます。それから、この本のロイヤリティーは英国の緘黙支援団体 SMIRA に寄付されるそうです。


緘黙サイトの開拓者たち

2012年08月21日(火曜日)

場面緘黙症に関する話題が、インターネット上で広がっています。

今年に入ってからは、ダイヤモンド・オンラインで大人の緘黙症に関する記事が継続的に掲載されたりと、また新たな動きがあります。このためか、「緘黙」という言葉は、ここ数年でも高い割合で検索されるようになってきています。今後も、ネット上では緘黙に関する関心が高まっていくかもしれません。

Google Insights for Searchより、「緘黙」の検索動向
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こうしたとき、私などは、今日話題に上ることが少なくなった、緘黙関連サイトの草期を振り返りたくなります。先達あっての今だと思うからです。

■ 私が知る「緘黙の輪」の時代

私がリアルタイムで知る最も古い時代は、少数の個人サイトが、ウェブリング「緘黙の輪」でつながっていた頃です。ネットで緘黙に関するサイトができ始めて、まだ日が浅い頃だったのではと思います。

ブログはまだ普及しておらず、ホームページ制作ができる比較的限られた人たちがサイトを運営していました。こうしたサイトには多くの場合掲示板が設置されていて、当事者や家族の交流の場になっていました(私も今とは違うハンドルネームで掲示板に書き込んでいました)。当時から存在するコンテンツの一つに、「日本全国緘黙症・元緘黙症探し!」があります。なお、今日みなさんお馴染みの「場面緘黙症専用」「場面緘黙症Journal」「かんもくの会」「かんもくネット」は、まだありませんでした。

私が緘黙を知ったのも、こうした個人サイトを通じてでした。今日に比べれば緘黙に関する情報量はずっと少なかったですが、貴重なサイトでした。

ここで少し話が脱線しますが、実はこの頃、私は他サイトにならって緘黙情報を含んだ個人サイトをひっそり作っていました。場面緘黙症Journal の前にも、私は緘黙関連のサイトを持っていたわけです。今から思うと非常に恥ずかしいサイトなので詳細はお話ししませんが、「緘黙の輪」には登録せず、訪問者もほとんど制作者である私だけという閑古鳥サイトでした。現存しません。

■ 最初期の状況

ところで、昔の数ある個人サイトの中でも最初期のサイトの一つである「ココロのひろば」さんには、サイト設立当時の状況に関する貴重な記述があります。

「ココロのひろば」さんの「あとがき」
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こうした人たちの力があって、今日があるのです。緘黙に関するサイトを運営している者として、このことを忘れないでいたいと思います。


緘黙でアリバイを主張できず…

2012年08月07日(火曜日)

「本当は無罪なのに、緘黙が原因で思うように防御ができず、結果的に有罪の判決が下りようものなら、たまったものではありません」

以前、「裁判を受けた場面緘黙症の青年」(新しいウィンドウで開く)という記事の中で、私はこう書きました。実際のところ、ここまで深刻な話ではないものの、少なくとも似たような例はあったようです。以下の資料「司法における差別の事例」をご覧ください。

↓ 内閣府ホームページ内の資料へのリンクです。PDFファイル(333KB)。PDFを閲覧するにはAcrobat Readerが必要です。Acrobat Readerはこちら(新しいウィンドウで開く)からダウンロードできます。

「司法における差別の事例」
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問題の件は、1ページ目「奈良の少年の強制わいせつ致傷事件」です。幸いアリバイ証人が家裁送致の後になって現れたのですが、もし証人が現れなかったら、この緘黙の少年はどうなっていたのだろうと思います。こうしたことが氷山の一角でなければよいのですが。

こうした場合、筆談など口頭以外の方法でコミュニケーションをとることはできないのでしょうか。このあたりのところが分かりません。

私は法律に弱く、大きなことは書けないのですが、今回の少年は16歳ということで、犯罪少年として少年法の対象となったものと思われます。「非行事実」という言葉が出るのもこのためでしょう。犯罪少年は、「全件送致主義」といい、捜査機関は全て家庭裁判所に送致することになっているそうです。

なお、上の資料は、第10回障がい者制度改革推進会議差別禁止部会(平成23年11月11日)において配布されたものです。

[関連ページ]

↓ 内閣府ホームページへのリンクです。どこまで信じてよいのか私には分かりませんが、こういう意見があるようです。PDFファイル(238KB)。

◇ 第6回障がい者制度改革推進会議「司法手続きに関する意見一覧」
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