BBC のラジオ番組で緘黙が

2013年04月23日(火曜日)

BBC Radio 2 の Jeremy Vine 氏という方が司会を務める番組で、場面緘黙症が取り上げられました。現地時間4月18日(木)12:00-14:00に放送された番組です。

この日の放送について、BBC の公式ウェブサイトでは Jeremy discusses mutism and speaks to a child who is a selective mute(Jeremy は緘黙症について議論し、緘黙児と話をする)というサブタイトルが出ていました。私はこの番組をインターネットで聴いてみたのですが、実際のところ、2 時間にわたる番組の中で、主な話題は米国テキサス州で起きた肥料工場の爆発事故で、場面緘黙症について取り上げられたのは後半からの合計およそ18分間でした。

緘黙については、緘黙児の保護者や経験者(緘黙児1名含む)5人が次々に登場し、Jeremy 氏とのインタビューのようなかたちを取って、緘黙や自らの経験について語るというのが中心的な内容でした。5人の中には、日本でもニュースになった猫 Jessi-Cat(ジェシーキャット)により感情表現ができるようになった緘黙少年のお母様もいました。なお、番組のサブタイトルからは緘黙児ともインタビューする内容が窺われますが、さすがにそれは無理で、ですがその緘黙児は話をする通りに代わりにピアノ演奏を披露していました。

この番組は打ち合わせがよいのか、司会者がよいのか、インタビューを受けた方がよいのか分からないのですが、インタビューを通じて、緘黙がどういうものかおおむね理解できる内容でした。緘黙のおおまかな説明や、保護者や元緘黙児の経験談、緘黙の改善などに実際に役立った方法、英国でポピュラーなスライディング・インという行動療法、さらには英国の緘黙支援団体の情報なども、うまい具合に話題にのぼっています。

それにしても、今回に限らず、英国では緘黙の認知度向上のためにこうしたラジオ番組に出演する保護者や経験者がいて、本当に頭が下がります。

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BBC Radio 2 は、BBC の主要ラジオ局の一つです。BBC の国内向け主要ラジオ局は Radio1 から Radio5 まであります。

Jeremy Vine 氏は、BBC のプレゼンター、ジャーナリスト。同氏が司会を務める Radio 2 の番組は、ニュース番組というのか、情報番組というのか、何といえばよいのかよく分からないのですがそういう番組です。

今回の放送分は、日本時間4月23日現在、BBC のウェブサイトからオンデマンドで聴くことができます。日本でも無料で聴けます。ただ、あと1日ぐらいで聴けなくなるようなので、お早めに!(この記事、もっと早く書けばよかった)

[追記](2013年4月24日)

これとは別に、BBC World Service の番組 Outlook で、ある女性の緘黙経験者がインタビューを受けています。現地時間2013年4月23日に放送されたものです。この方は BBC Radio 2 でインタビューを受けた方と同じです。インタビューの時間はおよそ8分。この番組は、Podcast などでしばらくオンデマンドで聴くことができるようです。


続・場面緘黙症の自己診断について

2013年04月17日(水曜日)

小学4年生から大学在学中あたりまで、場面緘黙症と非常によく似た症状に悩まされました。しかし、 専門家の診断を受けたことは無く、場面緘黙症だったかどうかは定かではありません

(場面緘黙症Journal 「このサイトについて」より)」

私については「このサイトについて」で明記している通りです。過去の自分の経験を連載形式で書いた「緘黙ストーリー」で「緘黙?」「自己診断」といった表現を用いてきたのはこのためです(ただ、ときどき忘れることがあります……)。

緘黙ストーリー以外のほとんどの記事、例えば英国でこれこれこういう緘黙のニュースがあったとか、新しい緘黙の本を読んだよとか、そうした記事では改めて断ってはいません。この種の記事を書く上で、私が緘黙であったかどうかは問題ではないと考えるからです。

「自己診断」という言葉は、私が場面緘黙症Journal を立ち上げる前から緘黙関係の個人サイトで用いられていたもので、私はこれを採用しました。現在でもネット上でよく見かける言葉です。「自己診断」という言葉は、前回の記事にも書いた通り、本来専門家のみにしかできない診断を、自分が無手勝流に「診断」しているにすぎないという含意があります。

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私を含めて、自己診断などと断ってインターネット上で緘黙に関して情報発信をしている人をよく見かけます。あまり推奨されるべきことではないのかもしれませんが、断っているのであれば構わないだろうと思います。特に緘黙の場合、医師から診断を受けることのなかった(ない)人は少なからずいるでしょう。また、そもそもそうした診断基準自体が存在しない時代がありました。緘黙の概念も昔から固まっていたわけではなく、議論が行われてきました。『場面緘黙児の心理と指導』のように、緘黙を医家のみの問題として扱うべきでないというのも一つの立場だろうと思います。診断を受けたことがないと断った上で、それでも自分は緘黙だった(である)と考えているというのであれば、それもそれでよいだろうと思います。

厳密さを追求するならば、診断を受けた人も、その診断基準は DSM-IV-TR だったとか DSM-III だったとか ICD-10 だったとか断るべきということになるかもしれません。ですが、学術文献ならいざしらず、個人サイトやネット上での普段のコミュニケーションでそこまで拘ることは必ずしもなかろうと思いいます。

なお、このサイトでは、DSM-IV-TR や ICD-10 に記載のある「選択性緘黙」という用語ではなく、「場面緘黙症」という言葉をメインに用いてきました。これにはいくつかの理由があるのですが、その一つは、このあたりの事情が背景にあります。つまり、診断を受けたことがないのに自分の状態を「選択性緘黙」という用語で説明するのはどうかと思いますし、また、診断は受けていないけれども自分は緘黙だった(緘黙である)と考えている人や、診断基準にこそ厳密には当てはまらないものの学校などで長期間話せずに悩んできた(悩んでいる)人たち、その親御さんなどをも視野に入れるために、両者を区別したのが一つの理由です。

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場面緘黙症の自己診断について

2013年04月03日(水曜日)

場面緘黙症の自己診断についてコメントをいただくことが増えてきました。そこで、自己診断について少し思うところを書いてみたいと思います。まとまりのない雑多な内容で、大変恐縮ですが。

■ 「自己診断」は矛盾語

場面緘黙症の自己診断とは、米国精神医学会による DSM(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)や世界保健機関による ICD(International Classification of Diseases)などの標準的な診断基準をもとに、本人が現在あるいは過去に緘黙だったかどうか判断することだろうと考えています。

かつて学校などで発話ができなかったものの、専門家による診断を受けたことがない(あるいはその認識がない)人がインターネット上で診断基準を見つけ、「昔の自分にぴったり!自分は緘黙だったに違いない」と判断するといった場合が典型例でしょう。

自己診断という表現には、本来専門家のみにしかできない診断を、自分が無手勝流に「診断」しているにすぎないという含意があります。「公然の秘密」のようなもので、自己診断という言葉は矛盾語、撞着語に近いでしょう。

■ ネット上でよく見かける自己診断

ネット上では緘黙を自己診断しているという人を少なからず見かけます。たしか、私がこのサイトを立ち上げるずっと前よりそうした人はいたと思います。他の精神疾患ではこのように自己診断者が多いのかどうかよく分かりません。