大人の緘黙支援で求められるものは?

2016年06月29日(水曜日)

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場面緘黙症がある人は、子どもだけではありません。緘黙が長期化したまま成人になった人もいます。ですが、大人の当事者への支援は乏しいのが現状のようです。

大人の当事者にはどのような支援が求められるのでしょうか。こうしたことは、私などよりも、当事者の方たちが発信した方が説得力がありそうですが、私なりに考えてみることにします。

理解と配慮


就労支援


大人の当事者の場合、就労という大きな問題があります。文献上では、ハローワークで紹介されいくつか就職試験を受けたものの、面接で全く話せないため採用されなかった「一般就労が難しい」成人期の緘黙者の事例の報告があります(大村、2006)。

こうした当事者のために、何らかの支援があればと思います。

就労支援といえば、5月25日に改正発達障害者支援法が成立しました。これにより、発達障害者に対して国・都道府県が就労支援を行うことや、事業主が適切な雇用機会を確保することなどが求められることになりました。これは緘黙と関係してくるのでしょうか。


学校、職場での理解と配慮


大人の当事者の場合、大学などの高等教育機関に通学していたり、就労していたりしている方も多いでしょう。そうした場で、緘黙に対する理解と配慮を得ることができればと思います。

緘黙があっても「話す必要のない社会環境(仕事)があれば、十分適応していくことが考えられる」という指摘もあります(丹治、2002)。

学齢期の当事者の場合、教員を対象とした研修を行なうことで、学校場面で理解と配慮が得られるようになるかもしれませんが、就労している当事者の場合、このあたり難しさを感じます。広く一般向けに啓発活動を行うか、個別に理解を求めるかする必要がありそうです。

2016年4月1日に施行された障害者差別解消法では、公的機関は、障害者に「合理的な配慮」を行なうことが法的に義務化されました。また、民間事業者には努力義務化されています。合理的配慮の流れは緘黙にもきていますが、成人の緘黙者に対する高等教育機関や職場での合理的配慮としては、どのようなことが考えられるのでしょうか。そのあたりのノウハウが蓄積されてほしいです。

5月25日に成立した改正発達障害者支援法では、事業者は、個々の発達障害者の特性に応じた適正な雇用管理を行うことにより、その雇用の安定を図るよう努めることとされました。これは緘黙と関係してくるのでしょうか。


治療法の確立


年齢が下の緘黙児については、特に海外では行動療法が行われてきた実績があり、その方法を示した本が日本でも一般向けに発売されています。ですが、大人の当事者については、こうしたことはありません。大人の緘黙者についても、治療法の確立が求められます。

確立された治療法がないのであれば、既存の治療法で何か役立つものはないのでしょうか。緘黙と比較される社交不安障害の治療法は役立つのでしょうか。


当事者会


大人の緘黙に特化した当事者会があればよいかもしれません。心情の共有や情報の交換などができそうです。SNS には大人の緘黙をテーマにした集まりがあるようなのですが、詳しくは知りません。


まとまった情報


そして、大人の緘黙に関するまとまった情報が欲しいです。例えば、利用可能な社会資源の情報にはどのようなものがあるのか。既存の治療法で役立つものの情報はないのか。

情報が乏しいので、私もよく分からないまま、手探りで今回の記事を書いています。


文献


◇ 大村豊(2006)「選択緘黙-成人期への影響- 」『精神科治療学』21(3)、249-256。
◇ 丹治光浩(2002)「入院治療を行った選択性緘黙児の長期予後について」『花園大学社会福祉学部研究紀要』10、1-9。

自分の特性を認め、受け入れるという考え方

2016年06月24日(金曜日)

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久しぶりに、場面緘黙症の本を読んだ感想を書きたいと思います。今回は、ニュージーランド在住の緘黙経験者が書いた英語の本です。米国 Amazon.com や英国 Amazon.co.uk などで多くの高評価のカスタマーレビューが寄せられています。

本の基本情報


本の題名は、I Have Something to Say!: An exploration into the heart and mind of my selective mutism。日本語に訳すと、『私には言いたいことがある!-私の場面緘黙症の心の探究』といったところでしょうか。2015年に、Green Cup Publishing より刊行されています。

著者は Kathryn Harperさん。1981年、当時2歳の頃にイングランドから南アフリカに移住し、その直後に6ヶ月で5回の転居、このあたりの時期に緘黙を発症したそうです。

近年絵本を発表されていて、その中には緘黙に関するものもあります。その絵本については、出版にあたってクラウドファンディングで5,125ニュージーランドドル(現在約38万円)を集めたと以前このブログでお話したことがあります。なお、今回お話しする本は、その絵本とは別のもので、絵本でもありません。

◇ 海外:緘黙のためのクラウドファンディング(前編) (新しいウィンドウで開く

Harper さんはまた、緘黙の認知向上を目的としたニュージーランドのチャリティー 「Voice」を立ち上げた方のお一人です(Toni Pakula さんという方と共同で立ち上げました)。この本の売上げの一部は、Voice の活動に役立てられるそうです。

内容


内容は2部構成です。第1部は、著者自身の緘黙の経験の話が中心です。著者の緘黙は成人期まで続いた上、現在も緘黙とは無関係ではないことから、その内容は子ども時代の話にとどまりません。全体のおよそ6割が、この第1部です。

第2部では、著者の経験をもとにした持論が展開されています。緘黙がある人に向けたアドバイスのような内容です。全体のおよそ2割が、この第2部です。

感想・第1部~著者自身の緘黙経験


やはり緘黙で苦しい思いをされてきたのだなと感じました。苦しみは、緘黙だけではありません。二次障害も経験されています。長く緘黙が続いた方のお話を読むと、こうした緘黙以外の問題も経験したという方のお話にあたることがあります。

感想・第2部~緘黙経験をもとにした著者の持論


ですが、この本の特徴は、著者の持論が展開される第2部にあります。自身の緘黙の経験に加えて、こうしたことがまとめて書かれるのは珍しいです。

その持論を一言で言うと、緘黙がある人には感受性が強いなど長所も多々あり、緘黙というラベルばかりにとらわれず、そうした自分のよいところに目を向けようというものです。

ただ、私としてはこれに関連する、緘黙の克服についての話の方に興味を引かれました。これは、著者の次のような経験がもとでした。

「自分の特性を認め、受け入れる」


著者が31歳の頃、ある時思うように声を出せないことがありました。著者はこれを緘黙の症状と解釈し、ショックを受けてしまいました。もう緘黙は克服したものと思っていたからです。著者は現在36歳ですが、現在も時々この緘黙症状が出ることがあると書いています。

こうした経験から、著者は、緘黙発症の潜在的要因には自分の気質があり、これは変わることがないだろうと考えるようになりました。そして、緘黙を「克服」しようとするのではなく、自分の特性を認め、受け入れようと考えるに至ったのでした。「もしかすると、緘黙を『克服する』というのは間違った言葉の使い方かもしれない」(Perhaps 'overcome' is the wrong word to use)とまで述べています。

こうした考え方を著者は "Working with selective mutism" と表現しているのですが、どう訳せばよいのか分かりません。意訳ですが、「緘黙と付き合う」といったところでしょうか?(自信ありません)これは、話せるようにならなくてもよいということではなく、不安を引き起こす状況に適応しなければならない時にはそうして、しかし同時に、ありのままの自分を認めるというものです。

確かに、不安を感じやすい気質は、緘黙の素因とされている


著者が現在でも緘黙症状が時々出るという話でしたが、本から窺い知る限りでは、これは緘黙症状ではないのではないかと私は思います。厳密なことを言うと、緘黙は長期にわたって声が出ない症状です。著者は現在、自身が加入するトーストマスターズのプレジデントを務め、様々な状況で不自由なくお話ができる方です。その方が、時々(直近では2ヶ月前)声が出ないことがあるといっても、緘黙とまでは言えないのではないかと私は見ています。確かに、似てはいるんですけれども。

ただ、緘黙の素因として、不安を感じやすい遺伝的気質があるのではないかとは確かに言われています。

たとえ話せるようになっても、そうした気質は変わらないという経験者の話は、他でも読んだことはあります。もちろん、何十年と緘黙症状が続く方もいらっしゃいます。特にそうした方にとっては、著者の話は実感しやすいかもしれません。私にとっても勉強になります。

もっとも、緘黙で何も声が出ない状態と、声は出るようになったけれども不安を感じやすい気質が残ったままである状態とは、区別しておきたいとは思います。生まれ持った気質はそう変わらないかもしれませんが、緘黙は改善が可能ではないかと思います。

緘黙の克服とは何か


それにしても、緘黙の克服とは、何をもってそう言うべきなのでしょうか。緘黙の診断基準を満たさなくなったら、克服なのでしょうか。それとも、今回の本の著者の言うように、緘黙は克服するものではなく受け入れるものなのでしょうか。色々と考えると分からなくなってきます。またしても分からないことばかりで、すみません。

※ なお、私が読んだものは、電子書籍 Kindle版です。この本にはペーパーバック版もあります。


関連リンク


◇ 著者のホームページ kathrynharper.net (新しいウィンドウで開く
◇ Voice Selective Mutism Trust (新しいウィンドウで開く

痙攣性発声障害について調べ、気付いたこと

2016年06月16日(木曜日)

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痙攣性発声障害とは


場面緘黙症との区別の必要性が指摘される障害の一つに、痙攣性発声障害(けいれん性発声障害; Spasmodic Dysphonia)があります。

痙攣性発声障害とは何かというと、

声を出そうとすると自分の意志と無関係に声帯が異常な動き方をしてしまう病気です。そのため声が詰まったり震えたりして、苦しく絞り出すような声になってしまいます。息漏れ声、かすれ声になるケースもあります。

と、一般社団法人SDCP発声障害患者会(後述)のホームページで説明されています。ジストニアという疾患の一種と考えられているそうです。

緘黙とは根本的に違うもののようです。とはいえ、ともに声に関わる障害です。また、あまり知られておらず、このため認知向上などを目的とした団体が存在することも共通しています。そこで、痙攣性発声障害について少し調べてみました。緘黙との比較をすることで、何か発見があるかもしれません。

耳鼻咽喉科、音声外科で扱われることが多い


痙攣性発声障害は、耳鼻咽喉科や音声外科で扱われることが多いようです。まさに「発声の障害」なのでしょう。

一方、緘黙は、声が出ないといっても、耳鼻咽喉科学や音声外科学の領域ではありません。精神医学あたりでしょう。また、緘黙は単に話せないだけの問題でもなく、強い不安により他にも何らかの問題が起こることがあります(動きが封じられてしまう「緘動」など)。緘黙は「発声の障害」というより「不安の障害」という方が近いのではないかと思います。

患者会について


2つの患者会が存在


痙攣性発声障害には、2つの「患者会」が存在します(患者会という言い方、緘黙ではあまり使いませんね)。

一つは、1999年に誕生した「SDの会」です。我が国初の痙攣性発声障害患者会で、現在でも活動が行なわれています。

もう一つは、2009年に mixi のコミュニティを母体に誕生した「一般社団法人SDCP発声障害患者会」です。痙攣性発声障害を中心に、それ以外の発声障害も視野に入れた会です。2000年代後半にネット上のコミュニティから誕生したという経緯は、「かんもくネット」とも重なるところがあります。

法人化し、政治への働きかけにも力を注ぐ患者会


このうち、SDCP発声障害患者会については、緘黙の支援団体・グループにはない特徴があり、興味深いです。その特徴としては、第一に、法人化していること、第二に、政治への働きかけに力を入れていることなどが挙げられます。

このうち法人化については、よく税制上の優遇措置を受けられるとか、社会的な信用度が増すといったことが言われます。そういえば先日、「アレルギー患者の声を届ける会」の武川篤之代表理事が、「企業側は『なぜこの会を支援するのか。妥当性を説明できるか』との観点でも支援先を選別する」とのことから、同会を認定NPO法人化したという記事を読みました(2016年5月8日(日)『日本経済新聞』朝刊15面)。緘黙の団体・グループで法人化しているものは今のところありませんが、これも考えがあってのことでしょう。

政治への働きかけについては、厚生労働大臣と面会したり、障害の認知を求めて33,108名分にものぼる署名を厚生労働省に提出したりするなど、実績が豊富です。会の規模は、母体となった mixi コミュニティと合わせてもかんもくネットと同じぐらいなのに、素晴らしい実績です。そもそも、患者会の相談役が衆議院議員ときています。思うに、この患者会の場合、「治療の保険適用を求めて働きかけること」という、政治の力無しには実現できないことを会の目的の一つに掲げていることも、政治への働きかけに力を注いでる理由だろうかと思いますが、定かではありません。

※ 緘黙の団体・グループも、これに倣って法人化するべきだとか、政治に働きかけるべきだといわんとしているのではありません。

患者会のテーマソング『みんなの声』


なお、SDCP発声障害患者会には、経験者であるシンガーソングライターが作ったテーマソングがあります。COZ さんという方の『みんなの声』という歌です。この歌はまた、「声の障害含め『見えない病気』と戦う患者さん全ての人達への応援ソング」でもあるそうです。テーマソングとあって、とても前向きな歌で、驚きました。

↓ その歌のプロモーション動画。YouTube へのリンクです。
◇ COZ みんなの声.mov (新しいウィンドウで開く

テレビで見たのに、Yahooニュース読んだのに、全く覚えていない


なお、私が痙攣性発声障害の存在を強く意識したのは2015年のことでした。確か、演歌歌手の青木美保さんが痙攣性発声障害を克服したという話を読んだのがきっかけだったと思います(私は演歌好きなので……)。

実はその前の2010年には、NHK総合のテレビ番組『ニュース7』で患者会のニュースを見ていたのですが、これは私の Twitter 投稿の記録にはあるものの、記憶には全くありません。また、2013年にも、Yahoo!Japan のトップニュースで痙攣性発声障害のニュースを読んでいたのですが、これまた記録にはあるものの、記憶には全く残っていません。

テレビ番組や新聞記事で知らない障害や病気の記事を数年置きに1回や2回見ても、私の場合、そのうち忘れてしまいます。ニュースを見た当時は関心を持ち、Twitter でニュースについて投稿をするぐらいなのですが、しばらくすると綺麗さっぱり忘れてしまうのです。お恥ずかしい話です。このため、緘黙の当事者や経験者でも何でもない人が、「テレビの『仰天ニュース』で緘黙を知った」という話を聞くと、その記憶力のよさに驚きます。

ともあれ、緘黙の認知向上を訴える以上は、他の障害や病気を知って欲しいと訴えている方の声にはもっと真剣に耳を傾けるべきです。さもなくば、自分が関心を持つ障害さえよければいいのか、という話になってしまいます。そういう反省もこめて、今回の記事を書いています。

リンク


◇ 一般社団法人SDCP発声障害患者会 (新しいウィンドウで開く