緘黙児者は「サイレント・ユーザー」か

2017年03月15日(水曜日)

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「車椅子使用者」という表現と似ている?


「サイレント・ユーザー」(silent users)

Norman Hadley 氏というカナダの大学教授が、著書の中で、場面緘黙症がある人をこのように呼ぶ場面があったそうです(Hadley, 1994, p.xxi)。

この表現に対し、Tony Cline 氏というイギリスの大学教授が興味深いコメントを残しています。これは、身体の動作が制限されている人を「車椅子使用者」(wheelchair users)と呼ぶのに似ているというのです(Cline, 2015, pp.36-37)。

Tony Cline 氏によると、20世紀後半、障害がある人は自らの生活をコントロールする(または、コントロールするべき)主体であり、また、彼ら彼女らが直面する障害に対処することにおいて活動的な主体である(または、活動的な主体であるべき)という関心が高まったそうです。「車椅子使用者」「サイレント・ユーザー」はその影響を受けた表現だろうと述べています。

ただ、特に海外では、かつて緘黙児は自らの意思で話さないという誤った認識が強調された歴史があるようです。Tony Cline 氏は、「サイレント・ユーザー」という表現は、ある意味ではその頃に逆戻りするものであるとしています。しかし、この表現には緘黙への見方の重大な変化があるとも指摘しています。つまり、話さないことを非難する要素が取り除かれているというのです。


自立生活運動のことか


Tony Cline 氏の話にある、障害がある人は自らの生活をコントロールする……というくだりは、自立生活運動のことだろうかとも思うのですが、ちょっと自信がありません。「私たちのことを、私たち抜きで決めないで」のスローガンでも知られる運動です。


「うなずき/首降り使用者」「筆談使用者」「AACユーザー」とかならどうか


緘黙がある人は、何も沈黙を意図して使っているわけではありません。ですので、障害ある人は自らの生活をコントロールする主体であるとか、そういう意味合いで緘黙の人のことを「サイレント・ユーザー」と呼ぶのであれば、それはどうだろうと今のところ私は疑問に思っています。

ただ、例えば「うなずき/首降り使用者」「筆談使用者」なら、分からないまでもないような気がします。そういう非言語的な手段でコミュニケーションをとる緘黙児・者はいます。

ただ、これはあまり語呂がよくありません。特に、「うなずき/首降り使用者」は最悪です。そこで、少し専門的な言葉を使いますが、「AACユーザー」とか、「ノンテク AACユーザー」と言い換えてみてもよいかもしれないと思います。

AAC は Augmentative and Alternative Communication の略で、「拡大代替コミュニケーション」「補助代替コミュニケーション」と訳されます。AAC の国際団体のウェブサイトによると、「個人が日常のコミュニケーション上の困難を解決するために使う、一連の道具や手段」のことだそうです(Burkhart, n.d.)。中でも、身振り、手振り、表情などを使ったコミュニケーションは「ノンテク技法」と呼ばれます。

そもそも、車椅子使用者は、身体の動作の不自由を補う手段として車椅子を使用しています。「車椅子使用者」と似た表現にするのなら、緘黙児・者が話せないことを補う手段に注目して「AAC ユーザー」などとした方がよいのではないかと思います。


やっぱり駄目だろうなあ


ただ、緘黙がある人には、うなずきや首降りなどの非言語コミュニケーションすらとれない人もいます。また、非言語コミュニケーションを図るのは緘黙児・者だけではありません。

そういうわけで、「AAC ユーザー」などの表現も、どうだろうと我ながら疑問に思っています。

とはいえ、「サイレント・ユーザー」は、考えさせられる表現だと思い、紹介してみることにしました。