トラウマで話せなくなった子は、場面緘黙児ではない!?

2006年07月22日(土曜日)

トラウマがきっかけで話せなくなった心的外傷性緘黙症は、場面緘黙症の議論では除くべきだとする説があります。E. シポンブラム博士がそうで、拙サイトで現在配布中のによる資料には「全ての場で緘黙になる心的外傷性緘黙症と混同しないで下さい」と書かれています。

心的外傷性緘黙症という言葉は、英語圏で traumatic mutism と呼ばれているものです。

トラウマで話せなくなった子どもは、場面緘黙児とは違います。こういった子どもは、あらゆる場面で緘黙になってしまいます。また、場面緘黙児は、幼稚園や小学校に入ったのをきっかけに無口になってしまうのに、心的外傷性緘黙児は、トラウマがきっかけで無口になってしまいます。

表 場面緘黙症と心的外傷性緘黙症の比較

緘黙の範囲きっかけ
場面緘黙症特定の場面入園または入学
心的外傷性緘黙症あらゆる場面トラウマ
* * * * * * * * * *

■ トラウマ説の歴史は古い

緘黙とトラウマの関係を説明した文献は、古くからあります。 私が知る最古のものは1936年の Waterink, J., & Vedder, R. (1936). Quelques cas de mutisme thymogenique chez des. enfants tres jeunes et leur traitment. Z. Kinderpsychiatrica, 3, 101-112. です(Hooper et al., 1993)。

この1936年の文献では、緘黙症が「場面緘黙症」(elective mutism)やトラウマが原因で起こる「情動性緘黙症」(thymogenic mutism)など6つに分類されています。

古い文献で現在も学術的にどの程度有用か疑問ですが、場面緘黙症とトラウマが原因の緘黙症は、古くは別々に扱われていた事実があったと分かります。

■ トリイ・ヘイデンの分類

檻のなかの子―憎悪にとらわれた少年の物語場面緘黙症とトラウマというと、トリイ・ヘイデンの研究がよく引き合いに出されます。

トリイ・ヘイデンというと、場面緘黙児との体験を描いた『檻のなかの子』など、数多くの著作があり、日本でもファンが多い児童心理学者です。

このヘイデンですが、1980年に場面緘黙症の分類を行い、アメリカの学術専門誌に掲載されました(Hayden, 1980) 。68人の場面緘黙児を集め、4つのタイプに分類しています。

[1] 共生緘黙(symbiotic mutism)
[2] 発話恐怖性緘黙(speech phobic mutism)
[3] 反応性緘黙(reactive mutism)
[4] 消極的-積極的緘黙(passive-aggressive mutism)

★ トラウマによる「反応性緘黙」

このうち、3つめの「反応性緘黙」こそ、ヘイデンが言うトラウマが原因による場面緘黙症です。この反応性緘黙に該当した場面緘黙児は68人中14人(20.6%)でした。

反応性緘黙児の具体例としては、次のような例が挙げられています。

○ 4歳で母のボーイフレンドにレイプされ、そのときから男性と話さなくなった(one girl had been raped at age 4 by the mother's boyfriend and from that point never spoke to men)
○ 家族が議論をしているときに顔をひっぱたかれ、「黙れ!二度と口を開くな!」と言われ、その後話さなくなった(during a family argument the child was slapped across the face and told to "shut up and never open your mouth again," which she promptly did)
○ 1歳半から3歳にかけての発話ができるようになる時期に、口やのどを傷つけた事例が4件あった(Mouth or throat injuries in the formative speaking years(1 1/2 to 3 years) accounted for 4 cases)

うーん…これらは場面緘黙症なのでしょうか?ちょっと違うような?

少なくとも、一つ目の、レイプがきっかけで、男性と話さなくなったというのは、ちょっと違うのではないでしょうか。場面緘黙児は、入園や入学がきっかけで問題化するのでは。二つ目も、同様に疑問です。本当にこうした子どもたちは、幼稚園や学校では話さなくて、家では普通に話すのでしょうか。

もしかすると、家庭で起きたトラブルを隠すために、幼稚園や学校で話さなくなってしまうということでしょうか。これについてはいつか詳しく説明するつもりですが、学界では現在、この種の説には否定的です。

3つめの幼少期にけがをして場面緘黙症になったというのは、昔からよくある説明ですが、詳細については私は調査中で、よく分かりません。

★ 余談ですが…

余談ですが、このヘイデンの分類は、当時としては画期的だったかもしれませんが、26年経った現在では疑問符をつけざるを得ません(ヘイデン氏のファンの方、ごめんなさい…)。

特に疑問なのは、4つめの「消極的-積極的緘黙」(passive-aggressive mutism)です(変な訳ですみません)。これは、反抗的なガキ…いや、子どもが、気に入らない相手に敵意を表すために無口になるというものです。これは現在の基準から言えば、明らかに場面緘黙症ではありません。それにしても、場面緘黙児って、当時はこんなふうに見られていたのですね。

■ traumatic mutism の名付け親は、場面緘黙症と心的外傷性緘黙症を別々に分けていた!

トラウマが原因の場面緘黙症をヘイデンは reactive mutism と名づけましたが、そのものずばり traumatic mutism と名づけたのは、私が調べた限り、1981年の Kolvin、Fundudis の両者です。

両者の同年のケーススタディーは私は直接読むことができなかったので、代わりに両者が書いた別の文献(Kolvin & Fundudis, 1982)を読むと(ごめんなさい)、両者は緘黙症(mutism)を場面緘黙症(elective mutism)と心的外傷性緘黙症(traumatic mutism)に分けて、別々に説明しています。

この研究によると、このトラウマが原因の緘黙症は非常に稀なのだそうです。先ほどのトリイ・ヘイデンの68人中14人(20.6%)という調査結果とは矛盾しますが、近年の研究、研究者は、トラウマで緘黙になった人は実際は非常に少なく、トラウマで緘黙になることが多いのはフィクションの世界のみだという方向に傾いてきています。現在、学界では場面緘黙症とトラウマの関係については否定的な流れになってきていますが、その端緒となったのはこの1981年の研究ということでしょうか(間違っていたらごめんなさい)。

■ post-traumatic mutism という症状もある

traumatic mutism とは別に、post-traumatic mutism という症状もあるそうです。

私は両者の違いがよく分からないのですが、post-traumatic mutism はどうも脳の損傷が原因で話せなくなるもののようです。

後頭蓋窩(posterior fossa)を手術で取り除くと発症する小脳性無言症(cerebellar mutism)と関係あるのかな…?いずれにしても、これも場面緘黙症とは少し違うようです。

■ むすび

トラウマがきっかけで起こった心的外傷性緘黙症は場面緘黙症と区別されるべきだという視点で、場面緘黙症とトラウマについて書いてきたつもりでしたが、書いているうちにわけが分からなくなってきました。うまくまとまらなかったかもしれません、ごめんなさい。

場面緘黙症とトラウマの関係については、また書きます。


※ このエントリーの記述には、不正確な内容があります。「続・トラウマで話せなくなった子は、場面緘黙児ではない!?」で補足説明しています。

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[参考にしたもの]

★ Hayden, T.L. (1980). Classification of Elective Mutism. The Journal of The American Academy of Child and Adolescent Psychiatry, vol 19, 118-133.
★ Hooper, R.S., & Linz, D.T. (1993). Elective mutism. In Hooper, R.S., Hynd, W. G. & Mattison, E. R. (Eds.), Child Psychopathology: Diagnostic Criteria And Clinical Assessment (pp. 409-460). Hilsale: Lawrence Erlbaum Associates, Inc.
★ Kolvin, I. & Fundudis, K. (1982). Speech and language disorders of childhood. In Apley, J., Ounsted, C., Press, K. M. (Eds.), One Child (pp. 147-165). Lavenham: Cambridge University Press.