自分の特性を認め、受け入れるという考え方

2016年06月24日(金曜日)

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久しぶりに、場面緘黙症の本を読んだ感想を書きたいと思います。今回は、ニュージーランド在住の緘黙経験者が書いた英語の本です。米国 Amazon.com や英国 Amazon.co.uk などで多くの高評価のカスタマーレビューが寄せられています。

本の基本情報


本の題名は、I Have Something to Say!: An exploration into the heart and mind of my selective mutism。日本語に訳すと、『私には言いたいことがある!-私の場面緘黙症の心の探究』といったところでしょうか。2015年に、Green Cup Publishing より刊行されています。

著者は Kathryn Harperさん。1981年、当時2歳の頃にイングランドから南アフリカに移住し、その直後に6ヶ月で5回の転居、このあたりの時期に緘黙を発症したそうです。

近年絵本を発表されていて、その中には緘黙に関するものもあります。その絵本については、出版にあたってクラウドファンディングで5,125ニュージーランドドル(現在約38万円)を集めたと以前このブログでお話したことがあります。なお、今回お話しする本は、その絵本とは別のもので、絵本でもありません。

◇ 海外:緘黙のためのクラウドファンディング(前編) (新しいウィンドウで開く

Harper さんはまた、緘黙の認知向上を目的としたニュージーランドのチャリティー 「Voice」を立ち上げた方のお一人です(Toni Pakula さんという方と共同で立ち上げました)。この本の売上げの一部は、Voice の活動に役立てられるそうです。

内容


内容は2部構成です。第1部は、著者自身の緘黙の経験の話が中心です。著者の緘黙は成人期まで続いた上、現在も緘黙とは無関係ではないことから、その内容は子ども時代の話にとどまりません。全体のおよそ6割が、この第1部です。

第2部では、著者の経験をもとにした持論が展開されています。緘黙がある人に向けたアドバイスのような内容です。全体のおよそ2割が、この第2部です。

感想・第1部~著者自身の緘黙経験


やはり緘黙で苦しい思いをされてきたのだなと感じました。苦しみは、緘黙だけではありません。二次障害も経験されています。長く緘黙が続いた方のお話を読むと、こうした緘黙以外の問題も経験したという方のお話にあたることがあります。

感想・第2部~緘黙経験をもとにした著者の持論


ですが、この本の特徴は、著者の持論が展開される第2部にあります。自身の緘黙の経験に加えて、こうしたことがまとめて書かれるのは珍しいです。

その持論を一言で言うと、緘黙がある人には感受性が強いなど長所も多々あり、緘黙というラベルばかりにとらわれず、そうした自分のよいところに目を向けようというものです。

ただ、私としてはこれに関連する、緘黙の克服についての話の方に興味を引かれました。これは、著者の次のような経験がもとでした。

「自分の特性を認め、受け入れる」


著者が31歳の頃、ある時思うように声を出せないことがありました。著者はこれを緘黙の症状と解釈し、ショックを受けてしまいました。もう緘黙は克服したものと思っていたからです。著者は現在36歳ですが、現在も時々この緘黙症状が出ることがあると書いています。

こうした経験から、著者は、緘黙発症の潜在的要因には自分の気質があり、これは変わることがないだろうと考えるようになりました。そして、緘黙を「克服」しようとするのではなく、自分の特性を認め、受け入れようと考えるに至ったのでした。「もしかすると、緘黙を『克服する』というのは間違った言葉の使い方かもしれない」(Perhaps 'overcome' is the wrong word to use)とまで述べています。

こうした考え方を著者は "Working with selective mutism" と表現しているのですが、どう訳せばよいのか分かりません。意訳ですが、「緘黙と付き合う」といったところでしょうか?(自信ありません)これは、話せるようにならなくてもよいということではなく、不安を引き起こす状況に適応しなければならない時にはそうして、しかし同時に、ありのままの自分を認めるというものです。

確かに、不安を感じやすい気質は、緘黙の素因とされている


著者が現在でも緘黙症状が時々出るという話でしたが、本から窺い知る限りでは、これは緘黙症状ではないのではないかと私は思います。厳密なことを言うと、緘黙は長期にわたって声が出ない症状です。著者は現在、自身が加入するトーストマスターズのプレジデントを務め、様々な状況で不自由なくお話ができる方です。その方が、時々(直近では2ヶ月前)声が出ないことがあるといっても、緘黙とまでは言えないのではないかと私は見ています。確かに、似てはいるんですけれども。

ただ、緘黙の素因として、不安を感じやすい遺伝的気質があるのではないかとは確かに言われています。

たとえ話せるようになっても、そうした気質は変わらないという経験者の話は、他でも読んだことはあります。もちろん、何十年と緘黙症状が続く方もいらっしゃいます。特にそうした方にとっては、著者の話は実感しやすいかもしれません。私にとっても勉強になります。

もっとも、緘黙で何も声が出ない状態と、声は出るようになったけれども不安を感じやすい気質が残ったままである状態とは、区別しておきたいとは思います。生まれ持った気質はそう変わらないかもしれませんが、緘黙は改善が可能ではないかと思います。

緘黙の克服とは何か


それにしても、緘黙の克服とは、何をもってそう言うべきなのでしょうか。緘黙の診断基準を満たさなくなったら、克服なのでしょうか。それとも、今回の本の著者の言うように、緘黙は克服するものではなく受け入れるものなのでしょうか。色々と考えると分からなくなってきます。またしても分からないことばかりで、すみません。

※ なお、私が読んだものは、電子書籍 Kindle版です。この本にはペーパーバック版もあります。


関連リンク


◇ 著者のホームページ kathrynharper.net (新しいウィンドウで開く
◇ Voice Selective Mutism Trust (新しいウィンドウで開く