私は感動を与える存在だったのか?

2016年08月24日(水曜日)


※ 画像は記事とは関係ありません。

感動・頑張る障害者像


今年の夏も24時間テレビ「愛は地球を救う」(日本テレビ系)があります。ところが、ここでNHKが、24時間テレビの裏番組にこんな特集をぶつけてきました。

「検証!『障害者×感動』の方程式」

「なぜ世の中には、感動・頑張る障害者像があふれるのか?」その謎を徹底検証!

笑いは地球を救う

など、明らかに24時間テレビを意識した内容です。

これをテーマに掲げた番組は、NHK Eテレの障害者情報バラエティー『バリバラ』です。24時間テレビが感動のフィナーレに差し掛かる時間帯に生放送されます。

↓ 公式ホームページへのリンクです。
◇ NHK バリバラ | 放送予定 (新しいウィンドウで開く

障害ある方の頑張る姿が強調され、感動話にされることが多いことには、私も多少違和感を持っていました。障害ある方は、なにも健常者を感動させるために生きているわけではないでしょう。ですので『バリバラ』の企画は興味深い問題提起だと思います。

そういえば、似た経験をした


そういえば、私も学校で緘黙していた頃(診断は受けていません)、似た経験をしました。同級生らから「富条君はあんなにひどい引っ込み思案なのに頑張っていて、心動かされる」というような視線でしばしば見られたのです。実際は、大したことはしてなかったのですが……。

こうした経験を土台に、自作ゲーム「緘黙RPG」では、勇気を出して頑張る緘黙の主人公の姿に、緘黙に無理解だった同級生が心を動かされて理解者に変わるというイベントを、制作段階でエンディングに盛り込みました。ですが、没にしています。

その理由は、障害ある方を頑張る存在として強調し、感動の対象とする、よくあるストーリーを連想させるものだったからです。それに、特別頑張っている(ように見える)緘黙児がいるから、緘黙のことを理解するという展開もよくないと考えました。ならば、特別頑張っていない(ように見える)緘黙の人は、理解されなくてもいいのかという話になってしまいます。

ただ、緘黙だった人で、私と同じように感動を与える存在として見られたという人の話はあまり聞いたことがありません。もしかしたら、私の経験は珍しいものだったのでしょうか?

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↓ 「PAKUTASO」へのリンク。今回のアイキャッチ画像はここが出所です。フリー素材で観光発信という興味深い企画です。なお、障害とは全く関係ありません。
◇ 佐賀県伊万里市の観光発信・フリー素材 (新しいウィンドウで開く