『古見さんは、コミュ症です。』の古見さんが、緘黙に似てる

2016年10月23日(日曜日)


※ 画像は漫画とは関係ありません。

『週刊少年サンデー』連載の漫画「古見さんは、コミュ症です。」が、会話のできない少女を題材としているという情報を以前いただきました。その女子高校生・古見さんは緘黙っぽいという感想も、ネット上では一部に見られます。

その単行本第1巻が9月に発売されていたことを知り、読んでみることにしました。見たところ、確かに古見さんは、口頭での会話ができていませんでした。不安を極端に強く感じる人で、緘黙症、特に全緘黙症に似ていると思いました。そこで、第1巻を読んだ感想を書いてみようと思います。

作品の概要


作品の概要ですが、公式ホームページには、次のように説明されています。

◇ WEBサンデー|古見さんは、コミュ症です。 (新しいウィンドウで開く

比較的新しい作品です。今年の5月18日に発売された『サンデー』第25号から連載が始まりました。作者は、オダトモヒトさん。

沈黙の美少女・古見さんを、小心者の同級生・只野君の視点から描いています。

美少女と冴えない男という組み合わせ、さらに、主要登場人物は女子(や女子のように見える)キャラが多いことから、私は最初、ラブコメかと思いました。ですが、少なくとも第1巻だけを読む限りでは恋愛色は薄いです。むしろ、古見さんを中心に、極端な個性の女子キャラたちをコミカルに描いたコメディという印象を私は受けるようになりました。


古見さんの「コミュ症」について


人とコミュニケーションがうまくとれないことを俗に「コミュ障」(コミュニケーション障害の略)と言いますが、この漫画では「コミュ症」という表記をとっています。これは、只野君が古見さんの状態をこう名付けたものです。

古見さんは「人と話すのが苦手」という台詞が物語の最序盤にあるのですが、苦手どころではない描かれ方がされています。満足に声が出せず、挨拶すらできないほどです。それでも無理に声を出そうとすると、身体が尋常でないほど震えることもあります。家庭でも、家族の前では無言です。ただし、周りに人がいないと少し話せます。

不安を極端に強く感じてしまう人で、1人でスタベ(スタバならぬ)に入るのにも、多大な勇気を要します。表情にも変化が乏しいです。

ただ、筆談によるコミュニケーションは可能です。教室に只野君と2人だけの状況で、黒板を埋め尽くすほどの筆談を交わす場面もあります。それに、意外に行動力があったりもします。


古見さんの「コミュ症」は緘黙に似ている


場面緘黙症Journal などというウェブサイトを運営する私が古見さんを見ると、全緘黙症とか、社交不安症(障害)といった用語を連想してしまいます。典型的な緘黙とは違うところも描かれてはいるものの、あそこまで不安が強くて声が出ないのは、緘黙に似ていると感じずにはいられません。


ただしこれは荒唐無稽なフィクション、あくまで「コミュ症」


ただ、古見さんは緘黙ではないかとか、社交不安症(障害)ではないかなどと、大真面目に議論することにどれほど意味があるのかは分かりません。だって、これはギャグ漫画ですから。友達が推定500万人いる同級生が登場するとか、そういう荒唐無稽な世界です。

古見さんの症状にしてもあくまで「コミュ症」であり、典型的な緘黙とは少し違う部分もあります。荒唐無稽なフィクションとして見た方がよいような気もしないではありません。


現実にこんな高校生がいたら、「コミュ症」と軽く片付けるべきでない


それでも、敢えて言うと、ここまで声が出ない高校生は現実にいます。そうした場合、単に「コミュ症」とか「コミュ障」などという言葉で軽く片付けて終わりにせず、緘黙や社交不安症(障害)、発達障害などの可能性も視野に入れるべきではないかと思います。本当は見えない障害を持った高校生かもしれないのです。

もし緘黙で、その症状が高校段階でこの漫画に似た程度にまで現れていると、これは厄介そうです。緘黙は大抵低年齢で発症するので、この年齢ともなるとかなり長期化している可能性が高いです。そうなると、緘黙症状が固定化して、治りにくくなっているかもしれません。また、これだけ長期化すると、たとえ話せるようになっても場合によっては後遺症や二次障害、続発症が生じ、成人後も何らかの困難を持ち続ける可能性もあります。

緘黙は当事者でない人からは軽く考えられがちですが、実際はかなり深刻な問題なのです。


身につまされる古見さんのこと


それにしても、私も学校で長年話せなかった者として、古見さんのことは身につまされます。「緘黙あるある」を思わせるネタも一部にあります。ネット上には、古見さんは可愛いという感想がよく見られるのですが、私には、自分たちのことが一般人視点で描かれているようにも思え、そんな感想はあまり持てません。

作品としてはコメディなので、古見さんの「コミュ症」がコミカルに描かれる部分もあるのですが、「コミュ症」をばかにして笑いをとっている印象は受けません。愛らしい個性のような描き方がなされていて、これには色々と考えるところがあります。

古見さんは何も話せなくて本当に大変だろうと思うのですが、只野君という理解者が得られ、また他の同級生も古見さんが話さないことを受け入れている(古見さんが美人すぎるから)ところは救いがあると感じます。

この少年漫画、男性の私は自然に読みましたが、緘黙の世界で多数派を占めると思われる女性が読むとどう感じるかは私には分かりません。冴えない男子高校生の「コミュ症」友達をわざわざ学校一の美少女に設定していることから、男のある種の願望を描いた漫画として、受け付けないという女性の方がいらっしゃるような気もしないでもありません。逆に、超イケメンだけど人と全く話せない男子高校生と、凡庸な女子高生の友情や恋愛を描く『古見君は、コミュ症です。』という少女漫画がもしあったら、私はとても読む気がしません……。