英国の緘黙支援マニュアル第2版を読みました

2017年03月01日(水曜日)

アイキャッチ画像。
以前お話した、イギリスの場面緘黙症支援マニュアル The Selective Mutism Resource Manual の第2版を、ようやく一通り精読し終えました。といっても、私が読み終えたのは337ページからなる本体部分のみです。これとは別にオンラインコンテンツが244ページ分あるのですが、これについては流し読みした程度です。読むのが遅くてすみません。

とりあえず、ここまで読んだ感想のようなものを書いてみます。私は専門家ではないので、書評というほどのものは書けません。

本の基本情報


まず、本の基本情報を確認します。著者は言語聴覚士の Maggie Johson 氏と Alison Wintgens 氏、出版社は Speechmark Publishing です。出版地はイギリスで、出版日は2016年10月31日です。序文をノルウェーの医学博士 Hanne Kristensen 氏が書いています。この方も緘黙に詳しいです。

ペーパーバック版とリング製本版があるらしいのですが、私が買ったのはリング製本版で、本としては大きめのA4サイズです。高価な本で、Amazon.co.jp では現在7,000円台で販売されています。

なお、初版は2001年に出版されていました。著者、出版社、出版地は同じです。本の装丁も、表紙の絵の色が違うぐらいで、ほぼ変わりません。ただ、初版では300ページあった総ページ数が、第2版では581ページと倍増しています。

イギリス在住の元緘黙児の母親 MIKU さんのブログによると、初版はイギリスでは緘黙治療のバイブルと呼ばれていたそうです。私もイギリスの緘黙関係の読み物で、この初版が紹介される場面を何度も目にしてきました。


本の内容


本の内容は、本体とオンラインコンテンツの大きく2つに分けられます。

本体は4部構成です。第1部は緘黙の理解、第2部は緘黙の特定とアセスメント、第3部は行動療法を中心とした支援法、第4部はトラブルシューティングなどの補足情報です。

オンラインコンテンツは本では「第5部」と位置づけられています。出版社ウェブサイトの登録ユーザーになり、本に記されている ACTIVATION CODE を出版社ウェブサイトに入力すれば、 PDF ファイルにアクセスできる仕組みです。このオンラインコンテンツは、緘黙支援に役立つ具体的方法などをまとめた付録や、緘黙理解のための資料、記入用紙などからなります。

緘黙は恐怖症であり、少しずつ不安に直面することで克服は可能というのが、この本の基本的考え方のようです。

感想


スモールステップの取り組みに新機軸


この本は英語圏でよくある、行動療法を中心とした支援マニュアルと言うことができそうです。日本の方にもお馴染みの翻訳書『先生とできる場面緘黙の子どもの支援』『場面緘黙児への支援』が、その類です。初版はおそらくその草分け的存在と思うのですが、第2版が出版された今日では類書がたくさんあります。そうなると、類書との違いに目が行きます。

私から見た大きな違いの一つは、緘黙への行動療法に新機軸を打ち出した点です。よく言うスモールステップの取り組みであることには変わりないのですが、「初版の連続的アプローチはあまりに直線的な枠組みであったことが、初版から15年の間に明らかになった」 (Over the next 15 years it became clear that this sequential approach was too linear a framework.)(46ページ)として、新たに円形のモデル(circular model)を支援の枠組みに取り入れています。

それが、下の図です。クリックで拡大しますが、新しいウィンドウが開きます。

図 A multidimensional model of confident talking(420ページより。47ページのものと同一)

円形のモデル

これは、次の四要素から構成されています。

○ 「公共の場での発話」(Talking in public places)
公共の場で発話を見聞きされることへの耐性をつけること。最初は誰もいない場面から、より多くの人のそばで発話ができるよう取り組みます。主に家庭や地域社会での話です。

○  「社会的機能」(Social functioning)
学業的、社会的、情緒的必要性を満たすために、自発的な会話ができるようになること。最初は大人主導の計画された発話から取り組みます。主に学校で問題になります。

○ 「集団参加」(Group participation)
一対一の会話から、より多くの人が集まるグループ活動で発話できるようになること。主に学校での話です。

○ 「人の範囲」(Range of peolpe)
家族や友人から、よく接する人や見知らぬ人などにも発話ができるようになること。

まず、初版から受け継ぐ考え方として、緘黙児・者の一対一の交流を、何もない状態から非言語コミュニケーション、さらに言語コミュニケーションまで細かく段階別に分け、その段階を上っていくよう支援を行います。

それに上の四要素の考え方を加え、緘黙児・者のコミュニケーションがより様々な場面に一般化するよう支援を行うということのようです。

本では(1)家やコミュニティ(2)学校と、場所別に章立てし、それぞれの場所でこの四要素ごとに、発話場面をスモールステップで拡大する方法が説明されています。


「場所」「人」「活動」と比べてみると


ところで、日本でお馴染みのカナダの本『場面緘黙児の支援』では、緘黙児が示す一般的な発話パターンを「場所」「人」「活動」(location, people, activities)の三要素から見て、これらをスモールステップの階段の構成要素としていました。今回の本は、それとは階段の構成要素が違うと解釈することもできるのかなと、今のところ私は考えています。

ただ、今回の本の四要素をカナダの本の三要素に比べると、「場所」「人」「活動」に相当する要素が、今回の本の四要素にも何らかのかたちで含まれていることが分かります。最も分かりやすいのが「活動」で、これは「集団参加」にほぼ相当するのではないかと私は解釈しています。

私が興味深いと思うのが、「人」に関するものです。今回の本の四要素では、相手が誰であるか(「人の範囲」)と、周りに何人の人がいるか(「公共の場での発話」「集団参加」)に分けて考えられています。


「社会的機能」は「言語化の階層」と似ている


今回の本の四要素には「社会的機能」という項目がありますが、これは、以前お話した、アメリカの Steven Kurtz 博士による「言語化の階層」と似ていると思います。発話の質に注目し、自発的で社会的に期待される発話を最も高い水準の発話と見る点が共通します。

Steven Kurtz 博士の「言語化の階層」(hierarchy of verbalizations)

○ 音や声(Sounds and Voices)
○ 反応的な言語化(Responsive)
○ 自発的な言語化(Spontaneous)
○ 社会的に期待される言語化(Socially Expected)

※ なお、言語化の階層については、ブログ記事「言語化の階層」(新しいウィンドウで開く)をご覧ください。

同博士も「場所」「人」「活動」の三要素から緘黙児の発話パターンを見るのですが、それとは別にこうした考え方を示していました。今回の本は、それをうまく支援の枠組みに組み込んでいると思います。

その他、類書には無い支援技法が載っており、勉強になります。


圧倒的なページ数


他に類書との大きな違いとして挙げられるのは、やはり圧倒的なページ数です。本体とオンラインコンテンツを合わせて581ページにも上る分量は、類を見ません。

例えば、アメリカの本の邦訳『先生とできる場面緘黙の子どもの支援』の原書は、160ページでした。また、カナダの『場面緘黙児への支援』の原書は、184ページでした。それを思うと、581ページというのは相当な量です。それだけ、情報量や役立つツール等が豊富です。

ただ、専門家ではない一般の方が手に取ると、量が多すぎて面食らう人も出てくるかもしれません(全文読む必要はないとは書かれていますが)。


読みにくい?


気になったのは、オンラインコンテンツです。本の本体は紙なのですが、これには、詳細な説明等をオンラインコンテンツに譲る箇所がところどころにあります。

このため、本全体をしっかり読もうとすると、紙の本を開きながら、パソコンなりタブレット端末なりで逐次 PDF ファイルを参照するというかたちになります。これは少し不便で読みにくく感じました。

日本の本『場面緘黙Q&A』にも、かんもくネットホームページ上にある資料を参照する箇所があるのですが、そこまでネット上の資料に詳細の説明を委ねてはおらず、不便とは私は感じませんでした。ただ、今回のイギリスの本については、このように不便さを感じることもあります。


初版から15年で進歩


初版から書き加えられたり、書き換えられたりした箇所は多く、イギリスでの緘黙支援の進歩を感じさせます。青年期や成人期の緘黙に関する記述を盛り込んだり、経験者の話を収録したりと、最近の流れも反映されています。

この本は情報量が豊富で、ブログ記事一本ではちょっと語り尽くせません。ただ、内容が充実しており、第2版もイギリスでは緘黙治療のバイブルと扱われても不思議ではなさそうです。