場面緘黙症Journalが障害を作っていないか

2017年05月06日(土曜日)

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目が見えない人と緘黙


耳が聞こえないリースにとって、場面緘黙症のシュテフィが話さないことは問題ではない

(To Rhys, it doesn't matter that Steffi doesn't talk)


これは A Quiet Kind of Thunder という、海外小説の説明文の一節です。耳が聞こえない少年と緘黙の少女の恋物語だそうです。

ですが、目が見えない人にとっては、緘黙がある人というのはどうだろうと思います。

緘黙当事者の中にはジェスチャーや首振り、筆談ならできる人がいますが、これは目が見えない人には伝わりません。また、緘黙に関心がある人にはイラストがお上手な人がたくさんいて、インターネット上で漫画形式で緘黙の説明をする試みも複数ありますが、これも目が見えない人には伝わりません。文章ならば、音声読み上げソフトで読み上げられるのですが。

もちろん、これを克服する方法がないことはありません。ジェスチャーや首振り、筆談を目が見えない人にする際には、仲介者を立てればよいのです。筆談については「サリバン先生」のように、手のひらに指をなぞって書く方法もあります。また、ネット上のイラストが見てもらえないのであれば、代替テキストを用意して、音声読み上げソフトで読んでもらえばよいです。

ですが、いちいち仲介者を立てるのは少し不便ですし、人様の手はそう簡単に触るものでもありません。また、代替テキストではわざわざイラストにした意味がありません。


場面緘黙症Journal も、目や肢体が不自由な人に配慮を


障害者差別解消法、私自身が障害を作っていないか


2016年4月1日に、障害者差別解消法が施行されました。これにより、緘黙がある人も「合理的配慮」を受けられるようになりました(ただし、合理的配慮の提供は、民間事業者は努力義務、国・地方公共団体等は法的義務です)。合理的配慮の背景にある考え方は、いわば社会の側が障害を作るという「社会モデル」の考え方です。

ですが、これは同時に、私たち自身も障害を作っていないか省みたり、障害ある人に配慮を行なったりしなければならないということではないかと私は考えています。


場面緘黙症Journalから障害を減らす


我が身を振り返ってみれば、ホームページ「場面緘黙症Journal」のことがあります。インターネットは目や肢体が不自由な人など、様々な人が利用しています。例えば、音声読み上げソフトを使う人や、文字を拡大して読む人、マウスが使えない人がいます。そうした人にもできるだけアクセスできるようなホームページ作りを心掛けなければなりません。実際のところ、障害者差別解消法制定に伴い、障害ある人や高齢の人がアクセスできるようなホームページ作りを改めて学ぶ動きがあったそうです。

場面緘黙症Journal はここのところが遅れていて、私のホームページが障害を作っている格好でした。今のところ、配慮の具体的要請はありませんが、「事前的改善措置」として、障害を減らす環境整備を行なうべきでしょう。「緘黙に関心ある人は緘黙への配慮ばかり要求して、他の障害ある人への配慮の意識が欠けている」と思われるのも嫌です。

そういうわけで、場面緘黙症Journal を音声読み上げソフトで読み上げてみたり、障害ある人がどのようにホームページを見ているかを研究したりしていました。場面緘黙症Journal は個人運営なので、技術面や経済面、手間隙などでできる範囲に限りがありますが、可能な限りなんとかしているところです。

特に、目が見えない人については、前半でお話した通り、少し考えるところがあります。そうした人にもできるだけ不自由なくアクセスできるホームページ作りを心掛けたいです。これは、目が見えない人に緘黙を知ってもらうことにもつながります。