『学校における場面緘黙への対応』を読みました

2017年05月14日(日曜日)

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学校における場面緘黙への対応-合理的配慮から支援計画作成まで-』という本が2017年3月に出版されました。この本を読んだ感想のようなものを書いてみます。私は専門家ではないので、書評というほどのものは書けません。

本の基本情報


まず、本の基本情報ですが、著者は長野大学准教授の高木潤野氏です。巻末の著者紹介には、博士(教育学)、臨床発達心理士、専門は言語・コミュニケーション障害云々とあります。表紙のイラストは、長野大学非常勤講師の臼井なずな氏が描いたものです。

出版社は学苑社です。学苑社は、緘黙に関する本を多数出版しています。

この本は2017年3月2日に複数のネット書店で発売されたのを確認していますが、巻末には「2017年3月10日 初版第1刷発行」とあります。

なお、この本の研究成果の一部は、公益財団法人ユニベール財団「平成25年度研究助成」および、公益財団法人博報児童教育振興会「第11回 児童教育実践についての研究助成」の助成を受けて行われたものだそうです。


本の概要


本の内容ですが、「本書で示したのはマニュアルでも正解でもない。強いて言えば、すべて『アセスメントのための視点』である」(5ページ)と書かれています。読者の対象として、主に学校の先生が想定されています(183ページ)。

臼井なずな氏が手がけた表紙イラストからも窺えるように、小学校のみを念頭に置いたものではなく、幼稚園から高校までカバーしています。ただ、特に記述を割いているのは、小学校と中学校での対応のあり方のように思います。


感想


本書の構成について


私は専門家ではないのでよく分からないのですが、緘黙への支援については、まずアセスメントを行なってから、何らかの介入を行なうものというのが私の理解です。このためでしょうか、私がこれまで読んできた緘黙の本では、アセスメントの章は介入の章の必ず前に置かれていました(Bergman, 2013; Johnson and Wingtgens, 2016; Kearny, 2010; Kotrba, 2015)。

本書でも「アセスメントなしには、適切な介入は行うことができない」(163ページ)と指摘されています。ところが、この本では「第4章 具体的な介入方法」「第5章 アセスメントと支援計画の作成」という構成で、逆転しているようにも思えます。もっと言うと、アセスメントの章は「第2章 学校生活における配慮や工夫」よりもさらに前に持ってきてもよいのではないかと思います。

本書がなぜこうした構成なのか門外漢の私には不思議なのですが、こうした構成には著者の何らかの意図があるように思われ、ここに本書の特色が現れていそうです。


ICF(国際生活機能分類)について


この本は、ICF というものの視点から書かれてあります。ICF は International Classification of Functioning, Disability and Health の略で、これを訳すと「生活機能、障害、健康の国際分類」ですが、略して「国際生活機能分類」と言う方が多いようです。

ICF の視点から緘黙について考えようという動きは、近年俄かに我が国の一部で見られるようになってきています。例えば、久田信行、金原洋治、梶正義、角田圭子、青木路人の各氏による2016年に発表された論文「場面緘黙(選択性緘黙)の多様性-その臨床と教育-」でも、ICF の図式から緘黙が考察されています(久田ら, 2016)。ご覧の通り、本書の著者である高木潤野氏は、この論文の著者に名を連ねていません。緘黙に ICF を持ち出すのは高木氏だけではないのです。

ただ、本書にも書かれてある通り、ICF が WHO(世界保健機関)の総会で採択されたのは2001年で、16年前に遡ります。また、英語圏の緘黙専門家が ICF を持ち出して緘黙について論じているのを私は見たことがありません。なぜここにきて、俄かに我が国でこのような動きが出ているのかは私には分かりません。

ですが、本書で扱っている緘黙の児童生徒への合理的配慮を考えるには、ICF の視点は役立ちそうではあります。ICF には、いわば社会が障害を作るという「社会モデル」の考え方が取り入れられています。社会モデルは、合理的配慮の背景にある考え方です。

なお、先の論文の筆頭著者の久田信行氏は、以前よりICF に注目し、関連する研究を行なっていました。もっとも、このことが、緘黙に ICF の視点を取り入れる近年の国内の動きと関係があるかどうかは私には分かりません。


出版のタイミングについて


本書は、2017年3月2日には発売されています。もともと予定されていた出版時期はさらに早かったらしく、本書の「おわりに」では、「育休をはさんでの執筆になってしまい、当初の想定よりも遥かに時間がかかってしまいましたが」(184ページ)と書かれてあります。

実はこの本の出版情報を私が初めて目にしたとき、最も注目したのが、この出版のタイミングでした。というのも、本の副題に、話題の用語「合理的配慮」が含まれていたからです。合理的配慮の提供は、2016年度より施行された障害者差別解消法で定められています。この時期の出版だと、法の施行から1年ほどです。私は教育現場のことはよく知らないのですが、十分なノウハウの蓄積はまだ行われていないのではないかと思います。

また、本書には現行の学習指導要領を引用する箇所がありますが、これは数年後には無くなります。「戦後最大規模」とも言われる学習指導要領の改訂が行われたのです。 新要領には「主体的・対話的で深い学び」(アクティブ・ラーニング)の推進や、英語教育の小学校でのさらなる前倒しなど、緘黙の児童生徒にとって無視できなさそうな内容が含まれています。

この新要領については、2016年12月21日に文部科学大臣の諮問機関である中央教育審議会が答申を取りまとめ、本書が発売される直前の2017年2月14日に改訂案が公表され、そして本書が発売された直後の2017年3月31日に公示されました(高校の新要領は除く)。新要領は小学校では2020年度から施行されます。本書には、新要領を視野に入れたとみられる記述はありません。

この時期の出版となったのはおそらく、緘黙の児童生徒への合理的配慮についてまだ手探りの段階にある教育現場(私の勝手な想像です、間違ってたらすみません)に対して、一つの指針を示す狙いがあったのではないかと推測します。新要領については、気にしていないのかもしれません。

何年後か後に、緘黙の児童生徒への合理的配慮や、新要領のもとでの緘黙への対応についてノウハウが蓄積されたときにもし本書の改訂版が出れば、また読んでみたいところです。