『場面緘黙支援の最前線』について

2017年07月12日(水曜日)

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翻訳書『場面緘黙支援の最前線』(新しいウィンドウで開く)が、先日出版されました。場面緘黙症をめぐる海外動向の一端が世に出たことは、これまで緘黙の海外文献や海外ニュースを追ってきた身として、歓迎したいです。

ページ数は280ページを超えており、これまで我が国でメジャー流通に乗った緘黙の和書としては、私が知る限り最多のページ数です。これまでの緘黙の和書の多くが200ページ未満だったことを思い返すと、その分量の多さは、頭一つ抜けています。また、単にページ数が多いだけでなく、専門的で密度も濃いです。

※ メジャー流通しなかった本では、359ページからなる山本実(1989)『「学校かん黙」事典-その実像と脱出への相剋-』岩手大学教育学部山本実研究室という本があります。なんでも、タウンページ並みの厚さだとか。

今回の翻訳書については、書きたいことが色々あります。私は専門家ではなく、まとまりのない文章の羅列のような形になりますが、お付き合いいただければ幸いです。

本の基本情報


まずは、本の基本情報を確認しましょう。

○ 編者:ベニータ・レイ・スミス、アリス・スルーキン
○ 序文:ジーン・グロス
○ 訳:かんもくネット
○ 出版年月日:2017年7月1日
○ 書名:『場面緘黙支援の最前線-家族と支援者の連携をめざして-』
○ 出版社:学苑社

分担執筆の本で、巻末に挙げられた執筆者の数は22名に上ります(序文のジーン・グロス氏除く)。また、翻訳者も12名います。

原書の題名は Tackling selective mutism: A guide for professionals and parents新しいウィンドウで開く)でした。『場面緘黙症への取り組み:専門家と親のための手引』といったところでしょうか。邦訳書の題名は、元のものとは全く違っています。「最前線」という言葉を邦訳書の題名に持ってくるとは、大きく出たものです。


「最新の海外の本」というより「最近の英国の本」


オンライン書店の情報だけを見ると、本書は「最新の海外の本」という印象を受けそうです。ですが、実際手にとって見るとある程度分かるのですが、むしろ「最近のイギリスの本」という見方の方が適当だろうと思います。

原書は3年近く前の本


まず、原書は数年前に出た本です。具体的に言うと、2014年9月21日に Kindle 版が発売されています。同年10月21日にはペーパーバック版が発売されたそうです(私はKindle 版を読んだので、ペーパーバック版は知りません)。つまり、3年近く前の本です。これからのお話にも少し出てきますが、この間、状況は少し変わっています。


あくまで英国の本、米国での支援については守備範囲外


それから、本書の執筆陣は、イギリスの緘黙支援では著名な方が揃った豪華なものです。ですが、それだけイギリス色が濃いものとなっています。

例えば、アメリカもイギリスに劣らず緘黙支援が盛んですが、もしアメリカでこのような本が出版されるとしたら、かなり違った内容になるはずです。確かにアメリカでも、イギリスと同様、緘黙は不安症と見られていますし、治療については行動療法を軸に考えられるなど、基本線は同じです。本書で引用されている文献の中には、アメリカの文献で引用されているものもあります。ですが、やはり違いがあります。

もしアメリカで本書と同様の本が出版されるとしたら、章の構成からして違うはずです。本書は、イギリスにおける緘黙の関心事や、執筆者(多くはイギリスの専門家)の研究分野を反映した章立てです。また、本書のキーワードである「SMIRA」「言語聴覚士」『場面緘黙リソースマニュアル』「スライドイン」「COGS」などは、イギリスの緘黙支援用語のようなもので、アメリカで同様の本が出版されるとしたら、全くあるいはほとんど出てくることはないでしょう。

アメリカなら、集中プログラムやS-CAT、統合的行動アプローチなどが重要ですが、これらは本書の守備範囲外で、全く書かれてありません。

もっとも、第12章「他言語圏における場面緘黙支援の現状」では、ベルギーやドイツなどの状況が軽くではありますが触れられており、若干の国際色はあります。

英国の緘黙の本の中での、本書の位置づけ


イギリスには緘黙の本が多数出版されていて、それぞれ差別化がなされています。他のイギリスの本と本書を比べると、本書の性格がはっきりします。

他のイギリスの数ある緘黙の本のうち、主なものに絞って見ていくことにしましょう。

The selective mutism resource manual


イギリスの緘黙の本と言えば、真っ先に取り上げなければならないのがこの本です。治療やアセスメントのためのマニュアル本で、初版はイギリスにおける緘黙治療のバイブルと呼ばれたそうです(第2版の評判は知りません、2016年に出たばかりですし)。治療やアセスメントについては今回の『場面緘黙支援の最前線』にも記述がありますが、専門性や実践性では、この本に譲ります。

この本は、今回の邦訳書では『場面緘黙リソースマニュアル』として繰り返し登場します。2001年出版という情報まで繰り返し出てくるのですが、お話したように、2016年にやや大きめの変更が加えられた第2版が出版されています。

↓ この本を読んだ感想です。
◇ 英国の緘黙支援マニュアル第2版を読みました (新しいウィンドウで開く


Can I tell you about selective mutism?


緘黙理解のための絵本です。子どもたちに緘黙を理解してもらうのに役立ちます。また、教師や親向けの解説も載っています。日本の『なっちゃんの声』(新しいウィンドウで開く)と似た位置づけですが、このイギリスの絵本は対象年齢がもう少し上です。

今回の『場面緘黙支援の最前線』は、このイギリスの絵本の「手引書」(companion volume)として執筆されたと書かれてあります(9ページ)。ただ、手引書と言うにしては、この2冊の本の内容には落差がありすぎます。同じ Jessica Kingsley Publishers という出版社の本だから、この記述が入ったのだろうかとも思います。

↓ この本を読んだ感想です。
◇ 子どもも読める緘黙の啓発書(英) (新しいウィンドウで開く


Selective mutism in our own words


緘黙の経験者を中心に、家族、治療専門家、教師など、緘黙に関わる様々な人の経験談をまとめた本です。私が数えたところ、50人ぐらいの人の話が載っています。

経験者らの話は、今回の『場面緘黙支援の最前線』でも第3章や第17章などで書かれてありますが、これはその経験談に特化した本と言うこともできそうです。

なお、この本については、今回の『場面緘黙支援の最前線』では全く触れられていません。『場面緘黙支援の最前線』の原書は2014年発売、一方この経験談は2015年発売で、触れられないのも無理はありません。

↓ この本を読んだ感想です。
◇ 緘黙経験者など約50人の声を集めた本(英) (新しいウィンドウで開く


『場面緘黙支援の最前線』は、緘黙を総括的、多角的に解説した本


このように、それぞれの本は何らかの分野に特化しています。ですが、『場面緘黙支援の最前線』は何かに特化したというわけではなく、とにかく色々なことが書かれてあります。緘黙を総括的、多角的に解説した本と言えるのではないかと思います。バランス型の本とも言えそうですが、半面、他のイギリスの緘黙の本と比べると中途半端に感じます。

バランスがいい本なので、日本にお住まいの方が、1冊でイギリスの緘黙支援の概要をつかむには向いていそうです。日本の緘黙の本のラインナップはイギリスとは違うので、この本の位置づけもイギリスとは変わってくるのではないでしょうか。


その他


その他、細かいことについてお話します。

SMIRA ホームページ閉鎖か


本書には、イギリスの緘黙支援団体 SMIRA の名前が繰り返し登場し、そのホームページのアドレスも記載されています。「場面緘黙への関心が世界的に高まることを願って、世界中からのアクセスを歓迎しています」(65ページ)ともあります。

ところが、このホームページには以前からアクセスできません。1年ほど前からか、半年ほど前からか正確には覚えていないのですが、アクセスできない状態がちょっと長く続いています。おそらく閉鎖されたのでしょう。

◇ SMIRA ホームページ跡地 (新しいウィンドウで開く

現在は、Facebook で非公開で交流を行なっているのではないかと思います。Facebook にはまた、SMIRA の公開ページがあり、Twitter にも SMIRA のアカウントがあるのですが、更新の動きは鈍いです。


「スライドイン」は「スライディング・イン」と同じ


本書で繰り返し出てくる「スライドン」は、『場面緘黙Q&A』(新しいウィンドウで開く)で紹介されている「スライディング・イン」と同じです。これは訳語の問題です。英語では普通 sliding-in と呼ばれています。

場面緘黙症Journal は、これまで『場面緘黙Q&A』にならって「スライディング・イン」で通してきました。それが今回のことで、今後どうしようかと頭を抱えているところです。この言葉を知ってもらおうと「スライディング・イヌ」(新しいウィンドウで開く)というキャラクターまで「緘黙RPG」で作ったのに、戸惑うばかりです。


音楽療法の専門家、今春 BBC の動画に出演


第13章で緘黙児への音楽療法について論じている Kate John 氏は今年3月末、BBC のショート動画に出演しました。緘黙児への音楽療法について語っており、変わらず実践を続けておられるようです。音楽療法の様子も、少しだけ見ることができます。

↓ BBC ホームページへのリンクです。動画が自動再生されるかもしれないので、音量にご注意。動画広告から始まる場合もあります。2017年3月30日公開動画。
◇ Why this girl didn't speak at school until she was seven (新しいウィンドウで開く


成人期の緘黙調査、全文公開されています


第16章「成人期における場面緘黙」では、Carl Sutton 氏による調査の概要が載っています。末尾には「この調査についてさらに興味をお持ちの方は(中略)にご連絡ください」とメールアドレスが記載されています(225ページ)。

実はこの調査、全文がインターネット上で一般公開されています(この本には書かれてありません)。全文公開されたのはおそらく比較的最近、本書の原書が出版された後ではないかと思います。全文に目を通すことなく著者にメールをお送りするとご迷惑でしょうから、まずは全文をお読みになることをおすすめします。

↓ iSpeak ホームページへのリンクです。「Download PS7112_Dissertation (PDF) (2.2MB)」というリンクから全文読めます。
◇ SELECTIVE MUTISM RESEARCH FINDINGS (新しいウィンドウで開く


本そのものの感想


最後に、本そのものの感想については、3年前に原書の感想でお話した通りです。総括的、多角的な内容で、日本の読者にとっても学べるところは多いだろうと思います。

◇ 英国から新たに出た、緘黙の本 (新しいウィンドウで開く

一つ付け加えると、原書の副題にもあるように、本書はもともと専門家や親向けに書かれた本です。ですが、当事者にとっても大事なことが書かれた箇所が一部にあります。例えば、第17章には当事者に向けたメッセージが書かれてあります。また、第10章の「アンの事例」は保護者向けの内容ですが、当事者にとっても緘黙に対する心構えを学ぶことができる箇所ではないかと思います。

やや難しめな内容の上、4,000円近くもするので、子どもはまず読めないでしょうが、年齢が上の当事者や経験者が、緘黙に対する客観的な理解を得るのに読んでも、もちろん構いません。