緘黙だったという方が著した、プレゼンテーションの本

2017年07月18日(火曜日)

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※ 上の画像は、記事とは無関係です。念のため。

「場面緘黙」「対人恐怖症」「自閉症」だったという方が、プレゼンテーションの本を著していたという情報をつかみました(自閉症については、「自閉症気味」「自閉症的性格」とも)。緘黙経験についても少し書かれてあるそうです。

しかも、著者は当時、あの広告代理店「博報堂」で営業の責任的立場にあったとのことです。興味をひかれ、読んでみました。

本の基本情報


○ 著者:田村尚
○ 出版年月日:1987年
○ 書名:プレゼンテーションの技術-言葉だけでは人を動かせない-
○ 出版社:TBSブリタニカ

30年前の本ですが、Kindle 版が出ており、現在でも電子書籍というかたちで販売が行われています。

著者は昭和12年(1937年)生まれ。比較的最近のプロフィールと思われるものが、「東京スピーカーズクラブ」ウェブサイトに掲載されています。これによると、著者は博報堂の取締役にまでなられたそうです(現在は退職されているものとみられます)。

↓ 「東京スピーカーズクラブ」ウェブサイト内、田村尚氏のプロフィールページ。
◇ 講師プロフィール (新しいウィンドウで開く


本の概要


本の内容は「プレゼン心(ごころ)」という、プレゼンテーションの根底にある心について論じたものです。著者が博報堂で勤務した経験や、様々な人に会った経験などを通じて語られています。

第4章では、著者の少年期から博報堂に入社して間もない頃までのことが書かれてあります。この中で、「場面緘黙」「対人恐怖症」「自閉症」といった言葉が何度か出てきます。

ただ、話すことができない人に、プレゼンテーションの仕方を指南する内容ではありません。副題の「言葉だけでは人を動かせない」にしても、言葉は問題ではないという意味ではなく、言葉以外にも重要な点があるというもっと高度な意味です。

著者は以前にも『広告人』という本を著して、多くの反響を得ていたそうです。

感想


著者の緘黙について


「場面緘黙」「対人恐怖症」「自閉症」という言葉が本書に出てくるものの、著者の緘黙については、この本だけでは分からないところがあると感じました(そもそも緘黙をテーマとした本ではありませんので)。対人恐怖症、自閉症についても同様です。自閉症については、自分の殻に閉じこもる障害と誤解されてきた歴史があるのですが、このあたりについても分かりません。

どちらにしろ、著者は子どもの頃から少なく見積もっても「人見知り」が相当激しかったようです。幼稚園には行けず、小学校の卒業式で答辞を読む役割が回ってきた時は入念に事前練習したのに読めないと断り、高校は「対人恐怖症」のあまり長期にわたって欠席し……。そんな著者を「"プレゼン心"が救ってくれた、そんな気がしてならない」と、著者は述懐しています(195ページ)。


時代背景について


お話したように、著者は昭和12年(1937年)のお生まれです。小学生の時に徳島に疎開し、高校時代までそこで過ごされたようです。緘黙の歴史は決して浅いものではありませんが、さすがにこの年代の方で地方で長く過ごされたとなると、緘黙については診断を受けたというよりはむしろ、後年何かのきっかけで知ることになった可能性の方が高そうに思います。

また、当時の緘黙の概念は、今日のそれとは多少異なるのではないかと思います。緘黙というと DSM-5の診断基準がよく引き合いに出されますが、昔はそのようなことはありませんでした。現在の DSM-5 の緘黙の診断基準が固まったのは、DSM-IV が発表された1994年以降のことです。

また、自閉症の概念は今日拡大されており、これが緘黙の理解に影響を与えています。なお、緘黙と自閉症スペクトラム症を併せ持つ場合、診断上は「選択性緘黙」とはされません。ですが、それとは別に、両者を併せ持っていても一般に「場面緘黙だ」と言う場合はあります。

なお、本書では「場面緘黙」は次のように説明されています(167ページ)。

普通はなんでもないのだが、特定の場面になると、とたんにしゃべれなくなる一種の情動障害

ポール・ニューマンの「スカイライン」CM出演交渉に関わる


本書は、アメリカの大物俳優であるポール・ニューマンのCM出演交渉の経験から始まり、最初から引き込まれます。昭和56年(1981年)、日産自動車の主力車「スカイライン」の広告キャラクターにポール・ニューマンを起用する案でまとまり、著者らが出演交渉を行なった時のエピソードです。もちろん、ポール・ニューマン本人とも会い、通訳を介して話をしています。

交渉は成功し、この世代のスカイラインは通称「ニューマン・スカイライン」と呼ばれたそうです。この交渉に、緘黙だったかもしれなかった方が関わっていたとは、驚きです。さすがは博報堂。著者はその後も同社に長く勤務したことから、このような大型案件に関わった経験が他にもありそうです。

↓ 日産自動車ウェブサイト内、「ニューマン・スカイライン」のページ。
◇ 日産:スカイライン 歴代12代の軌跡 (新しいウィンドウで開く


私たちにやさしいことは書かれていない


緘黙を経験したという方の本ですが、「話さない人がいてもいい」「みんな違ってみんないい」といった、緘黙やその後遺症がある人にやさしいことは書かれてありません。

世の中の情報化が進めば進むほど、自ら情報を発信しないものは、社会的に意味を持たなくなりつつある。(1ページ)

ジョガーが『アメリカは提案型社会だから、自分をプレゼンテーションしていかないと生き残れない』と話していた。やがては、日本もそうなるであろう。いや、もうそうなっているのかも知れない。(22ページ)

人間も猫も、「しゃべらない」「自己主張しない」(自分をプレゼンテーションできない)者がいじめられるようだ。(145ページ、いじめを肯定しているわけではありません)

また、「人前でしゃべれない若者は……」という箇所では、就職を前にした喋ることが苦手な若者に「それじゃ、面接試験には絶対に通らないよ」と通告して模擬面接を持ちかけた話が紹介されています(155ページ)。

「一億総プレゼンターの時代」は、緘黙やその後遺症がある人には、厳しそうな時代です。

ただ、現代は本書が出版された30年前とは違いもあります。現代はインターネットの時代です。緘黙やその後遺症がある方が、Twitter で緘黙の啓発イラストを投稿したり、YouTube で自らが出演する(顔は見せない)動画を投稿したりしています。緘黙や後遺症がある方も、インターネットを通じてプレゼンターになり得るのです。


緘黙とプレゼンテーション


広い意味でのプレゼンテーションは、緘黙についても重要そうだと、本書を読んで考えさせられました。

緘黙が長い間社会で注目されてこなかったのも、緘黙の当事者や経験者らが自分たちを十分にプレゼンテーションできなかったことが一因ではないでしょうか。インターネットの時代になり、当事者や経験者らが情報を発信できるようになって、ようやく少しずつではありますが認知が進みつつある感があります。

緘黙児の保護者が、教師に緘黙への理解を訴えるのも、広い意味ではプレゼンテーションでしょう。逆に教師が保護者に理解を訴えるのも、また、緘黙児が親に理解を訴えるのも、そうだろうと思います。

緘黙の当事者など、緘黙に関係する人に対するプレゼンテーションも重要です。緘黙の本を出版したり、催しを企画したりしても、緘黙に関係する人たちにきちんとその情報を提供できないと、本は売れないでしょうし、催しにも参加者が集まらないでしょう。緘黙のブログにしても、然りです。