大分で緘黙児が餓死、母親に懲役5年実刑判決(89~90年)

2017年07月19日(水曜日)

アイキャッチ画像。

緘黙児が餓死


中学一年生の場面緘黙児が自宅で餓死。母子家庭で、母親は愛人宅で半月の間外泊していた--

大分の事件です。1989年(平成元年)12月下旬、子どもの餓死に母親が気付きました。翌年、大分地裁で母親に懲役5年の実刑判決が出たそうです。

この情報は、「Google ブックス」で緘黙について調べていたところ見つけました。井美和子氏が著した 『風のおとしもの』(2009年、花書院)という本の冒頭に、「時事」としてこの事件について書かれてあります。『熊日新聞』(熊本日日新聞)に依拠した情報です。

↓ Google ブックスへのリンク。本の内容のプレビューです。
◇ 井美和子『風のおとしもの』 (新しいウィンドウで開く

私はこの情報の裏を取ろうと『熊本日日新聞』の1990年の記事を調べようとしたのですが、できませんでした。記事が見つからなかったのではなくて、調べることそのものができませんでした。ですが、大分県議会の会議録では、1990年に、これと符合する内容の発言が2件見つかりました。事実と見てほぼ間違いないでしょう。

ことしになって二つの痛ましい人間の最期を各新聞は報じました。その一つは、十三歳の少年がガスも電気もとめられた部屋で昨年末に餓死、この子にはパートで働く母がいた。

(大分県議会平成2年第1会定例会3月14日第6号より、美口光男議員の発言)

目まぐるしい情報化の流れの中で、マスコミを通して、昨年県内で起こった中学生の餓死事件を初め、教育現場での悲惨な出来事が次々と報道されています。

(大分県議会平成2年第4会定例会12月11日第2号より、釘宮磐議員の発言)


詳細が分からないので憶測になるが……


この事件の詳細を調べることは、私にはできませんでした。

緘黙で助けを求められず、餓死した可能性は


ですので、憶測になってしまうのですが、この少年の餓死にはやはり緘黙が関係していたのだろうかと考えてしまいます。普通、中学一年生ともなれば、自宅に長期間自分一人しかいなくても、餓死する前に何とかするはずです。ですが、緘黙や社交不安といったものがあると、家の外の人に助けを求めることもできずに餓死にまで至ってしまうこともあるのかもしれません。

あるいは、この少年には他にも何か障害があったのかもしれません。緘黙児は、何らかの障害を併せ持っている場合があります。知的障害を併せ持っていることだってあります。


「被告(母親)は障害児の息子をもちながら周囲の協力も得られず……」


裁判での弁護側の主張によると、少年の養育について、別れた夫や中学校の担任教諭が非協力的だったそうです。「被告は障害児の息子をもちながら周囲の協力も得られず、苦労を一身に背負って孤独にさいなまれていた」とも主張されています。緘黙児の支援について周囲が非協力的だというのであれば、現代でもありそうな話ですが、だからといって愛人に走り、緘黙児を餓死に追い込む親は普通いません。

ですが、もし周囲がもう少し協力的だったなら、あるいは当時親の会があったなら、どうだったろうと思います。緘黙児の保護者が置かれる厳しい状況について考えさせられます。それにしても、生徒が長期欠席していたというのに、学校は何をしていたのでしょう。

このような事件、二度と起きて欲しくないです。

※ 7月20日、若干の記事の編集をしました。