福田隆浩『香菜とななつの秘密』

2017年09月30日(土曜日)


場面緘黙症の傾向があったとも思われる少女が主人公の児童書が、2017年4月に出版されました。緘黙を主題とした本ではないのですが、話題の本なのでご紹介したいと思います。

本の基本情報


書名:『香菜とななつの秘密』
著者:福田隆浩
出版年月:2017年4月
出版社:講談社


著者は、兵庫教育大学大学院を修了し、長崎県の特別支援学校に勤務されています。これまでも『ふたり』など多数の著書を発表されています。本書は、その著者の最新作です。


内容


主人公は佐々野香菜という、引っ込み思案で人と話すのが苦手な小学5年生です。ですが、聞き上手で観察眼も優れており、それを生かして、学校のちょっとした謎を友達と一緒に解いてゆきます。学校の日常をテーマにした、ミステリーものと言うことができるかもしれません。

香菜の引っ込み思案は保育園の頃からで、かつては家族以外の人の前に出ると声を出すことさえできないときもありました。 色んなセラピーを受けたり、ことばの教室に通ったりした経験があります。

緘黙や引っ込み思案を主題とした物語ではありませんが、そうした子に対する作者のメッセージのような箇所もあります。


感想


主人公の観察や思考がよく描かれている


物語を読んで、香菜の観察や思考がよく描かれていると感じました。

静かな子は、一見何も考えていないように見えるかもしれませんが、そのようなことはありません。香菜の場合、うまく話せない分、よく周りを観察していますし、よく考えているのでしょう。また、もともと賢い子なのかもしれません。

緘黙を連想させることが書かれている


作中に「緘黙」の文字はないものの、香菜はかつて家族以外の人の前では声も出せないときもあったとか、セラピーを受けたり、ことばの教室に通ったりしたとか、緘黙を連想させることが書かれてあります。

ただ、緘黙は、特定場面では長期間継続して声が出ない状態を言います。解釈にもよるのですが、家族以外の人の前では声も出せない「ときもあった」という作中の表現は微妙です。緘黙とまではいかなくても、緘黙傾向がある子だったのかもしれないと思います。小学5年生の現在は少し話せるようになったものの、完全克服にまでは至っていない状態なのでしょう。

祖母もかつて香菜のように話せなかったというくだりは、緘黙と遺伝の可能性を思い起こします。作者はよく研究していることが窺われます。


緘黙傾向?の長期的経過には楽観的だが……


周囲の大人が香菜の緘黙傾向?に対して楽観的な見通しを話すのは、もしかしたら、自己成就予言のような意味合いでそう言っているという解釈もできるかもしれません。「緘黙は治らないよ。一生つきあうものだよ」と言われるよりは、「そのうちどんどん話せるようになるからね」と言われた方が、将来話せる可能性は上がるような気もします(根拠はありませんが)。

香菜のことはさておき、緘黙一般について言えば、緘黙の長期的経過は楽観できない場合もあるというのが私の見方です。確かに、そのうち話せるようになる日が来るかもしれませんが、その「そのうち」が数年後か、10年以上先かでは、話がだいぶ変わってきます。また、話せなかった期間が長期化すると、何らかの二次障害が発現したり、コミュニケーションをとる機会を逸し続けたことにより、対人交流への苦手意識が残る場合もあります。

ただ、本は全体的に、緘黙傾向?が残る人や話すことが苦手な人を温かく励ましているような印象も受けました。緘黙傾向?に対する楽観的な見通しだけでなく、人と話すのが苦手だけれども、聞き上手で観察眼に優れるという長所が香菜にあるところからも、そう感じました。