場面緘黙児・富氏の友達M君 

連続ブログ小説・私の緘黙ストーリーです。前回の話は「こちら」。緘黙ストーリーの目次をご覧になりたい方は「こちら」

前回お話した通り、転校先の学校では、クラスの雰囲気に飲まれたような感じで、緘黙してしまい、思うように振舞えませんでした。おまけにいじめに遭って、さんざんでした。

今回は学校での出来事だけでなく、家庭でのことも書いています。

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■ 留守番が多く

親戚の家でお世話になっていた私でしたが、学校から帰っても留守番をすることが多かったです。親戚の多くは昼間は仕事に出ていましたし、母は病院で父に付き添っていましたから、学校から帰っても家には誰もいないことが多かったのです。

■ 家では伸び伸びと

家では学校とは違って伸び伸びと振舞っていました。親戚の家だから、もっと遠慮するべきだったと今にして思うほどです。

留守番中にしていたことと言えば、マンガを読んだり、勉強したり、テレビゲームをしたり、といったところでしょうか。前の家にいたときは習字と水泳に通っていたのですが、引越しに伴い習い事もなくなりました。テレビはあまり見ませんでした。「レディス4」「アリエスの乙女たち」といった、小4男子が興味を持つには難しい番組しか放送されていなかったので。

それから、メンコ(面子)の練習もしていました。学校では何故か昔ながらの古い遊びであるメンコが大流行していて、クラブ活動の中に「メンコクラブ」まであるほどでした。私はこのクラブに所属していたこともあり家で一人で練習していたのですが、学校では私の相手をしてくれる子どもは、ほとんどいませんでした。

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■ 外出も

もちろん、帰宅後は外出をすることも多かったです。引越し先の地理に興味があり、あちこち探検していました。お隣のお隣に住んでいた、昔からの顔なじみのO家の息子さん(2つ年下)とも少しだけ遊んだ記憶がありますが、O家のお子さんたちとは普通に話をすることができました。

晩ご飯の準備の時間になると、親戚の人が帰ってきました。親戚との関係は良好で、特に不自由を感じることはありませんでした。家では安心して会話をすることができました。

■ 父の見舞い

引越し後間もない頃は、父の見舞いにも頻繁に通っていました。親戚の車に載せてもらい、病院に行きました。病院では緘黙することはなかったと思います。

父は入院はしていたものの元気そうで、「病気を治して、また会社に戻るからな。心配しなくていいぞ」などと話していたと思います。付き添っていた母は父の体調を気遣っていたのですが、見たところ、それほど深刻な様子でもありませんでした。

お見舞いが終わった後、病院の食堂でラーメンを食べるのが私の楽しみでした。地元では一番優れた病院だと聞いていたので、父のことは心配はしていませんでした。私に悲愴感はありませんでした。

■ 友達M君

家庭では特に不満はなかった私ですが、学校ではいじめられるし、緘黙してしまうし、大変でした。この頃の私は、緘黙よりも、いじめに悩んでいました。自分が学校で話せなくなってしまうのは、クラスにいじめっ子がいるからだと考えていました。

クラス中の子どもたちからいじめを受けていたのですが、たった1人だけ、私を助けてくれる子がいました。それはM君という、大工の家の子でした。私がいじめられる中、「富氏をいじめるのは、やめろよ!」と強い口調で止めてくれた時のことを、今でもはっきり覚えています。

私もM君には気を許していたようで、「富氏君は普段は喋らないけど、M君にだけは喋ってる」と女子に陰口を言われた記憶もあります。もっとも、相手がM君であっても、どうしても緊張してしまって、私は思うように話をすることができませんでした。

M君の家には、何度か遊びに行ったこともあります。当時、担任のN先生に提出していた日記にもM君に関する記述をいくつか見つけることができます。

5月31日 歩く

今日M君によばれて家へいきました。自転車はダメだから歩いて行きました。わりと近いです。だけど少し時間がかかるので走っていきました。交さ点の所にきました。青になってまたいきました。それから着きました。

M君と遊んだ内容を書けばいいのに、M君の家に着くまでの過程に力を入れて書いているところが、なんとも言えません。「M君によばれて」遊びに行ったといったところが、緘黙で受身な性格だった私らしいです。

この日記に対するN先生のコメントが、大変ショッキングなものでした。

Mくんは一学期いっぱいで転校するそうです。さびしいですね。

何ということでしょう。転校先でできた唯一人の友達が、私をいじめから助けてくれる唯一のクラスメイトが、いきなり転校するとは。

M君やそのお母さんに話を聞くと、転校先はお隣のβ小学校とのこと。「中学生になったら会えるよ、同じ中学の校区内だから」と言われましたが、そんな先のことを言われても仕方がありません。私としては、M君にいま去られては困るのです。

結局M君は転校し、2学期からは孤独な学校生活が始まりました。私に対するいじめは歯止めがきかなくなっていきました。

(つづく)

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◆ 場面緘黙児・富氏といじめ



コメント

アリエスの乙女たち?

ア、アリエスの乙女たち?でひっかかってしまいました。
TVで放送されてたんですか?アニメ?漫画は全巻読んでたのでちょっと気になって、、、(漫画おたくです)
さて、ちゃんとコメントしなければいけませんね(笑)
もし、富氏さんが今そのM君とバッタリ会ったりしたら、どうしますか?またはM君にどういった態度をとってほしいですか?
私が昔緘黙だったお友達に会ったらどうしたらいいんだろう、、、と思って参考までに。答えたくなかったら無理にはいいですよ。
ごめんなさい。こんなこと聞いて。。。

いじめっ子

家ではのびのび気楽にできた話は、ほっとしました。
探検やメンコいいですよね。

いじめっ子って、主要な奴はどんなやつでした?
顔とか名前、今でも憶えておられます?
だいたいボスに、取り巻きがいて、傍観者観衆がいるでしょう?
小学校中学年って、クラスに権力ピラミッドができますもんね。
先生はどんな対応してらしたんでしょう。(クラスに)
それにしてもせっかくのM君が引っ越しとは・・・なんとも不運です。
いてくれるだけで全然違うのに!!

不運ですね

緘黙だった人って親子関係悪かったり
家でもあまり幸せでなかった人多いみたいですけど
富氏さんは違うんですね。
そういう僕も学校では不幸でしたけど
家ではそれなりに幸せでした。
それにしてもせっかく助けてくれたM君が転校とは不運ですね。

里中満智子原作「アリエスの乙女たち」

ははさん、コメントありがとうございます。

「アリエスの乙女たち」は、このサイトをご覧のお母様方ならご存知の方もいらっしゃるかもしれないと思い、敢えて名前を出しました。(^-^)

1987年に南野陽子主演でテレビドラマ化(実写)されたのですが、私の地元で放送されたのはそれより少し後で、放送時間帯も夕方4時代でした。私には他に見る番組がなかったので、ときどき見ていたものですが、愛だの何だの、小4男子の私には理解が極めて難しいストーリーだったと思います。(>_<) 内容も覚えていません…。ただ、柏原芳恵の「アリエス〜♪」という主題歌と、ナレーションのおばさんのシリアスで怖い声だけが非常に強く印象に残っています。

最近日本人の間でも大流行しているYouTubeというアメリカの動画サイトで、「アリエスの乙女たち」のオープニング動画を見つけたのですが、こんなのアップして違法でなかったらいいのですが…

それはさておき…

>もし、富氏さんが今そのM君とバッタリ会ったりしたら、どうしますか?またはM君にどういった態度をとってほしいですか?

今、自分がこういう身分なので、会っても避けてしまうと思います。M君にも、私には構わないでほしいです。

しかし、もし自分がちゃんとした社会人だとしたら、戸惑いながらも普通に話して接すると思います。「自分は、今、話ができるようになったんだ!」ということも、話をすることでさりげなく自慢したいような気持ちもあります。ただ、実際にM君に出会ってみると、当時のことがよみがえり、緘黙してしまうかもしれません。M君には、特にどういう態度をとってほしいとは思いません。

ちなみにこのM君ですが、このおよそ2年半後、中学1年で再び同じクラスになります。

けいこさん、いつもコメントありがとうございます。

いじめっ子については、次回に書く予定です。

ですが、今からお話しておきますと、ボスとかそういうのは関係なくて、とにかくクラス中(7〜8割ぐらいかな?)の子どもたちから、よってたかっていじめられたんです。

その中でも、2人、私を特にしつこくネチネチいじめる子がいました。1人はO君という男の子で、この子には最もいやな目に遭わされました。彼は人をいじめるのに慣れた、根っからのいじめっ子といった感じの子でした。もう1人は女の子で、名前は覚えていません。

先生は…私のいじめのことは放っていました。私が泣きつくと、以前お話したとおり、叱りました。

M君のことは不運でした。しかし、多くのクラスメイトが私をいじめる中で彼1人、とても勇気のある子だったと思います。

俊太さん、いつもコメントありがとうございます。

私は家庭では父の病気のことを除いては特に問題はなく、一方学校ではいじめなどひどい目に遭って萎縮していたので、自分が話せないのは学校の環境のせいだと思っていました。家の外でも、隣の隣のO家の息子さんとは普通にお話ができたので、これはますます学校のせいだろうと考えていたものです。

M君のことは不運でしたが、短い間だけでも助けてくれる人がいたことは、まだよかったかもしれないと思っています。しかし、今思い出しても、M君は大変勇気のある子だったと思います。なかなか彼の行動は真似できません。

早速見てしまった

>「アリエスの乙女たち」は、このサイトをご覧のお母様方ならご存知の方もいらっしゃるかもしれないと思い、敢えて名前を出しました。(^-^)
  
すごい!読者のことまで意識して、記事を書いてるとは!(^^)
朝っぱらからYouTobeで見てしまいました。なんと、全然知らない、、、。考えてみれば、この頃の3年間私はテレビのない生活をしていました。
このYouTobeって不思議ですね。。。一体何??
こんなのまであるなんて、これから色々検索して見てしまいそう、、、。はまりそうです(笑)
M君の件は答えていただいてありがとうございます。
私の場合、その緘黙のお友達は産後見舞いにわざわざ身重の体でそして8カ月ぐらいの赤ちゃんを連れて、バスを乗り継いで会いに来てくれたんですね(前にもコメントに書きましたが)私は産後はつらくて布団に横になっていました。私の母と少し会話してました。このゆっくりとした話し方、声の感じ変わってないなあ、、と懐かしく思いながら目を閉じて聞いていました。薄目をあけると、彼女はニコニコしていました。
これから、また会うことあるのかな?また会うことがあるとしたら、彼女の表情をまず見て、大丈夫そうだったら、私はただ久しぶりネーと話して、緘黙のことにはふれない方がいいんですね。きっと。

YouTube

YouTube はアメリカのサイトですが、日本人の間でもここ数ヶ月ほどの間に急速に広まっているようです。サイトの運営は広告収入で賄われていて、動画の投稿は誰にでもできます。企業が販売促進のために YouTube に動画を投稿することもあるようです。

ははさんのそのお話、確か以前、団地のお向かいに住んでいらした方…だったかな?緘黙のことは…どうでしょうね。やはり話さない方が無難だとは思います。

ただ、私が緘黙だった頃の友達や知人に会ったら、「あの頃は話せなかったけれども、今はこの通り」などと、自分から切り出すかもしれません。それにしても、自分が緘黙だった頃を知る人と話をするというのは、勇気がいりそうです。

>企業が販売促進のために YouTube に動画を投稿することもあるようです。

販売促進と言うか…プロモーション活動など企業が利用することもあるということです。失礼しました。

>ははさんのそのお話、確か以前、団地のお向かいに住んでいらした方…

いえ、団地のお向かいさんは小5の男の子です。実はその男の子を3年後に別の転勤先の団地で見かけました。(世の中狭いですね。)昼間のみんな学校へ行っている時間帯にその男の子とおかあさんが歩いているのを団地の目の前の道路で見ましたが、声はかけなかったです。時間帯が時間帯なのでわけあり?という感じがしたので。

緘黙の友達というのは、私が小学生の頃の友達に緘黙の子がいたんですよ。小学校3.4年の時同じクラスでその子は私にだけ話をしてくれたんですね。毎日そのお友達の家まで迎えに行ったものです。当時私はそのお友達が学校で話せないことをそんなに不思議に思ったこともなく、どうして?と聞くこともなかったです。みんなからいじめられてたという記憶もありません。でも今思えば、私がいないところでもしかしたらいじめがあってたかもしれませんね。
でもその子とは小5の時にクラスが離れました。そして、、、続きは前にコメントした通り、、、って覚えてませんよね??いや、覚えてます??
と、ちょっと、じらしてみます、、、(^^)

YouTobe なるほど、富氏さん、何でも知っておられるなあ、って知らないのは(自分から調べないのは)私だけ?
早速娘に知ったかぶりをしますね。
ありがとうございました。

ごっちゃにしていたみたい…

ははさん、失礼しました。どうも、ごっちゃにして覚えていたようですね…。反省。小5の時にクラスが離れたお友達とは、後に背中が曲がった子でしたっけ?お返事が遅れたのは、ははさんの過去のコメントを全部見返して思い出していたから!…ではありません。

YouTube や mixi(ミクシィ)というのが、最近ネットで流行っているようですね。

>ははさんの過去のコメントを全部見返して思い出していたから!…ではありません。
 富氏さん、、おもろいお人やわ〜。(わざとらしい?)
以前書き込みに方言がうっかり出てしまったので、ごまかしに使いました。

さて本当は、じらしたのではなく、続きが書けなかったからです。。。。
実は小5でクラスが離れた後、、、よく覚えてないんです。
クラス替えで活発なお友達がたくさん出来て、私、はじけちゃったんですね。背も一人とても高かったので、親分と言われてました。(いじめっこではありませんよ)
クラスが変わったから、その緘黙のお友達と自然と離れたのもあるけど、そんな私に彼女も近づきにくかったのかもしれません。本当によく覚えてないんですね。
そして、中学になり一度もクラスが同じになることもなく、ある日、久しぶりに見た彼女は異常に背中が曲がっていました。ある人は「背骨がおかしいんじゃない?」と言ってましたが、私はその姿を見て胸がチクンとしました。
ずーーーっと前を向いて歩けなかったんだ、と思いました。
場面緘黙症を知ってから、ずーーっと彼女のことが頭の中に住みついています。息子と彼女が重なるんです。
今彼女に会ったら、本当は謝りたい、、、。
離れてしまってごめんね、と。今の私があの頃に戻れたら、ずーーっと守ってあげるから、と伝えたい。
でもそれは、単に私が罪悪感から逃れたいだけであって、ただ自分がスッキリしたいだけなんですよね。
だから、今もし会っても、そんなこと絶対言ってはいけないんだ。彼女にとっては、もう触れられたくない過去なんだ、とわかりました。

でも、彼女は私に会いに来てくれました。私が27歳の時だから、かなり年数経っていますよね。
私に自分の幸せな姿と可愛い子供を見せたかったんでしょうね。そう何度も自分に言い聞かせています。

MIXI??ソーシャルネットワーク??むむ?
今時のコトにホントうとくてはずかしいです。
今度は自分で調べますね。(笑)

コメントありがとうございます。

なるほど、ははさんの私に対するご質問には、そういう深い事情があったんですね。

ははさんとそのお友達の間のことは私は詳しくは分かりませんが、わざわざ身重の体でバスを乗り継いでははさんに会いに来てくれたということは、そのお友達は少なくともははさんのことを悪くは思っていないのでは?と想像しています。もしかすると小学3、4年のときに、ははさんに親切にしてもらって、本当に感謝していたのかもしれません。

私も緘黙だったときに、いろいろ世話を見てくれた人たちがいるのですが、その人たちには今でもとても感謝していて、いい機会があればお礼を言いたいと思っています。孤独だったりいじめられたりしていた中で親切にされたので、なおさらそう考えてしまうのかもしれません。その人たちとは、その後、クラスが離れたり別の学校に進学したりして会えなくなりましたが、特に悪い感情は持っていません。

お返事ありがとうございます。

富氏さんのコメント何度も何度も読みました。
ありがとうございます。
コメントってどこにはいってたっけ?って忘れたりするけど、また読みたくなるだろうから覚えておきますね。

>私も緘黙だったときに、いろいろ世話を見てくれた人たちがいるのですが、その人たちには今でもとても感謝していて、いい機会があればお礼を言いたいと思っています。

もしかしたら、私は富氏さんがこう答えてくれるのを待っていたのかもしれません。読んでてすーっとしたものを感じました。
そして、こんな風に答えることが出来る富氏さんは、緘黙を本当に克服されたのではないかなあと、素人ですが思いました。

その後M君と中学1年で同じクラスになる話、待ってますね。

お世話になった同級生たち

今後、M君のように、私のお世話をしてくれる同級生が何人も現れます。大学卒業までに、M君を含めて5〜6人ぐらい登場させる予定です。

親戚にも大変お世話になりましたし、私、お世話になってばっかりです。(^_^;

>M君を含めて5〜6人ぐらい登場させる予定です。

それは楽しみです!って楽しみと表現していいものか、、、  
待ってますね(*^_^*)←最近顔文字にトライしてます(笑)

「アリエスの乙女たち」夢中で観ていた1人です(笑)。思い出しましたよ〜♪
当時は不幸な女の子を描いた作品が多かったような。。。自分の不幸も重ね合わせて、もっと可愛そうな人もいるんだって思ったりしてたような・・・記憶が・・・。

お友達の家までの様子を細かく書いた気持ち、分かるような気がします。誘ってくれた事実が嬉しくて、そのことを強調したかったんじゃないかしら?v-219

野ウサギ。さん、コメントありがとうございます。

野ウサギ。さんも、「アリエスの乙女たち」ご覧になってたんですね!書いてよかった…。(T-T) 不幸な女の子の話?だったみたいですね。私は覚えてません…。

>誘ってくれた事実が嬉しくて、そのことを強調したかったんじゃないかしら?

なるほど、言われてみれば、そんな気もします。もしかすると、M君の家に行ったのはこのときが初めてだったのかもしれません。この日より後の日記には、ちゃんと遊んだ内容を書いています。テレビゲームなどをしていたようです。

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