場面緘黙症と聴覚

2006年10月29日(日曜日)

場面緘黙児に脳スキャンを行った結果、場面緘黙児の中には聴覚に問題がある子がいることが分かったとする研究結果が、ここ2~3年の間に報告されています。

この研究を行ったのは、イスラエルにあるテルアビブ大学の Yair Bar-Haim 博士(臨床心理学)らのグループです。同博士 は、2003年の The Jerusalem Post の取材の中で、次のように話しています(訳の品質は保証しません)(Siegel-Itzkovich, 2003)。

「私たちの仮説は、場面緘黙児の自己発話の音の衝撃を減らすことに関わる聴覚器官の要素に、障害が起きている可能性があるというものです。多くの音が耳から入ってきますが、誰かが話し始める度に、聴覚器官は調整して、入ってくる音の強さを減らします。」

"Our theory," says Bar-Haim, "was that the elements of the hearing system involved in reducing the sound impact of self-vocalization may be compromised in SM children. A lot of noise enters the ear, and every time someone starts talking, the system makes an adjustment, reducing the intensity of sound coming in."

Bar-Haim 博士らは、どうも

「聴覚と発話には関係がある」 ⇒ 「聴覚に問題がある」 ⇒ 「発話に問題があるかも」(※ 三段論法ではありません)

という理屈のようですが、この説、どうなのでしょうか?
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それでは、なぜ場面緘黙児は、家に限っては発話ができるのでしょうか。聴覚に問題があれば、あらゆる場面で緘黙するというのが自然というものです。 Bar-Haim 博士はこの疑問に対し、次のように答えています(訳の品質は保証しません)(Siegel-Itzkovich, 2003)。

「場面緘黙児の家庭環境は、通常外よりも静かです。ですから、子どもたちの聴覚処理手続きは、より少なくなされます(訳者注:申しわけありません、taxes の訳が分からず、この文については正確な訳ができません)。ですから、子どもたちの聴覚処理手続きは、彼ら彼女らにはあまり負担にはなりません。(2010年10月1日訂正。ご指摘ありがとうございます。)別の可能性として考えられるのは、家庭環境はまた、より安全ですから、子どもたちは他の人々が言うことを完全に理解できないことを無意識的に許しているということです。」

"Their home environment is usually more quiet than outside it," suggests Bar-Haim, "so their auditory processing taxes them less. Another possibility is that the home environment is also more secure, so SM children can unconsciously allow themselves not to fully understand what people are telling them."

そして、これらの仮説の証明の材料となる研究結果が、同博士らの研究グループによって2004年と2006年に発表されました(Arie, Henkin, Lamy, Tetin-Schneider, Apter, Sadeh, & Bar-Haim, 2006)(Bar-Haim, Henkin, Ari-Even-Roth, Tetin-Schneider, Hildesheimer, & Muchnik, 2004)。

とはいえ、これらの論文を読んでいると、疑問を感じる箇所があります。2004年の研究では16人の場面緘黙児と16人の通常の子どもたちを比較していますが、これはサンプルの数が少なすぎるのではないでしょうか。私は心理統計には詳しくないので、間違っているかもしれませんが。

■ すべての場面緘黙児が聴覚に問題があるわけではない

この説を最初知ったとき、私は強い違和感を覚えました。私は場面緘黙症だった疑いがあるけれども、聴覚に問題なんてなかったぞ、これまで場面緘黙症の体験者やその保護者のお話をネットでたくさん読んできたけれども、聴覚に問題のある子の話なんて聞いたことがないぞ、もしかすると Bar-Haim 博士たちは、場面緘黙症を聾唖(ろうあ)と勘違いしているのではないか、と。

しかし、論文でも書かれているのですが、こうした聴覚の問題を抱えている場面緘黙児は一部であって、全ての場面緘黙児がそうであるわけではないそうです。場面緘黙児の中には、このような子もいるかもしれないということです。

そもそも、場面緘黙症は、あくまで症状の名称です。症状である以上、病因はさまざまであっても、問題はありません。これは、「発熱」という症状の原因がさまざまであるのと同じことです。

■ 聴覚処理障害ではない

紛らわしいですが、Bar-Haim 博士らが言う聴覚処理の問題は、いわゆる聴覚処理障害(中枢性聴覚処理障害;auditory processing disorders, central processing disorders)のことではありません。実際、聴覚処理障害の文献は、障害の症状に場面緘黙症を挙げてはいません。

聴覚処理障害というのは、音は通常通り耳に入ってくるのだけれども、その音が何であるかを認識することができない障害です。Bar-Haim 博士らが扱っている問題は、音が通常通りの大きさで入ってこない聴覚遠心活動(auditory efferent activity)の異常です。

■ 研究はまだまだ

場面緘黙症と聴覚処理に関する研究は、まだまだ予備的段階にすぎないようです。さらなる研究が待たれるところです。

■ 聴覚処理と、ひきこもりに関係が?~ Bar-Haim 博士らの研究

Bar-Haim 博士らは、聴覚処理の問題に関して、他にも様々な研究を行っています(博士の研究のメインは、聴覚だけではないようですが)。

一番びっくりしたのは、"Mismatch Negativity in Socially Withdrawn Children" という論文です(Bar-Haim, Marshall, , Fox, Schorr, & Gordon-Salant, 2003)。"Socially Withdrawn Children" って、「社会的ひきこもり児」でしょうか。論文では、聴覚の問題と、"Socially Withdrawn Children" の関係について論じられています。

とはいえ、海外で "social withdrawal" というと、普通はうつ病や統合失調症、高齢者などのひきこもりのことを指します。論文を読んでみても、日本にほぼ特有の「社会的ひきこもり」の話をしているようではないようです。

聴覚器官は脳に近いところに位置していることを考えると、聴覚の問題が精神疾患の原因になることがあるという説明は、もっとものようにも思えます。

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[注]

◇ Arie, M., Henkin, Y., Lamy, D., Tetin-Schneider, S., Apter, A., Sadeh, A., & Bar-Haim, Y. (2006). Reduced auditory processing capacity during vocalization in children with selective mutism. Biological psychiatry, .
◇ Bar-Haim, Y., Henkin, Y., Ari-Even-Roth, D., Tetin-Schneider, S., Hildesheimer, M., & Muchnik, C. (2004). Reduced auditory efferent activity in childhood selective mutism. Biological psychiatry, 55(11), 1061-1068.
◇ Bar-Haim, Y., Marshall, P.J., Fox, N.A., Schorr, E.A., & Gordon-Salant, S. (2003). Mismatch negativity in socially withdrawn children. Biological psychiatry, 54(1), 17-24.
◇ Siegel-Itzkovich, J. (2003). The children of silence. The Jerusalem Post. Retrieved October 27, 2006, from
http://selectivemutism.org/JerusalemPostarticle.htm

[その他参考にしたもの]

◇ Johnson, D.C., Benson, V.C., & Seaton, J. (1997). Educational audiology handbook. London: Singular Publishing Group. 67-82.
◇ Keith, W.R. (2004). Auditory processing disorders. In Roeser, J.R., Downs, P.M. (Eds.), Auditory disorders in school children: The law, identification, remediation (3rd ed.). (pp. 124-146). New York: Thieme Medical Publishers.
◇ Hall III, W.J. (1999). Central processing disorders. In Law, J., Parkinson, A., & Tamhne, R. (Eds.), Communication Difficulties in Childhood: A Practical Guide. (pp. 207-218). Abingdon: Radcliffe Medical Press Ltd.