[緘黙] 学校に行くと、真面目になった! [ストーリー]
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連続ブログ小説・私の緘黙ストーリーです。現在、小学5年生です。
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真面目、堅実、几帳面、完璧主義、従順…
こんな場面緘黙児は多いのでしょうか、少ないのでしょうか。
私は場面緘黙症(たぶん)の症状が悪化したのと同じ頃、急に「真面目」と言われるようになりました。学校だけです。家では普通の少年だったのですが、学校に行くと、急に真面目になってしまうのでした。
また、学校では頭がいいと誤解され、一目置かれる存在になっていました。
このこともあってか、いじめを受けることはなくなりました。もっとも、真面目で頭がよくても、いじめられる子はいるようですが。
■ なぜ真面目と言われるようになったのか
◇ とても従順だったから?
私は先生にとても従順でした。先生に逆らうだなんて、考えられませんでした。校則などの決まり事も、時に異常なほど固く守るタイプでした。だから、真面目と言われるようになったのかもしれません。
おかしなことに、場面緘黙症になる前は、私はここまで従順な子どもではありませんでした。場面緘黙症が、私を従順な性格にさせたのでしょうか。
* * * * * * * * * *
◇ 劣等感をバネに頑張っていたから?
私はもともと劣等感が強い子どもだったのですが、場面緘黙症になって以来、その傾向はますます強くなりました。この劣等感をバネに私なりに、自分で言うのもなんですが、いろいろ頑張っていたことが、真面目と言われるようになったことと関係していたのかもしれません。
例えば、私は体育が大の苦手で、大きな劣等感の原因になっていました。しかし、この頃の私は、体育が苦手だからこそ、授業には人一倍真剣に取り組んでいました。
◇ 一人でひたすら計算ドリルを説いていたから?
私は小学5年の新しいクラスになってもなかなか友達ができず、休み時間はいつも一人でした。しかし、一人でボーっと時間を過ごすのも退屈だということで、休み時間は計算ドリルを説くことにしました。このことが、真面目と言われることと関係していたのかもしれません。
ついでに、私はこの頃から「頭がいい」という誤解を受け始めたのですが、それもおそらくこのことが関係していたのでしょう。大人しい子が黙々と勉強していると、多くの人の目には「この子は頭がいい」と映るようです。
■ 「真面目」と言われて、素の自分をますます出せなくなった
しかし、家庭での私は、『つるピカハゲ丸』というギャグ漫画が好きな、特に真面目でも何でもない、ごく普通の少年でした。学校のみんなは私のことを真面目と言うけれども、本当はそうじゃないんだ、という思いが私の心の中に強くありました。
「富重君は真面目だから、TVは真面目な番組しか見ないよね」
このようなことを聞かれたことが何度もあります。私は正直に首を振る(ノーの意思を示す)ことができませんでした。
みんなが自分のことを真面目な人間だと思っている、特に担任のY先生などは、富重は真面目だと褒めてくださる、だから自分は真面目な人間のように振舞わなければならないんだ、こういう強迫観念が非常に強くありました。
こうして、学校は素の自分を出せる場では、なくなりました。学校ではますます緊張することになってしまいました。自業自得です。
■ 真面目、その後
最後に、少し先のお話をします。
私はその後も、中学、高校、大学と「こんな真面目な人、見たことない」「今時こんな子珍しい」と言われ続けました。
しかも、「自分は真面目な人間でなければならない!」という強迫観念に駆られて、真面目な行動をとり続けているうちに、家庭でも真面目、堅苦しいと言われるようになってしまいました。
小学5年が、私の「真面目」人生の始まりでした。
(つづく)
真面目は悪いことではありません。しかし、ものには程度というものがあります。
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◇ 友達なんて、いない方が楽しい!
- [2007/02/10 12:34]
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コメント
家では 反抗期真っ盛りの長女ですが これ 全部 学校での 彼女に当てはまります。
もちろん 先生の言われることは 間違っていても 絶対だし。
友だちの一言・先生からほめられた一言で その良い性格を 演じているように 思われます。
↑ ひねくれた考えかしら?・笑
我が家の場合 母親が いい加減なもので よく 言います。
「世の中 いい加減にしていい事も あるのよぉ・・」って・・・
しかし 「何でも 一生懸命にしなさい!」とも 言うわけで・・・
矛盾していて 恥ずかしいですが〜 (笑)
真面目な人 好感持てるから 好きです。
しかしながら 富重さんの最後のコメントどおり
何でも 程度っていうか ほどほどっていうのが 難しいんだと思います (*^_^*)
〔追伸〕
クリック 力 入れて 押しました。
先日は ごめんなさい (削除の件)
いつも お世話かけてます すみません・・・・
のひめさん、コメントありがとうございます。
ある私の親戚は、私に会うたびに「富重はもっといい加減にならないと駄目だ」とおっしゃいます。「真面目すぎるから就職できない」というようなことを言われたこともあります。(>_<) 真面目もほどほどに、ということのようです。
クリックありがとうございます。これからも、よろしければコメントくださいね。

自分も、学校で頭がいいと誤解されたことがあります。
学校では「真面目だね」とクラスメイトに言われ…でも、家庭では全然そんなことはありませんでした。
自分もギャグ漫画が好きで勉強よりも遊びに夢中でした(^^;)
校則は、自分もよく守っていたほうでした。
自分の場合は、休み時間は読書やお絵かきをして過ごすことが多かったです。勉強してる時もありましたが^^;
cafe さん、コメントありがとうございます。
「真面目で大人しい」という決まり文句のような言葉が日本語にありますが、大人しいということが真面目ということにつながるのかな、とふと思いました。学校で極端に大人しくなってしまい、学校では真面目に見えると。
頭がいいという誤解で得したことも多いですが、プレッシャーも大きかったです。あるときなどは、学年屈指の頭脳の持ち主から「一緒にTVのクイズ番組に出ない?」と誘われ、慌てました。(>_<) もちろん、断りました。
誤解を解こうにも、話せず受身な性格だったものですから、いけません。
緘黙の子は、目立たないように行動するから『節度ある』ように映るので、そこから真面目だ、と言われてしまうのかな、と思いました。使命感には燃えてないのに〜。(笑)
里さん、コメントありがとうございます。
「真面目で大人しい人」という言い方はよく耳にしますが、「真面目で活発な人」「真面目で活動的な人」「真面目ではつらつとした人」「真面目で騒がしい人」とはあまり聞かないような気もします。
なお、私は昔から、親に「真面目で大人しい人ほど危ない」と警戒されてきました…。
何に対する真面目さを選ぼうかな?
「そうじゃないとダメなんだ〜もう私はダメなんだ〜」と実際はそうでもないのに過小評価してしまう時がある
一方で、「世間に認められているから自分は偉いんだぞ!」となっている人で、ずれている人を見ると??となります
「世間の見方に振り回される人間は、世間の奴隷である」誰だったか偉い人が言ったそうな・・
「そうだそうだ!自分てものは無いのか?」とも言いたくなりますが
でも自分て何なんでしょう?
わからないから世間の基準に合わせとけば安心!
それを全く無視したら、人間社会で生きられないんだし
これじゃ堂々巡りですね(^▽^;)
ルディさん、コメントありがとうございます。
世間の目を気にすることは、我が国では社会規範とも絡んでいますからね。
まじめ
決まりは守るし教師には逆らわなかったです。
僕の場合は教師や他の子が怖かったからですね。
決まりを守らないと怒られるしかばってくれる人いないし。
そんな感じです。
ただ宿題とかはあまりやらないタイプでした。
良く解釈すると家に帰ってまで学校のことを考えたくなかったからと思います。
まあ 普通に考えると勉強が苦手で
おまけに怠け者だったからでしょう。
俊太さん、コメントありがとうございます。
なるほど、私もそれもあったかもしれません。かばってくれる人がいないというのは、とてもつらそうです。
私は宿題は提出していたのですが、夏休みの宿題など、一部には気が進まなくて、ぎりぎりまで手をつけないことも多かったです。読書感想文とか自由研究とか、やはり自分の苦手分野だとやる気が起きません(国語や理科が好き!という人なら喜んで宿題をするかもしれません)。
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