もう一人の緘黙研究者

2007年06月09日(土曜日)

場面緘黙症を日本で研究した人というと、なんといっても『場面緘黙児の心理と指導』の河井芳文氏が有名です。

しかし、緘黙に注目した研究者は、河井氏だけではありませんでした。

あまり知られていませんが、河井氏と同じ頃、80年代後半に、緘黙についての著作を3冊も残した研究者がいたのです。その著作は読売新聞やNHK等で取り上げられ、反響を呼びました。今回は、岩手で緘黙を研究した山本実氏についてお話します。

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山本氏は、岩手大学教育学部に所属されていました。80年代後半に、 『緘黙症・いじめ-正子の場合』(1986)、『「緘黙」への挑戦』(1988)、『「学校かん黙」事典』(1989)の3冊を出版されています。

山本氏の著作は現在新刊として発売されている様子がなく、残念ながら、入手が困難なようです。私も持っていません。

これらの貴重な著作を、かんもくネット代表のけいこさんが持っていらっしゃいます(購入されたり、図書館で借りられたりしたそうです)。これらの本についての貴重な情報を、けいこさんは、場面緘黙症Journalで取り上げることを前提に提供してくださいました。その情報をここで掲載します。今回の記事は、けいこさんの多大なご協力がなければ成り立ちませんでした。本当にありがとうございます!

※ 以下の文章はけいこさんが書かれたものですが、許可をいただいて編集しています。

■ 「緘黙症・いじめ-正子の場合」(1986)

「緘黙症・いじめ-正子の場合」は、偶然の出会いで生まれた本で、山本実先生が、盛岡でNHK「青年の主張」を飛び入りで聴いたところ、短大生(20才)だった正子さんが緘黙の克服について、語っていたそうです。発表後、先生の方から正子さんと正子さんの両親(共に学校教諭)に了解を取り、研究室で、録音テープを回しながら、4ヶ月9回(のべ70時間)インタビューし、それをまとめて、第1部としています。第2部は、同僚であった中山文雄先生が学問的に考察されています。

インタビューは彼女は経験者として、教師や保護者、緘黙児に向けてアドバイスするところもあるのですが、 Knet配付資料の取り組みととても似ていることが語られています。中山文雄先生の考察も、共通部分が大きいです。
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■ 「「緘黙」への挑戦」(1988)

その本を9月30日に読売新聞(全国版)が教育欄1ページを割いて、「「緘黙症」をどうする?」(教師の愛情こそ”妙薬”)(時間かけて、自力脱出を支える)として取り上げたため反響を呼び、お手紙と手記(アンケート形式)計78例を収録してできたのが、第2弾「「緘黙」への挑戦」(1988)という本です。第2弾は、希望があった全国2457名(うち保護者767名・教師841名・その他不明849名)に送られました。

この本も、1988年8月15日読売新聞に「家庭では普通の子、教室では口閉ざす「学校かんもく症」克服へ勇気を」(山本教授が実例整理し再出版)(神経質、内向的タイプ危険)(教師の叱責は逆効果「治る時期」見極めよ)として取り上げられました。

それだけではありません。NHKの「おはようジャーナル」「ファミリージャーナル」などでも取り上げられ、山本先生がテレビ出演されたようです。他にも「小五教育技術」(小学館)、「健康教育」(東山書房)「教育心理」(日本文化科学社)「教職研修」(教育開発社)、その他「教育医事新聞」にも紹介、論評されたり、山本先生が執筆したりされたとあります。

1988年にここまで研究が進んできてたのに、日本ではどうしてその後の研究が途絶えてしまったんでしょうか。

ざっと読んだ感じでは「治療効果のある物がはっきりしない」ことをのぞけば、SMIRAやSMartセンターの資料に、近い感じを受けます。学校の対応の大切さ、無理に話させない、不安軽減、自信や達成感、(非言語的であっても)コミュニケーションの促進、新しい体験や友達作り・・・

保護者、教師、家庭相談室員、緘黙体験者による事例31ケースと報告46ケースを収録。内容は、保護者の苦しみ、学校の無理解、教師の心ない態度での症状悪化、将来への不安などでいっぱいです。

「捲いた種は、いつか芽をふくと明日を信じてあきらめないことだ。しかし、成果がないのは子どもが悪いのではなく、おとなの方の内容・方法が、その子の今に不適切であったという証拠にすぎない。責められるべきは決して子どもではなく、おとなの方の力量不足、あるいは子どもの理解の不十分さからくるのだということを忘れてはなるまい。」 本文より

■ 「『学校かん黙』事典」(1989)

しかし、緘黙の実像はつかめたが、緘黙克服の方法が分からないということで今度は「緘黙からの脱出」に向けての問題解決の手法に焦点をすえて、「緘黙の挑戦」読者のうち、保護者250名教師250名体験者25名にあててアンケートを実施。回答があったものの中から170名分と、第2弾本購入希望時に研究室に届いた233編の便りの抜粋をあわせて掲載し自費出版した本が第3弾「『学校かん黙』事典」-その実像と脱出への相克-」です。

第3弾は、手記やお便りが大半を占める全359ページ。本の感じは紙は普通の厚さのタウンページです。全部目を通すには相当な時間がかかりそうです。

ざっと概略を説明すると、

第1編 第二弾の本を郵送希望時送られてきたのお便りと保護者100名・先生20名の事例(アンケートの回答)

第2編 脱出例(保護者20名・教師10名)

第3編 父母たちからの事例に学ぶとして、父母の事例から該当箇所をピックアップし、それに山本先生がコメントするというもの。最後に脱出への基本原則や黄金律をあげています。これは基本的な部分で、Knet配付資料の原則「不安軽減」「自信と達成感」「社会的機会を少しずつ広げる」とほとんど同じです。

第4編 緘黙へのアプローチでは理論的考察が行われています。 緘黙を内因(生まれつきの気質)を前提に、外因(環境の中での体験)が加わるという考え方も Knet配付資料と同じです。症状に三つの時期があること。心理的緊張が高く、生理的硬直があって話せない第一期、緊張が低く、硬直もなくて話せば話せる第二期、そして両者の中間にあたる移行期。第二期は仮性緘黙とし、口をきかない子というレッテルをはられているために、「今さら口をきくのは恥ずかしい」と沈黙を続けている時期で、スパルタ方式でたまたま脱出した例はこの時期のもの。

発達障害やグレーゾーンの知識が当時はなかったため不十分な部分がある、Knet配付資料にあるような具体的な対策や積極的支援法の部分がほとんどない、養育態度を反省する素直な母親を美化する母性への態度に時代的背景があるのを感じました。

これだけの内容の本が出ていたとは、緘黙に関心のある方でも、ほとんどご存知ないのではないでしょうか。読売新聞全国版やNHKでもで緘黙が取り上げられ、反響があったというのです。山本氏はもっと評価されていいです。

私は山本氏についてお尋ねしようと、岩手大学教育学部にメールをお送りしたのですが、残念ながら、山本氏は2003年に亡くなられたとのことでした。

[追記]

佐伯一麦氏の「古河」(『木の一族』収録)という私小説らしき話に、『緘黙への挑戦』の書名が出てきます。主人公が山本実氏に宛てて書いたと見られる手紙は読みどころです(03/02/2008)。

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