日本初の緘黙研究?「口をきかない子供」(1951)・前編

2007年06月17日(日曜日)

日本における緘黙研究の起源をたどろうと、いろいろ調べていました。

私が確認した限り、日本で最も古い緘黙研究文献は、国立国府台病院児童部(当時)の高木四郎氏が著した「口をきかない子供」(1951)です。[1] 高木氏自身も、後に「これを取り上げたのは、わが国でもおそらくわたしが最初であると思うが」と述べています。[2]

今回は、この文献についてお話します。

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■ 「口をきかない子供」の構成

「口をきかない子供」の構成は、以下のようにまとめることができます。

○ 緘黙児の定義
○ 緘黙児の数
○ 緘黙の原因
○ 筆者が経験した緘黙児の事例4例
○ 結び

わずか4ページと4分の1の分量ですが、緘黙児の数や原因、事例にまで踏み込んでいます。国内初の研究文献とは思えない充実した内容です。

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■ 背景

「口をきかない子供」が成立した背景には、1949年1月から1950年3月までの間に高木氏らが行った、小学校における精神衛生問題に関する調査があります。[3] これは、精神薄弱、無断欠席、緘黙などの児童の問題について、3つの小学校を対象に調査したものです。

この調査結果のうち、緘黙だけに焦点を当ててまとめたものが「口をきかない子」のようです。

■ 「緘黙児」「緘黙 Mutism」という言葉が出てくる

この論文、タイトルこそ「口をきかない子供」ですが、文中には、いきなり冒頭で「緘黙児」「緘黙 Mutism」という言葉が出てきます。

↓ 旧仮名遣いと旧字体は現代風に変えています。
家庭では口をきいているのに、学校や人前では口をきかない子供というものは意外に多いものである。筆者は最近三ヵ所の小学校で、児童の呈する精神衛生上の問題について調査を行ったが、緘黙児、即ち口をきかない子供の数は第一表の如くであった。

この緘黙 Mutism という問題は、不健全な逃避機制 Escape mechanism の一つの表れであって、さまざまな動機から生ずるものである。

ここで述べられているものは、今で言う「場面緘黙症」「選択性緘黙」に当てはまります。「全緘黙(症)」については何も触れられていません。

となると、最初に「緘黙」という言葉を使ったのも高木氏と思われそうです。しかし、違います。

高木氏より前に、フランスのロバン氏という人が書いた本の翻訳書『異常児』が1940年に発表されたのですが、実は、この中で既に「緘黙」という言葉が使われています。[4] 国内初の緘黙研究文献はおそらく高木氏ですが、緘黙を取り上げた海外の文献が、高木氏の文献よりも先に邦訳されていたのです。

■ Mutism はどこから輸入?

それにしても、Mutism という言葉まで出てきたことは驚きです。もしかすると高木氏は海外の文献で緘黙のことを確認していたのかもしれません。どの文献から Mutism という言葉を輸入したのか興味深いのですが、困ったことに、「口をきかない子供」には参考文献が一つも挙げられておらず、さっぱり分かりません。

ですが、手がかりとなりそうなものがあります。ここから推測してみましょう。

◇ Kanner の Child Psychiatry

「口をきかない子供」の9ヵ月後に発表された高木氏の「小学校における精神衛生上の問題について」でも、「緘黙(Mutism)」という表記が見られます。

この参考文献を見てみますと、Kanner 氏の Child Psychiatry が挙げられています(ただし、第二版です)。もしかすると、高木氏は「口をきかない子供」を著す前に Kanner 氏の著書を読んでおり、ここから Mutism という言葉を紹介したのかもしれません。

◇ ロバンの『異常児』説

「口をきかない子供」の翌年に中脩三編『異常児』という本が出たのですが、この中で高木氏は緘黙について次のように述べています。

この問題が果たしてわが国児童の特徴であるかどうかについては、比較する十分な根拠を持っていない。しかし少くも眼に触れる範囲のアメリカの文献には無口・内気の問題は扱われていても、わが国で経験されるような極端な緘黙の問題は取り上げられていない(フランスのロバンの「異常児」には取り扱われている)。[5]

高木氏は、フランスの文献から「Mutism」という言葉を輸入した可能性も考えられます(Mutism って、英語ですけど)。ただ、この本は先ほどお話したように、邦訳書が出ています。高木氏が原著を読んだのか邦訳書を読んだのかは、分かりません。

ちなみに、一谷彊氏らがまとめたところを参考にすると、[6] アメリカの文献に緘黙が取り上げられていなかったのは、単にまだ研究的関心が薄かったからではないだろうかと私は思います。ドイツでは1950年代初頭期には既に研究の蓄積がいくらかあったようですが、国際的に見て、この時代に緘黙の研究はまだ盛んではなかったようです。

※ 2007年6月17日、書き直しました。書き直したら長文になってしまいました。最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

(つづく)

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[続きの記事]

◇ 日本初の緘黙研究?「口をきかない子供」(1951)・後編

[関連ページ]

◇ 緘黙年表
◇ 場面緘黙症を取り上げた戦前の翻訳書

[訂正]

◇ 高木氏の引用部分「筆者は最近三ヵ月の小学校で」→「筆者は最近三ヵ所の小学校で」(2007/06/20)

[注と参考文献]

※ スタイルが統一されていなくて、スミマセン…。

[1] 高木四郎「口をきかない子供-事例研究その2」、『児童心理と精神衛生』、第1巻、第5号、1951年3月、332-335、342ページ。
[2] 高木四郎『児童精神医学各論-児童相談の諸問題』、慶應通信、1964年、494ページ。
[3] 高木四郎「小学校における精神衛生上の問題について」、財団法人日本学校衛生会、学校衛生研究所編『学校保健の研究 第二集』、東山書房、1951年12月、20-33ページ。
[4] ジルベール・ロバン著、吉倉範光訳『異常児』、白水社、1940年、371-385ページ。
[5] 高木四郎「問題児の発生原因論」、中脩三編『異常児』、医学書院、1964年、15-16ページ。
[6] 一谷彊、津田浩一、西尾博、岡村憲一「場面緘黙症の研究(1)-形成要因と心理機制について-」、『京都教育大学紀要』A・人文・社会、No.42、1973年2月、1-29ページ。