障害者(障碍者)でもなく健常者でもなく

2006年03月07日(火曜日)

不安障害(不安障碍)人格障害(人格障碍)などと言うと、「障害者(障碍者)のことか」と考える方もいらっしゃるかもしれませんが、違います。[注]

なら、「健常者か」と言われれば、その通りなのですが、他の健常者と一緒にしていいのかな、と素人ながらに思います。

言ってみれば、不安障害や人格障害を罹患した人々は、障害者と健常者の中間に位置するのではないか、などと私は考えています。

■ 場面緘黙症とも無関係ではない

不安障害や人格障害は、場面緘黙症とも無関係ではありません。

場面緘黙症は、不安障害の一つ、「特定恐怖」に分類されると多くの学者は考えています。また、非常に多くの割合の場面緘黙児は、社会不安障害を罹患しているという研究結果が報告されています。

■ 自立できないし、支援もない

健常者は、それなりに頑張れば経済的に自立することができます。一方、障害者の場合、程度にもよりますが、経済的自立が非常に困難な場合も少なくなく、政府の支援の対象になります。

不安障害や人格障害などを罹患した人々の場合、それらが文字通り「障害」になり、経済的に自立するのは時に困難を伴います。しかし、障害者のような政府の支援はありません。

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■ 社会の理解もない

しかも、こうした不安障害や人格障害は比較的知られておらず、社会の理解もあまりないのが現状です。

例えば、社会不安障害を罹患して、大勢の前でプレゼンをする度に身体がガクガク震え、大量の汗をかくような人がいたとしましょう。そういった問題で悩んでいる人に対して、「緊張なんて、誰でもするもんだよ」などという助言がなされがちです。しかし、不安障害や人格障害は精神疾患であり、一種の病気です。確かに誰でも緊張はするものですが、それが度が過ぎる場合は注意しなければなりません。

ひどい場合だと、社会不安障害で働けない若者に対して、「お前も最近流行のニートか?社会が怖いだなんて、甘えたこと言ってんじゃない!」などと、本人を追い詰めるようなことを言う人もいそうです。

■ 本人の自覚もない

本人が自覚しているうちは、まだいいです。ひどいケースになると、自分が不安障害や人格障害であることに気づいていないことがあります。これも、不安障害や人格障害の知名度の低さが一つの原因です。

病気だから薬物療法などで治るかもしれないのに、それに気づかず、自分が大勢の前で緊張するのは性格の問題だと勘違いし、根性か何かで治そうとしてしまうのです。

■ もっと光が当てられるべき

このように考えてみると、不安障害や人格障害を罹患している人々が置かれている状況は、障害者のそれよりも過酷かもしれません。こういう人たちにも、もっと光が当てられるべきだと思うのは私だけでしょうか。

[注]

最近、「障碍」という言葉をときどき目にするようになりました。何のことだろう、と思って調べてみたところ、「障害」と同義だそうです。どうやら「障害」の代わりに「障碍」という表記を使おうという動きが出てきているようです。とはいえ、現在のところは「障害」という表記の方が一般的です。

そこで、このブログでは当面、今回の記事のように、初出の場合に限って「障害(障碍)」と表記し、それ以外は「障害」で通すことにします。

(ほぼ同じ内容の記事を、「ニートひきこもりJournal」でも投稿しています)


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