発掘!教師が書いた場面緘黙症の古書

2007年07月14日(土曜日)

あまり知られていない、場面緘黙症の本を見つけました。

工藤泰則『話せるようになったまさえさん』、明治図書、1983年。

著者は小学校教諭です。場面緘黙症のまさえさんを小学5~6年の間に受け持ち、緘黙を克服させるまでを綴っています。

場面緘黙症に関する本は多数出ており(詳しくは「関連書籍」参照)、特に最近ではブログによる情報発信が盛んに行われています。しかしその多くは、元緘黙症児、保護者やセラピストの視点から書かれたもので、教師の視点によるものは滅多に見かけません。その意味で、本書は貴重です。

著者の学校には情緒専門の先生がいるのですが、著者は独自の判断でまさえさんの指導を行っています(著者はそれを「治療」と呼んでいます)。もっとも、その主たる内容は行動療法と似ていると私は思います。少しずつ学級での言語行動を形成していこうというものです。

ただ、それは時に厳しさを伴うものでした。まさえさんがどうしても返事をしないとき、著者は「あまえるんじゃない」と怒鳴りつけたり、思いっきり頭を手のひらでぶったりもしています(体罰)。こうして発語させることが、まさえさんの成長につながるというのが著者の考えです。
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著者のまさえさんに対するひたむきな思いや崇高な教育理念には頭が下がりますが、こうした指導は、まさえさんの不安、緊張を増幅させ、緘黙症状をかえって悪化させてしまうのではないかと、読んでいてヒヤヒヤします。専門家の助言を聞かずに独自の判断で指導したからこうなったのでしょうか。ただ、まさえさんが小学3~4年の頃は、情緒専門の先生のやり方では緘黙は治らなかったのは事実です。

※ 著者は教育に当たっては厳しい面と寛容な面を使い分ける人で、いつもこのような厳しい姿勢でまさえさんの指導にあたっていたわけではありません。

著者は、まさえさんに対して、言葉を引き出すだけでなく、総合的な教育活動によって心を開かせようとしたり、読書を推奨して知能の発達を促そうとしたりしています。こうした面は評価できると思います。

本書は「シリーズ・障害者の世界10」の一冊なのですが、著者は緘黙のまさえさんを「障害を持つ子ども」と表現する場面があります。そして、まさえさんの緘黙症状がよくなると、今度は「健常児」という表現を使っています。確かに場面緘黙症は「情緒障害」ですが、緘黙症児は「障害児」なのでしょうか。

先ほどお話したとおり、本書には、教師がまさえさんに発語を厳しく要求する場面があり、しかもそれで緘黙が治ってしまっているので、「そうか!緘黙の子には発語を強要するのが正しい接し方なんだな!」などと誤解を与えかねません。危うい一面を持った本だと思います。ですが、緘黙の子が頑張ることによってクラスの他の子も変わったとか、教師の視点でなければなかなか書けない内容もあり、面白い本だと思います。

この本を私が1冊買ったところ、絶版になってしまいました。

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