[緘黙] 私の数少ない特技と自信 [ストーリー]

2007年07月21日(土曜日)

久しぶりに、連続ブログ小説・私の緘黙ストーリーです。現在、小学5~6年生編です。

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自信とか自尊感情とか自己効力感とか、色んな言葉がありますけれども、こういったものって、いったい何なんだろうと不思議に思う今日この頃です。

緘黙ストーリーは小学5~6年生編ですが、当時の私にはちょっとした特技があり、個別の事柄については自信を持つものもありました。しかし、それでも当時の私は全般的に自分に自信がなく、自己評価も極めて低く、自分には生きている値打ちすらないのではないかとさえ考えていました。

※ 注意。今回の緘黙ストーリーには、自慢話が数多く含まれています。

■ クラスで将棋が流行る

小学5年も終わりにさしかかっていた頃、クラスの男子の間で将棋が流行っていました。みんな自宅から将棋盤を学校に持ち込んで、休み時間や放課後に指していました。担任のY先生は、「将棋なら、学校で遊んでもいいだろう」と容認されていました。

私も影響を受けて将棋に興味を持ちました。ルールぐらいなら、昔、父に教わったことがあります。しかし、場面緘黙症(自己診断)だった私のことです。クラスで誰かを誘って一緒に将棋を指すことなど、できやしませんでした。逆に誘ってくれる人もいません。みんなに混じって観戦するだけでも、緘黙の私にとっては精一杯でした。

一人で自宅で将棋を研究をする日々だったのですが、ある日、クラスで将棋観戦をしていたところ、「富条君、一緒に将棋やらない?」と誘われました。

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■ 将棋で有名になる

相手はクラスでも将棋が強く、頭もいいと評判のM君。誘われたのは嬉しくて仕方がなかったのですが、こんな強い人を相手にするなんて、という戸惑いもありました。

ところが、私はそのM君に一方的な展開で勝ってしまったのです。この日を境に、私はクラスで「富条君は、将棋が強いんだ」と有名になり、将棋に誘われるようになりました。また、「将棋が強い富条君は、やっぱり頭がいいんだ」などと言われるようになり、それまで以上にクラスで一目置かれるようになりました。

※ 当時の私は学校で将棋が指せないほど場面緘黙症がひどかったわけではなかったようです。

種明かしをすると、私が将棋が強かったのは、入門書を読んで戦法や手筋を研究していたからです。ところが、クラスにはそこまでしている人が誰もいませんでした。それだけのことです。

■ チェス

「僕、チェスなら分かるんだ」

友達のK君は、将棋は分からないけどチェス(西洋将棋)なら分かるというので、チェスのルールを私に教えてくれました。そして、一緒に彼の家でチェスをやりました。

これまた、私が勝ってしまいました。チェスの戦法や手筋は知りませんでしたが、将棋で感覚を磨いていたのが功を奏したのでしょう。

「富条君、すごい!僕、お父さんにしか負けたことがないんだよ!」とK君は私を繰り返し褒め称えていました。

一方で、私もK君に将棋のルールを教えて、一緒に指しました。緘黙の私がどうやってルールを教えたのかは謎です。ところが、一度K君に負けてしまったことがあります。彼のセンスの良さには脱帽しました。

■ 自慢話ばかり、ごめんなさい。(>_<)

自慢話になってしまいましたが、こうした次第で将棋の腕にはちょっとした自信がありました。

他にも、算数や社会のテストで高得点をとることには自信を持っていたものです。

このように、個別の事柄については自信を持っているものも(少しは)あったのですが、全般として自分に自信がとてもない子でした。

得意とするものが立派にあったのに、どうしてあんなに自分に自信がなかったのか、分かりません。緘黙で何もできない子だったからか、運動神経が極端に鈍かったからか、広い意味で頭が極端に悪かったからか、過去のいじめ経験からか…。得意なことよりも、あまりに不得意なことの方が多すぎたのかもしれません。

(つづく)

恥ずかしいほど下手な英語で書いている英語ブログでも緘黙ストーリーを綴っています。こちらではもう中学編に入ってしまいました。英文ライティングは苦手で、書きたいことが上手に表現できません。

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