緘黙ストーリーのあらすじ 

緘黙ストーリーのあらすじを作りました。とりあえず手っ取り早く概要をつかみたいという方がいらっしゃるかもしれないので、まとめておきました。

なお、この記事は物語の進展とともに更新される予定です。

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■ 場面緘黙症になる前

生まれて間もなく、私は父の仕事の関係で関西へ引っ越しました。

3歳まで言葉を話しませんでした。「この子、知恵遅れではないか」と母は心配したそうです。

5歳で幼稚園に入園。幼稚園では緘黙することはありませんでしたが、大人しい子でした。初めて経験する集団活動には馴染めませんでした。周りの園児が、みな自分より賢く、大人びて見えました。幼稚園一のおもらしっ子で、先生には度々ご迷惑をかけました。おもらしは悪い癖で、小学1年までおむつをして寝ていたほどでした。

その後小学校に入学しましたが、あいかわらず弱い児童で、いじめの標的になりました。

■ 場面緘黙症になる

小学4年の4月、関西から離れた両親の故郷に引っ越しました。このとき、転校先の学校で話せなくなってしまいました。

さらに、以前よりもひどいいじめに遭いました。このときは、話せないことそのものよりも、いじめに悩んでいました。私が学校で話せなかったり異常に緊張したりするのもいじめのせいで、いじめっ子がいなくなりさえすれば、私は学校でも話せるようになるだろうと思っていました(そうではない、ということが後に明らかになります)。

小学4年の2学期、父が亡くなりました。これを機に再び引っ越しました。引越し先は、隣の小学校区です。しかし、この2度目の転校で緘黙症状が悪化してしまいました。

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■ 小学5〜6年

緘黙症状が最もひどい時期でした。理解ある教師、クラスメイトに恵まれましたが、あいかわらず学校では話さず、笑わない子でした。それまではいじめっ子のせいで緘黙してしまうと思っていたのですが、いじめを受けていないのにこのような状態です。このときから、私は緘黙そのものに悩むようになりました。

また、この頃から、学校に行くと緘黙するだけでなく、性格も変わって「真面目」と言われるようになりました。

この2年間、理解ある教師、クラスメイトに恵まれ、学校生活にはとても満足しましたが、卒業までに緘黙が治ることはついにありませんでした。

■ 中学校

私の緘黙は治らないまま、中学校に進学します。緘黙を克服することはできるでしょうか。

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私は長い長い年月を経て、場面緘黙症を克服しました。しかし、いったいどうして克服できたのか、自分でもはっきり分かりません。それを明らかにするために、今までの自分の人生を振り返ってみようという趣旨で始めたのが、緘黙ストーリーでした。

緘黙ストーリーは好評を得ており、いまなお連載を続けています。また、私が運営する英語ブログでも緘黙ストーリーを連載しており、英語圏はもちろん、最近ではフランス語圏の方からもアクセスをいただいています。

なお、このあらすじは「特選記事」内でも掲載しています。


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[余談]

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◇ 目次(緘黙ストーリー)


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