バージニア銃乱射事件の犯人に、場面緘黙症の診断
The Wall Street Journal(オンライン版)に、selective mutism(場面緘黙症)の文字を発見しました。
しかし、よく記事を読むと、それは今年4月に起きたバージニアの銃乱射事件に関するものでした。[注]
記事によると、事件の犯人は過去に場面緘黙症と診断されていて、しかも「情緒障害」として高校時代には特別な教育を受けていたというのです。
以前お話したように、バージニア事件の彼は場面緘黙症だったのではないかと一部で話題になっていたのですが、それは憶測の域を出ないものでした(「バージニア事件と場面緘黙症」参照)。今回は、The Wall Street Journal という米国を代表する新聞が、彼が過去に場面緘黙症の診断を受けていた事実があったことをはっきりと伝えているもので、重要な記事だと思います。
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彼が乱射事件を起こしたのは、アメリカ社会に適応できなかったことが関係しているのではないかという見方は、以前からあったようです。今回の記事は、それを情緒障害教育の大学教育への橋渡しという視点から論じている、と私は読み取りました。
彼が進学した大学では、特別な支援が必要な学生に対する積極的な配慮が、高校と違って弱かったそうです。やはり大学とあって学生を大人扱いしているのでしょうか、学生の方から何らかの要求をしなければ、大学側は動かないようです。
情緒障害の人が全て重大犯罪を起こすというわけではもちろんありませんし、情緒障害だから犯罪をしても許されるという理屈は通りません。ですが、特別な教育が必要な子への配慮という点では考えさせられる記事です。
私たちとしては、学校側が何か配慮してくれるのを待つのではなく、学校側に自分たちから働きかけることも必要です。ただ、保護者ならまだしも、緘黙の本人が、学校側に何かを要求するというのは難しいことだろうと思います。
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[注] From Disturbed High Schooler to College Killer というタイトルの記事で、日付は 2007年8月20日です。記事では、場面緘黙症の彼にとられた具体的な指導法、治療法まで詳しく書かれています。
[関連記事]
◇ バージニア銃乱射事件と場面緘黙症の報道・まとめ(場面緘黙症Journal特選記事)
◇ 毎日新聞にも、緘黙とバージニア事件の記事が
◇ バージニア事件と場面緘黙症
- [2007/08/22 10:29]
- ドラマ、新聞記事等になった緘黙 |
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コメント
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コメントありがとうございます。
英語圏では、緘黙の説明で "refusal to speak" という説明を見かけることがあります。"Refusal to Speak: Treatment of Selective Mutism in Children" という本まであるぐらいです(ただ、この本、Amazon.com では評判がすこぶる悪いです)。今回の新聞記事でも、"refusal to speak" と説明されています。
ですが、これは間違った、あるいは古い説明だと私は思います。TIME 誌で緘黙が取り上げられたことがあるのですが、その中で Bruce Black という専門家の次のようなコメントが掲載されています。"It was seen as a power struggle that manifested as a refusal to speak," says Black. "Now it is characterized as a failure to speak." つまり、"refusal to speak" というよりはむしろ、"failure to speak" の方が正確なのでしょう。
シポンブラム先生が
シポンブラム先生も、"refusal to speak" は間違いだと指摘されています。
ワシントンポストにも
USA Today
USA Today は、確か全米で発行部数が1位の新聞だったはず。2位は、記事で取り上げた The Wall Street Journal 。
他紙にも書いてありましたが、どうも彼の情緒障害に関する情報が、高校から大学にうまく橋渡しされていなかったようですね。
※ 私ばかりコメントして、スミマセン。m(_ _)m
有難うございます
有難うございます
こういう報道が出るということは、事件後きちんと調査が行われていたということなのですね
彼を取り巻く環境や、彼自身のこと、事件に至った道筋、原因は単純ではないと思います
やはり彼は非常に孤独で絶望していた
けれどもやはり人とつながることを渇望していたのだろう
そんな風に感じます
そしてたとえ悲惨なストーリーであっても
自分が主人公になって、カッコ良く生きたい、そういう夢も持っていた
それを、もっと素敵なストーリーに、彼にとっても、周りの人たちにとっても幸福なストーリーにすることだって出来たかもしれない・・そのためには、ほんの小さなきっかけや出会いだけでも充分だった可能性だってあるのではないか?・・安易な考えかもしれませんが、私にはそんな気がして、本当に悔やまれ心痛を感じる事件です
誤解、反感、恐れ等々・・悲惨な事件に様々な思いを持たれる方たちがいると思いますが
この事件を、たくさんの命と引き換えに届けられた貴重なメッセージとして、その意味を丁寧に紐解いていくことが
課題として与えられているのだと感じます
ルディさん、コメントありがとうございます。
この種の事件が起きると、事件が起きた直後はメディア(ワイドショーも含む)で大々的に取り上げられ、活発に議論が行われます。しかし、事件が起きた直後というのは概して調査が十分に行われておらず、事実に基づいた議論が限られた範囲でしかなされないきらいがあります。
そして、ようやく調査が進んで様々なことが明らかになってきたときには、事件のことは忘れ去られ、議論も下火に…ということになりやすいです。
今回の事件は、被害者やその関係者はもちろん、事件を起こした彼にとっても悲劇だっただろうと思います。今後の調査の進展を祈ります。
AP通信、ABCニュースなど
それから、この報道が広まったのとほぼ同じ頃、米国の緘黙支援団体SMG〜CANのフォーラム(掲示板)に、なぜかアクセスできなくなりました。このフォーラムは、緘黙関係者のネット上の集まりの場としては、おそらく米国最大です。何かトラブルが起きたのでなければいいのですが。
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