内山喜久雄の緘黙症研究(1)

2007年10月10日(水曜日)

場面緘黙症の論文について書いています。私は専門家ではないのですが、自分自身の勉強も兼ねて。

今回は、日本の研究です。

内山喜久雄 (1959). 小児緘黙症に関する研究-第1報 発現要因について-, 北関東医学, 9, 772-785.

50年近く前の研究ですが、近年の欧米の緘黙症研究に通じるところも多いです。

この論文は日本では古くからよく引用されてきて、『場面緘黙児の心理と指導』にも引用されています。内山(1959)というのがそれです。2000年代に入っても、私の知る限り、丹治(2002)に引用されています。

※ この記事の「近年の欧米の緘黙研究と比べると…」の一部に誤った内容があったので、修正しました。(10/11/2007)

■ 概要

M市(人口約17万の地方中都市)全域にわたって、学童24,245名を調査し、緘黙症発現の一般的傾向、個体的要因、環境的要因などの詳細を把握し、さらにこれに統計的検討を加えて、発現の場面、原因および過程を究明しようとしたものです。

調査の結果、小児緘黙症の出現率は0.19%(46人/24,245人)でした。緘黙症発現の個体的要因としては、(1)知能低劣、(2)学業不振、(3)言語歩行開始遅滞、(4)過去の著患等が症状形成に関連ありとされています。また、環境的要因としては、(1)父母を欠く者の少なさ、(2)父母の放任、母の溺愛、父母の他同胞に対する偏愛、(3)父母の学歴の低さ、(4)中等技術的職業に高発現率、筋肉労働的職業の絶対数の多さ、(5)祖母の溺愛、(6)交友関係の狭小さ、(7)学校内および未知の場所に多く発現、等が考慮されています。

■ 評価

気づいた点をいくつか指摘します。

* * * * * * * * * *

◇ 時代背景

この論文が発表された1959年は、国内外で場面緘黙症の先行研究がほとんどない状況でした。国内では、高木(1951)、中川(1952)、後藤(1956)が挙げられる程度でした。

◇ 当時としては最大規模の調査

高木(1951)、中川(1952)も同様の大規模調査ですが、規模は内山氏の調査の方が大きいです。当時としては、最大規模の調査だったと言えます。

[調査対象の学童の数]

高木(1951):4,203人
中川(1952):約1,950人(失礼、私の資料不足により、正確な数が分かりません)
内山(1959):24,245人

◇ 詳細な調査

調査の内容は、発現の一般的傾向(場面別、程度別、地域別、性別)、発現の個体的要因(知能、学業成績、生育歴、現在症、近親関係における発現)、発現の環境的要因(養育者、同胞、交友)と、広範囲に及んでいます。これだけ広範囲な緘黙症児の調査は、少なくとも当時の日本では初めてのものだったのではないかと思います。

日本では、今日においても、これだけ大規模で詳細な緘黙症児の調査は、あまり行われていません。日本では少数の事例を扱ったケーススタディが多いのが特徴です。欧米では、近年、今回の内山氏のような多数の緘黙症児の調査が発表されることがあります。

◇ 緘黙症児と一般児等の比較

一部の調査(知能、出産状況、言語の開始期、歩行の開始期、欠損家庭)については、緘黙症児と一般児等の調査結果が比較され、有意差が検討されています。ただ、比較対象とされている一般児等は、内山氏自身が調査したものではなく、他の研究から引用したものです。

こうした研究も、日本では他にあまりありません。日本では少数のケーススタディが多いのですから、当然と言えば当然です。欧米では近年、この種の比較研究が日本に比べると盛んに行われています。比較対象とされる一般児の調査も緘黙症児と同様に行う、対照実験です。

◇ 考察について

例えば、内山氏の調査の結果、緘黙症児は一般児童に比べて知能の低い者が有意に多いことが明らかになっています。しかし、もしそうでも、それを直ちに発現要因に結びつけることはできないのではないかと思います。これだけでは、知能が低いから緘黙症になるのか、緘黙症だから知能が低くなるのかは分からないからです。

ですが、内山氏は、緘黙症児の知能の低さを発現要因に結び付けています。両者の間を何らかの理論で結び付けているようです。「知能低劣な場合には、学習場面や生活場面への適性能力に欠けやすく、場面回避から葛藤→症状形成→発現の経過を辿る」この「葛藤」という概念は、知能の考察に限らず、他の考察にもよく出てきます。よく分からないのですが、精神分析方面の理論でしょうか?

◇ 近年の欧米の緘黙研究と比べると…

数多くの緘黙症児を調査する試みは、これまでもこのブログでお話してきた通り、近年欧米でも行われています。そこで、今回の内山氏の研究と、同種の近年の欧米の研究 (例えば、これまでご紹介してきたBlack and Uhde, 1995; Dummit et al., 1997; Steinhausen and Juzi, 1996 など) とを比較してみることにしましょう。

まず、多数の場面緘黙症児を調査し、一般的な特徴を明らかにしようとする点は、共通しています。

次に調査方法についてですが、内山氏の研究は、小児緘黙症の定義が曖昧です。何をもって小児緘黙症としたのか、明示されていません。※ この記述は誤りです。詳しくは、この記事末尾の[注]で解説します。(10/11/2007)近年では、DSM や ICD の登場により、診断基準が明確化、標準化されていて、欧米の研究では特に DSM による場面緘黙症の診断基準が定義としてよく採用されています。

調査方法に、質問票と面接が用いられている点も、両者に差はありません。ただ、近年では心理尺度や面接方法の開発が進んでいるようで、近年の欧米研究では、既存の心理尺度を用いた質問票や面接を用いた調査が行われているようです(このあたり、ちょっと自信がありません)。

それから、調査内容についてです。内山氏の調査項目のうち、緘黙症の出現率や場面別の緘黙状況、緘黙症児の社会人口学的背景等は、近年欧米でも調査されています。一方で、内山氏は父母の養育態度を調査していますが、この調査は近年の欧米研究ではあまり行われていません。また、欧米で近年盛んに行われている、緘黙症児の不安(不安障害の併存など)や反抗行動、トラウマの有無についての調査は、内山氏は行っていません。

■ 第2報

内山氏は、この論文と同時に、「小児緘黙症に関する研究-第2報 治療方法について」を発表しています。これは、今回の論文と同じ『北関東医学』の第9巻に収録されています。第1報と第2報とを合わせた小児緘黙症研究の総ページ数は、28ページに及びます。

この第2報については、次回あたりにご紹介します。

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[注]

小児緘黙症の定義についてですが、内山氏は、次のような児童の報告を各学級担任教師に求めています。「入学以来学級ないし学校内において、全くもしくはほとんど発言せず、学習指導ならびに生活指導上、重大な支障をきたしている児童」なお、ろう児は、調査対象の小学校には1名もいないことが確認されています。また、不就学児は研究対象から除外されています。(10/11/2007)

[関連記事]

◇ 緘黙症の代表的論文・書籍(日本編)場面緘黙症Journal特選記事
◇ 内山喜久雄の緘黙症研究(2)

[参考文献]

◇ 河井芳文, 河井英子 (1994). 場面緘黙児の心理と指導-担任と父母の協力のために-, 田研出版.
◇ 後藤毅 (1956). 情緒的障碍に因る緘黙児に対する心理療法の一事例. 大阪市立大学家政学部紀要, 3(5), 249-253.
◇ 高木四郎 (1951). 口をきかない子供-事例研究その2-, 児童心理と精神衛生, 1(5), 52-55, 62.
◇ 丹治光浩 (2002). 入院治療を行った選択性緘黙児の長期予後について, 花園大学社会福祉学部研究紀要, 10, 1-9.
◇ 中川四郎 (1952). 山間工業地域における学童の精神医学的研究. In 中脩三 (Eds.). 異常児 (pp. 99-100). 医学書院