内山喜久雄の緘黙症研究(2)

2007年10月17日(水曜日)

内山喜久雄氏の研究について、続けます。私は専門家ではありませんが、自分自身の勉強も兼ねて。今回は第2報です。

内山喜久雄 (1959). 小児緘黙症に関する研究-第2報 治療方法について-, 北関東医学, 9, 786-799.

こう書くと驚かれる方もいらっしゃるかも知れませんが、近年発売された『場面緘黙児への支援』と、似た治療法が用いられています(と私は思います)。

■ 概要

脱感作療法、集団効果を主とした支持療法の併用により、緘黙症児22名の治療を試みたものです。

脱感作療法とは行動療法の一つで、話しやすい場面から話しにくい場面へと、少しずつ話せるようにしようという治療法です。内山氏は、次のような5段階を設定しています。それぞれの段階に約1週間の間隔をおきます。

1 導入段階--小室で患児と個人面接し、患児の "ハイ" という元気な返事を期待する。

2 馴到段階--教室に移り、患児の親しい友人1~2名のみが同席し、口頭であいさつができるようにする。

3 促進段階--同じ教室で、友人の数を5~10名とする。教科書などの簡単な文章を読ませる。内容は患児の能力に応じて決定する。

4 現実段階--普通教室における通常の学習場面で、前段階において音読の練習をした文章を全級友の面前で朗読させる。この計画は予め授業内容に自然な形で織り込んでおく。

5 自発段階--学校内の職員室、教室、廊下など、適宜の場所において、教師間の伝言を患児に口頭で行わせる。自発性を訓練するため、治療者は教師が患児に要件の趣旨のみを与え、発言様式は患児に一任するように配慮する。

集団効果を主とした支持療法とは、脱感作療法に参加した治療者や友人達に支持的態度をとらせるものです。例えば、脱感作療法を行う際には、治療者がやさしい言葉をかけながら患児の手を温めたり、名前を呼ばれて "ハイ" と返事ができたときは特に称揚したりします。

こうした治療を行った結果、対象患児22名中、有効17例、不変2例、治療不能3例という結果を得ています。症状が長期かつ強固な場合には治療効果は皆無ないし僅少でした。

■ 評価

気づいた点を指摘します。
* * * * * * * * * *

◇ 場面緘黙症の治療に行動療法を用いた日本初の報告?

1959年は、場面緘黙症の先行研究が国内外でまだ乏しかった時代です。治療の報告も少なく、国内では、非指示的遊戯療法を用いた後藤(1956)の研究が挙げられる程度でした。特に行動療法については、内山氏の研究は場面緘黙症児に用いた国内初の報告ではないかと思います。

◇ 多数の緘黙症児の治療報告

この研究の特徴は、22名という多数の緘黙症児を、統一された方法で治療を試みた点です。有効例は17例でしたが、これで治療がどの程度有効だったかが判断できます。こうした研究は、今日でもなかなか発表されません。

※ ところで『場面緘黙児への支援』の治療法が適用された場面緘黙症児のうち、いったい何%の子の症状が改善したのでしょうか。治療に失敗した例は全体の何%なのでしょうか。本には書かれていなかったような…。

◇ 集めた緘黙症児22名は?

気になるのは、内山氏が緘黙症児22名をどのように抽出したのか、そして抽出した緘黙症児はどういった子たちなのか(男女比、年齢等)について記述がないことです。緘黙症の定義もなく、いったいどういう基準で抽出された子たちかが分かりません。

第1報で抽出した緘黙症児をそのまま研究対象にしたのだろうかと思いきや、「ただしこれらは第1報における対象とは直接の関係はない」とあります(「これら」とは、対象児のことです)。当時は、こういうことまで詳述する必要はなかったのでしょうか。

◇ 5段階の脱感作、『場面緘黙児への支援』の「会話力の階段」に似ている!

先ほど概要で引用した脱感作療法の5段階ですが、『場面緘黙児への支援』に出てくる「会話力の階段」とよく似ていると思うのは私だけでしょうか。このように段階を踏んで少しずつ耐性をつけていく、という脱感作療法の原理は、50年前も今日も変わりないようです。

ただ、「会話力の階段」は、緘黙症児が話せない場面を場所、人、活動の3つの要素に分けています。内山氏の5段階の場合は、場所や人の要素は盛り込まれているのですが、活動の要素はありません。場所や人が段階分けされているのは、第1報で緘黙症児が見知らぬ場所や人ほど緘黙症状が強いという事実が明らかになったことを踏まえてのものかもしれません。

◇ 治療の効果について

5段階の脱感作療法を、1段階につき1週間の間隔を置いて行っているということは、5段階×1週間=5週間で治療計画が終了ということになります。この5週間で、対象患児22名中、有効17例、不変2例、治療不能3例という結果が出ています。

にわかには信じがたいです。わずか5週間で、22名中17名の子どもの緘黙症が改善したというのですから。ですが、もし本当に改善したのだとしたら、これは大変な発見です。

もしかすると、一時的に少し話せるようになっただけではないか、などと穿った見方もしたくなります。ですが、治療の予後も概ね良好なのです。例えば、「学校においても次第に発言するようになった。現在やや口数がすくない程度で問題はなくなっている」という具合です。もっとも、予後調査がどれだけの時間間隔を空けて行われたのか、はっきり記されていません。

また、「症状が長期かつ強固な場合には治療効果は皆無ないし僅少」という結果も出ています。同じ脱感作療法の原理を用いた治療法を示した『場面緘黙児への支援』でも、「本書で提示される方法で救われる子どもは、緘黙のごく初期で症状があまり重篤化していない場合に限られるのではないか」と指摘されています。内山氏の研究からおよそ50年経った今日でも、専門家から同じような指摘がなされている点は注目したいです。

■ 日本の場面緘黙症研究と内山氏

最後に、日本における場面緘黙症研究と、内山氏の関わりについてお話します。

内山氏は、前回お話した第1報、今回取り上げた第2報に続いて、さらに翌年の1960年に「緘黙の形成要因ならびに心理的機制について」を『児童精神医学とその近接領域』に発表しています。第1報のダイジェストのような内容ですが、これもまたよく引用されてきました(『場面緘黙児の心理と指導』にも参考文献に挙げられています)。

また、1973年の十亀史郎著『講座情緒障害児〈第3巻〉自閉症児・緘黙児 (1973年)』や、1989年の坂野雄二著『無気力・引っ込み思案・緘黙 (情緒障害児双書)』では、内山氏は監修を務めています。なお、内山氏は、講座情緒障害児シリーズ、情緒障害双書シリーズ全てで監修を務めています(ただし、どの程度深く本の内容に関わったかは、私には分かりません)。

内山氏が発表した3本の論文も、監修した2冊の緘黙関連書籍も、いずれも被引用回数が多いです。日本の緘黙症研究(特に昔の研究)は、内山氏が大きな影響を与えていたのかもしれません。

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[参考文献]

◇ McHolm, E.A., Cunningham, E.C., and Vanier, K.M. (2007). 場面緘黙児への支援 学校で話せない子を助けるために (河井英子 and 吉原桂子, Trans.). 田研出版. (Original work published 2005)
◇ 後藤毅 (1956). 情緒的障碍に因る緘黙児に対する心理療法の一事例. 大阪市立大学家政学部紀要, 3(5), 249-253.