場面緘黙症の心理アセスメントと治療の実務指針

2007年11月07日(水曜日)

このブログでは、場面緘黙症の論文について紹介しています。私は専門家ではなく、自信もないのですが、自分自身の勉強も兼ねて。

今回の論文はこれです。

Dow, S.P., Sonies, B.C., Scheib, D., Moss, S.E., and Leonard, H.L. (1995). Practical guidelines for the assessment and treatment of selective mutism. Journal of the American Academy of Child and Adolescent Psychiatry, 34(7), 836-46.

■ 概要

場面緘黙症の心理アセスメントと治療のための実務指針の作成を試みたものです。したがって、臨床家向けと言っていいと思います。実務指針ですので、論文とはいささか違うかもしれません。

■ 考察

◇ 場面緘黙症と不安について

今回の論文は、場面緘黙症は小児期の不安障害であるという、比較的最近欧米で広まっている仮説を踏まえたものです。

欧米の緘黙症研究と日本の研究の大きな違いの一つは、ここにあります。日本では伝統的に親の養育態度が緘黙症の原因として強調されることが多いのですが、不安障害という見方は欧米に比べると広まってはいません。

ただ、日本でも、近年、場面緘黙症と不安障害の関わりについて触れる専門家も増えてきています。『場面緘黙児の心理と指導』の河井芳文氏が研究されていた頃に比べて、日本の専門家の緘黙症に対する理解は変わってきているようです(さすがに、20年ほど経っていますから)。

◇ 心理アセスメントについて

場面緘黙症児の心理アセスメントのための親面接、子どもとの面接、心理検査の実務的な方法について詳しくまとめられています。

ときどき、場面緘黙症Journal掲示板で、私は場面緘黙症なのでしょうか、どうすれば治るのでしょうかというご質問をいただくのですが、こうした掲示板で行うやりとりに比べれば、臨床家は実に緻密にアセスメントを行うことが分かります。場面緘黙症Journal掲示板では別に専門家が掲示板に常駐しているわけではなく、こうしたアセスメントは期待できません(どなたも期待されていないでしょうが…)。ただ、当事者の方に、「どう思われますか?」と軽く質問をしてみる、ということはできます。

◇ 治療法について

今回の論文では、場面緘黙症児に用いられる様々な治療法について検討されています。

* * * * * * * * * *

これは、日本の緘黙症研究にも示唆するところが多いです。近年の日本の研究は、治療論が中心ですから。そのほとんどは少数の事例を扱った研究で、特に、遊戯療法(プレイセラピー)が目立ちます。

欧米でも、治療論については、少数の緘黙症児を対象とした事例研究が多いという事情は変わらず、著者はこうした事例研究の限界について触れています(一般化に問題がある等)。これは、日本の専門家にとっても耳が痛いでしょう。

気になるのは、(欧米では)精神力動療法よりも認知行動療法の方が、場面緘黙症の治療に用いられるようになってきているという指摘です。精神力動療法には、遊戯療法や芸術療法が含まれます。その上、精神力動療法は「時間がかかり得る」(can be time consuming)という短所が指摘されています(長所は指摘されていません)。この点について、日本の専門家、特に遊戯療法を重視する専門家の見解を聞きたいところです。先ほどお話したとおり、日本では遊戯療法が盛んですから。

なお、場面緘黙症の種々の治療法を検討したものについては、英語圏では、最近のものに Coha, Chavira, Stein (2006) があります。比較的入手しやすいものとしては、『場面緘黙児への支援』でも、簡単にではありますが治療法の検討がなされています。日本のものでは、少し古くなりますが 相場 (1989) が、80年代の事例研究を簡潔にまとめています。もう少し新しいものでは、椎名, 相場 (1998) が、どうもそれらしいのですが、これは私はまだ読んでおらず、確かなことは知りません。

◇ 『場面緘黙児への支援』の原型?

今回の論文では、「学校に基礎を置いた、複合領域的個別的治療プラン」(School-Based Multidisciplinary Individualized Treatment Plan)が薦められています。これは学校環境において行う、行動療法を用いた治療プランで、教師、臨床家、親を関与させるものです。

これは、後の『場面緘黙児への支援』で提示されている治療プランとよく似ていると私は思うのですが、どうでしょうか。もしかすると、「学校に基礎を置いた、複合領域的個別的治療プラン」をカナダの実情に合わせて発展させ、それを保護者向けにまとめたものが『場面緘黙児への支援』ではないだろうかとも思えてきます。ですが、『場面緘黙児への支援』の参考文献には本論文は挙げられていないので、もしかすると違うのかもしれません。

◇ 引用状況

せっかく作った実務指針も、実際に臨床家に参考にされなければ意味がありません。しかし、どれだけ参考にされたかは、分かりません。

学術文献の中には、この実務指針に従って場面緘黙症児のアセスメントを行った著名な論文があります。2000年に Hanne Kristensen というノルウェーの研究者が発表したもので、次週あたりにブログで取り上げる予定です。

今回の論文は学術文献でもわりとよく引用されるのですが、実務指針そのものとは直接関係が薄い箇所が引用されることが多いです。

◇ Annual Progress in Child Psychiatry and Child Development 版

本論文は、Annual Progress in Child Psychiatry and Child Development 1996 という書籍にも掲載されています。

◇ 著者について

著者は、アメリカ国立精神衛生研究所 (National Institute of Mental Health) とアメリカ国立衛生研究所 (National Institute of Mental Health) のグループです。

余談ですが、NIMH は現在、場面緘黙症児への行動療法を用いた研究を行っていて、参加者を募っているようです。 "Integrated Behavioral Therapy for Treating Children With Selective Mutism" という研究です。ネットで検索すると、ヒットします。


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[関連記事]

◇ 緘黙症の代表的論文・書籍(英語編)場面緘黙症Journal特選記事

[文献]

◇ Cohan, S.L., Chavira, D.A., & Stein, M.B. (2006). Practitioner Review: Psychosocial interventions for children with selective mutism: a critical evaluation of the literature from 1990-2005. Journal of child psychology and psychiatry, and allied disciplines, 47(11), 1085-97.
◇ McHolm, E.A., Cunningham, E.C., and Vanier, K.M. (2007). 場面緘黙児への支援 学校で話せない子を助けるために (河井英子 and 吉原桂子, Trans.). 田研出版. (Original work published 2005)
◇ Kristensen, H. (2000). Selective mutism and comorbidity with developmental disorder/delay, anxiety disorder, and elimination disorder. Journal of the American Academy of Child and Adolescent Psychiatry, 39(2), 249-256.
◇ 相場壽明 (1989). 選択性緘黙の理解と治療-わが国の最近10年間の個別事例研究を中心に-. 特殊教育学研究, 29, 53-59.
◇ 河井芳文, 河井英子 (1994). 場面緘黙児の心理と指導-担任と父母の協力のために-, 田研出版.
◇ 椎名幸由紀, 相馬寿明 (1998). 選択性緘黙症の治療過程に関する研究-事例研究を中心に- 茨城大学教育学部紀要(教育科学), 47, 153-164.