場面緘黙症の併存疾患(特に発達障害/遅滞)

2007年11月14日(水曜日)

このブログでは、場面緘黙症の論文について紹介しています。私は専門家ではなく、自信もないのですが、自分自身の勉強も兼ねて。

今回の論文はこれです。

Kristensen, H. (2000). Selective mutism and comorbidity with developmental disorder/delay, anxiety disorder, and elimination disorder. Journal of the American Academy of Child and Adolescent Psychiatry, 39(2), 249-256.

■ 概要

例によって、場面緘黙症児の標本調査です。特に、併存疾患(発達障害/遅滞、不安障害、排泄障害等)の調査に重点が置かれています。

診断基準には米国精神医学会のDSM-IV(精神疾患の診断・統計マニュアル第4版)が採用されていますが、場面緘黙症と発達障害/遅滞との関連を調べるため、場面緘黙症については変更された診断基準が用いられています。具体的に言えば、コミュニケーション障害やアスペルガー障害はDSM-IVは場面緘黙症には含めないのですが、この研究では含めています。

54人の緘黙症児と108人の対照群を調べた結果、発達障害/遅滞[注]が緘黙症児に68.5%(対照群に13.0%)、何らかの不安障害が緘黙症児に74.1%(対照群に7.4%)、排泄障害が緘黙症児に31.5%(対照群に9.3%)認められました。他にも、様々な併存疾患等が調べられています。

これらの結果から、著者は、場面緘黙症は独立した障害というよりはむしろ、様々な潜在的な脆弱性を反映した、不安の一つの症状であると結論付けています。生物学的には、緘黙症児は神経発達の未成熟さのために「日常的なトラウマ」に弱く、そのため新しい場面に対して不安や引っ込み思案というかたちで反応してしまうのではないかと考察されています。

■ 考察

気づいたことを色々書きます。

* * * * * * * * * *

◇ 場面緘黙症とは何か

DSM-IV では、場面緘黙症の診断基準からコミュニケーション障害や広汎性発達障害(アスペルガー障害含む)を除外しているのですが、著者はこれらを含めて調査した上に、「場面緘黙症の診断的研究には不安と発達障害/遅滞の両面に焦点が当てられるべき」などと主張しています。

DSM と違うこと考えていいのか、という声がどこからか聞こえてきそうですが、別にいいのです。DSM といえども絶対のものではなく、議論を重ねて必要とあれば改訂される必要があります。今回の論文は、DSM にとらわれず発達障害/遅滞にまで踏み込み、場面緘黙症とは何かを考え直した意欲的な論文だと思います。

ただ、今回の研究では、場面緘黙症の診断基準が少し異なるので、注意を要します。他の研究と比較する際には、この診断基準の相違を考慮する必要があります。著者は発達障害/遅滞を視野に入れている分、場面緘黙症を他の論者に比べて広く考えているのではないかと思います。特に、「場面緘黙症児の68.5%に発達障害/遅滞」は、このあたりのところを理解していないと、大きな誤解のもとになります。

◇ 生物学的な問題

近年欧米では、場面緘黙症の病因について生物学的な視点から捉えようという動きがあります。

今回の研究は、概要のところでお話したとおり、神経発達の未成熟さに注目しています。

その一方で、場面緘黙症は、ハーバード大学のグループが研究した、幼児の「行動抑制(Behaviral Inhibition)」と似ているという指摘もなされてきました(Bergman, Piacentini, and McCracken, 2002)。こちらは、脳の扁桃体という部位の機能が場面緘黙症と関係しているという説明です。

両者の学説は、別のものですよね…?複数の学説があるということでしょうか。(このあたり、よく分かりません)

◇ 引用状況

この論文は、よく引用されています。場面緘黙症と併存疾患の関係について調べた比較的新しい研究ですし、また、不安に関する研究の中でも、特に神経発達の遅れに着目した研究として、場面緘黙症の病因や概念化を考える上でも、引用されています。

私が見た中で最も大きく今回の論文を取り上げていたのは、日本の笠原麻里氏で、「この研究結果は、臨床現場で緘黙の子どもに直接接しているわれわれにも、充分役立つ指摘である」と評価しています(笠原, 2006)。医療や教育の現場では、広汎性発達障害の子の中に緘黙症状が見られることは、実際にあるらしいです。

ですが、著者の学説が必ずしも広く受け入れられているわけでもありません。

次のような指摘もあります。「合併症の診断を考えた比較可能な研究が文献の中に欠けている。それゆえ、我々は、合併症や発達障害については最小限の結論を出すことしかできない。((C)omparable studies looking at co-morbid diagnoses are lacking in the literature; therefore, we can make minimal conclusions about co-morbidity and developmental disorders.)」(Krysanski, 2003)訳には自信がないのですが、要するに、同様の研究がほかになく、合併症や発達障害について結論を出すにはまだ早いということでしょうか。ちなみにその後、同様の研究は、私の知る限りあまり出ていないようです(出ていたらごめんなさい…)。

医療や教育の現場に携わる方にとっては今回の論文は実感からして役立つ指摘かもしれませんが、それだけに、今後さらなる研究が期待されます。

◇ 著者について

著者の Hanne Kristensen 氏はノルウェーの専門家で、場面緘黙症に関する研究も多数発表しています。特に以下のものは、よく引用されます。

Kristensen, H. (2001). Multiple informants' report of emotional and behavioural problems in a nation-wide sample of selective mute children and controls. European Child and Adolescent Psychiatry, 10(2), 135-142.

Kristensen, H. and Torgersen, S. (2001). MCMI-II personality traits and symptom traits in parents of children with selective mutism: a case-control study. Journal of abnormal psychology, 110(4), 648-652.

2007年には Svenn Torgersen 氏との共著で、子どもの社会不安障害と発達障害/遅滞の関係に関する論文 "Is social anxiety disorder in childhood associated with developmental deficit/delay?" を、ヨーロッパの学術雑誌 European Child and Adolescent Psychiatry に発表しています。今回ご紹介した論文と関係が深そうな研究ですが、ごく最近発表されたため、どの号かは確認できず、まだ要約(abstract)しか読んでいません。


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[関連記事]

◇ 緘黙症の代表的論文・書籍(英語編)場面緘黙症Journal特選記事

[注]

この論文の著者が言う「発達障害/遅滞」には、以下のものが含まれます。コミュニケーション障害(受容-表出混合性言語障害、表出性言語障害、音韻性障害、吃音障害)、発達性強調運動障害、軽度精神発達遅滞、アスペルガー障害、慢性チック障害。

[文献]

◇ Bergman, R.L., Piacentini, J., McCracken, J.T. (2002). Prevalence and description of selective mutism in a school-based sample. Journal of the American Academy of Child & Adolescent Psychiatry. 41(8), 938-946.
◇ Krysanski, V. (2003). A brief review of selective mutism literature. The Journal of Psychology, 137(1), 29-40.
◇ 笠原麻里 (2006). ことばに関する問題-場面緘黙・吃音-. こころの科学, 130. 56-61.