自己紹介

2006年01月14日(土曜日)

富氏(ハンドルネーム。何て読むのか自分でも分からん)は、中流家庭の長男として生まれました。生まれてまもなく、父親の仕事の関係で関西地方に移り住むことになるのですが、9歳(小学4年生)の春に、父に癌が見つかり、故郷に戻ることになりました。その後まもなく父は亡くなり、母子家庭、かぎっ子の生活が始まります。

この転校先で、人生が暗転します。これまで無口で引っ込み思案だった性格が極端にひどくなり、学校など家の外では極度の緊張から、ほとんど何も話せない子供になってしまいました。確かにクラスには数人ぐらいは無口なタイプの子供がいるものですが、私の場合は度を越していました。言葉によるコミュニケーションという、ごく当たり前のことがままなりません。しかも、単に無口になっただけではなく、笑うことができなくなったり、さらにはいじめの対象にされたり、人と接するのが異常に怖くなったり、強い自己否定感に襲われたりと、まあ大変でした。友達を作るだなんて、夢のまた夢でした。後に「場面緘黙症」という情緒障害を知ったのですが、この症状に実に近いです。

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父の死後、さらに転校するのですが、症状は変わりません。小6のとき、担任の先生から「果たしてこの子は将来社会でやっていくことができるのだろうか」などと鋭すぎる心配をされたりしたものです。

その後、中学、高校、大学と、不登校も経験せずに進学を続け、その過程で症状は徐々に改善していったのですが、その改善のスピードがカタツムリ並みの遅さでした。そのため、学生時代を通じて友達すらまともに作ることもできず、はっきり言って学生時代にはろくな思い出がありません。(チクショー!青春なんて大っ嫌いだー!!)思い出がないだけならいいのですが、人付きあいの経験値が極端に乏しいために、人の接し方がほとんど分からないまま大人になってしまいました。

そうして、大学4年の時に「公務員試験の勉強」を名目に自宅にひきこもってしまいました。自分に対する甘さもあったのかもしれません。ただ、ひきこもりといっても全く自宅から出られないわけでなく、ある程度の買い物などは可能でした。

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現在は、自宅でブログの運営や英語の勉強、ひきこもりデイケアへの参加などをしています。デイケアに通うようになってから、私の症状は急激に改善し、今や自分から声をかけて友達を作ることができるまでになったのですが、履歴書にこれだけ大きな空白ができた今になって急に良くなったところで、大して嬉しくありません。

最後まで読んでいただき、感謝です。

[ 参考 ]

前略プロフィールYahoo!Japan におきましても、プロフィールの公開をしています。

注. この記事は、2005年11月17日にニートひきこもりJournal に掲載した記事を一部編集したものです。