緘黙ストーリー、中学生編の第3回です。通算第30話をお届けします(実にいい数字の並びです!更新日が3月3日、記事番号が300番だったらもっと良かったのに、惜しい!)。
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○ 緘黙ストーリーのあらすじ⇒
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当時の私は場面緘黙症を知らず、自分が学校で話せないのは性格の問題と考えていました。そして、中学に入ったらこの性格を変えるんだと意気込んでいました。
ところが、学校生活を続けているうちに、性格を変える(場面緘黙症を治す)ことよりも、自分にはもっと大事なことがあるのではないかと考えるようになりました。それは、
勉強でした。
■ なぜ、そこまで勉強が大事だったのか?
中学に入ると、小学校のときよりも勉強の負担が重くなるため、勉強の優先順位が高くなるのは当然のことでした。
それに加えて、私にはどうしても勉強を重視したくなる、様々な理由があったのでした。
◇ 高校の学歴がものを言う土地柄
私が住んでいた地域では、高校の学歴が非常に重視される土地柄でした。もしかすると、最終学歴よりも、どこの高校を出たかの方がこの地域社会では重視されるのではないか、と思われるほどでした。こうなると、中学の勉強に自然と力が入ります。
◇ 勉強重視の校風
私が住んでいた校区は文教地区で、教育に力を入れる保護者が多いことで知られていました。市内の中学校で統一テストをすると、だいたい私が通う中学校がトップクラスの成績だったと聞きます。こうした環境の影響も受けていたことでしょう。
◇ 両親が難関高校出身だった
しかし、最も大きかったのは、私の両親です。両親は中学時代、それそれは優秀な成績を収めていたそうで、県内でもトップクラスの高校に進学していました。このため、緘黙や対人恐怖は多少放って置いてもいいから、とにかくしっかり勉強して、親と同じように難易度の高い高校に進まないといけないというプレッシャーがあったのでした。
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■ 勉強に燃える日々
そういうわけで、いつの間にか私の最大の関心事は、緘黙を治すことよりも、試験で良い点をとることになってしまっていました。
試験についてはどこか強迫的なところがあって、少しでも悪い点数を1回でもとってしまうと、自分の将来はなくなってしまうのではないかという大仰なことを考えていました。
中学1年の頃だと、中間、期末といった定期試験で高得点を取ることが一番の目標で、いつもそのことばかり考えていました。クラスの成績上位者は学級通信で発表されるので、いやがおうにも競争心が煽られました。
学級通信で発表される成績上位者は、例えば次のようなところでした。
[総合(5教科)]
徳川家康 440点
巴御前 431点
ユリウス・カエサル 426点
古賀政男 420点
イサベル1世 418点
プライバシーへの配慮か、担任の先生は実名では成績を発表せず、生徒一人一人に「徳川家康」「巴御前」といった仮名をつけて発表していました。しかし、クラスメイトの間では、徳川家康は○○君だとか、巴御前は○○さんだとか、だいたいどの仮名が誰かということは知れ渡っていました。
驚いたのは、クラスでいつもトップ争いをしている「巴御前」が、実は私が片思いをしていたKさんだと知ったことでした。一見、ただのミーハーな女子中学生にしか見えないKさんがそれほど優秀な生徒だったとは、人は見かけによらないものです。私は成績ではいつもKさんにはかなわず、これは大変な人を好きになってしまったと思いながら、Kさんを超えることを目標に、ますます勉強に励む毎日を送っていたのでした。
■ むすび
場面緘黙症の中学生にとって、緘黙を治すということは重要な課題でしょう。ですが、中学生には緘黙を治す以外にも、勉強をしなければならない、部活動も頑張らなければならない、家のお手伝いも大事だ、としなければならないことは数多くあります。
それぞれに優先順位を決めて、優先順位の高いものには特に力を入れ、低いものはそれなりにこなすわけですが、私の場合、勉強の優先順位が一番高くて、緘黙を治すことの優先順位は低かったと言えます。
ここまで書いて、なんだか自分の緘黙がいつまでも長引いたのは、自分が選んだことのようにも思えてきました。(>_<) 優先順位の置き方は正しかったのか…?
■ 次回予告
次回は、私がこのクラスで無事に過ごすことができたか、先生やクラスメイトは私とどう接したかについてお話する予定です。
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◇
「富重ちゃん」