一谷彊らの緘黙研究(1973)

2008年03月13日(木曜日)

このブログでは、時々場面緘黙症の論文についてまとめています。私は専門家ではないのですが、自分自身の勉強も兼ねて。

今回は、日本の研究です。

一谷彊, 津田浩一, 西尾博, 岡村憲一 (1973). 場面緘黙症の研究(Ⅰ). 京都教育大学紀要, A, 42, 1-28.

少し古い文献ですが、被引用回数が比較的多い文献なので、押さえておきます。

■ 概要

場面緘黙症の子ども20例を対象に、主として、その形成要因と力動的な心理機制を検討したものです。

まず形成要因については、(1)始語の遅れ、(2)顕著な既往歴、(3)父の性格・母の性格、(4)葛藤家庭、(5)神経症的習癖、(6)母の就労、(7)養育者の接触障害、(8)母性の異常、(9)社会的接触経験の少なさまたは貧困等が挙げられています。

次に心理機制についてですが、症状発現にいたるための背景的な防衛的心理機制として、(1)退避、(2)退行、(3)固着、(4)反抗、(5)拒否、(6)無視、(7)放棄、(8)妥協、(9)置換えが、そしてその基底にはたらく感情、情緒、欲求的なものとして、(1)不安、(2)劣等感、(3)孤立感、(4)攻撃、(5)敵意、(6)怒り、(7)依存欲求、(8)注意喚起、(9)(分離への)恐怖などが考えられるとしています。

■ 考察

気づいたことを色々書きます。

◇ 欧米の場面緘黙症の研究史

今回の論文で特筆するべきは、場面緘黙症の研究史、特に海外(ドイツ、イギリス、アメリカ)の研究の歴史が非常に詳しくまとめられていることです。海外の研究動向をここまで詳しくまとめた日本の緘黙文献は、そうそうありません。

面白いことに、この論文がまとめられた当時は、場面緘黙症の形成要因、心理機制に関する研究には、日本も英米も大きな違いがなかったようです。精神分析学の視点から分析が行われ、形成要因としては母子関係に注目が集まっていたのです。

ちなみに、日本の研究者は別に海外の研究動向を知らないわけではありません。全ての研究者がそうだとは言いませんが、今も昔も、海外の文献に目を通し、引用している日本の研究者は多いです。

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◇ 20名の緘黙症児から、形成要因、心理機制を研究

日本の緘黙研究で被引用回数が多い文献は、私が見たところ、だいたい次の3パターンに分けることができます。

(1) 本になっていて、しかもタイトルに「緘黙」の文字が入っているもの(『場面緘黙児の心理と指導』、『無気力・引っ込み思案・緘黙』など)

(2) 多人数の緘黙症児を調査し、形成要因や心理機制について研究したもの。70年代のものに多い(例。「小児期に発症する緘黙症の分類」、「児童期の選択緘黙についての一考察」など)

(3) 数多くの事例研究をまとめたもの(「選択性緘黙症の治療過程に関する研究-事例研究を中心に-」、「選択性緘黙の理解と治療-わが国の最近10年間の個別事例研究を中心に-」など)

今回の論文は(2)のタイプで、20名の緘黙症児の症例から、場面緘黙症の形成要因、心理機制を見出そうとしています。

場面緘黙症の形成要因、心理機制に関する研究は、日本では60~70年代は盛んだったのですが、80年代あたりからあまり行われなくなり、それ以降は治療論(特に遊戯療法、箱庭療法の事例研究)が多くなります。このためか、現代でも場面緘黙症の形成要因や心理機制の話になると、60~70年代、特に70年代の先行研究がよく引用されています。国内の緘黙関連文献は古い研究ばかり引用しているように見えますが、それにはこうした研究史が背景にあるのではないかと思います。

今回の論文も、そのように引用されることの多いものの一つと見ることができます。もっとも、今回の論文は、深谷ら(1970)、大井ら(1979)のものに比べれば、被引用回数が少ないです。

◇ 20名の調査方法

今回の論文で気になるのは、調査方法です。「昭和39年から昭和45年12月までの間に、大阪市と京都市の児童相談所に来所した児童で、判定の結果、場面緘黙症と診断されたもののうち、検査時点で、小学校在学中の20例(男児13名、女児7名)を選んで検討した。方法としては、児童相談所の調査結果から、結果に述べるような項目を中心に分析した」とあります。

場面緘黙症の診断基準はどういうものだったのでしょうか。全ての子供に同じ診断基準が適用されたのでしょうか。説明を読む限り、もしかしたら、色々な人が色々な基準で診断した症例を寄せ集めたものではないかとも思えます。

もっとも、もし寄せ集めたものだとしても、場面緘黙症児を多数集めるのは現実的には難しかったでしょうから、こういうかたちになったのは仕方がなかったのかもしれません。

◇ この研究には第2報があり、合わせて53ページにもなる

今回の論文に続けて、一谷氏らの研究グループは、同じ『京都教育大学紀要』の同じ号に、「場面緘黙症の研究(Ⅱ)- バウムテストおよびP-Fスタディにみられる特徴と予後との関係-」と題する論文を発表しています。こちらはそれほど引用されることがないので、このブログでは取り上げません。

しかし、今回の論文とバウムテストの第2報とを合わせると総ページ数は53ページにも及びます。これほどのページ数の緘黙研究が同一研究グループによって発表されたことは、緘黙研究史上あまりないことである、ということを最後に触れておきます。

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[文献]

◇ 相場壽明 (1989). 選択性緘黙の理解と治療-わが国の最近10年間の個別事例研究を中心に-. 特殊教育学研究, 29, 53-59.
◇ 荒木冨士夫 (1979). 小児期に発症する緘黙症の分類. 児童精神医学とその近接領域,
20(2)
, 1-20.
◇ 大井正己, 鈴木国夫, 玉木英雄, 森正彦, 吉田耕治, 山本秀人, 味岡三幸, 川口まさ子 (1979).
児童期の選択緘黙についての一考察. 精神神経学雑誌, 81(6), 365-389.
◇ 河井芳文, 河井英子 (1994). 場面緘黙児の心理と指導-担任と父母の協力のために-, 田研出版.
◇ 坂野雄二 (1989). 無気力・引っ込み思案・緘黙, 黎明書房.
◇ 椎名幸由紀, 相馬寿明 (1998). 選択性緘黙症の治療過程に関する研究-事例研究を中心に- 茨城大学教育学部紀要(教育科学), 47, 153-164.
◇ 深谷和子, 伊藤裕子, 松崎美津子, 野田昌代 (1970). 心因性緘黙症に関する研究(その1)
-発症仮説とその検討を中心に. 教育相談研究, 10, 51-84.