[緘黙] 緘黙しながら部活 [ストーリー]

2008年05月08日(木曜日)

緘黙ストーリー、中学生編の第5回です。通算第32話をお届けします。

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第29話「部活動選び」でお話したとおり、私は囲碁・将棋部に入りました。

■ 部活動の内容

囲碁・将棋部は、実質的には将棋部でした。囲碁をする生徒が一人もいなかったからです。

部活動の内容は、ただ将棋をする、それだけのものでした。ですが、多くの部員は、放課後に自宅で熱心に研究をしていました。部活動は実践の場だったわけです。

■ 最初は将棋が指せなかった

私は最初の部活動の回、他の新入生と違って対局(将棋の試合)ができませんでした。対局は、みんな自然に「一緒にやろう」と誘うなどしてするものでした。しかし、私にはそのようなことはできず、部活動の時間が終わるまで、黙ってぼーっと突っ立っているだけでした。このように、何もできずに黙ってぼーっと時間を過ごすのは、私の学校緘黙生活ではそれほど珍しいことではありませんでした。

私が部活動に参加して何回目のことだったでしょうか、ある新入生が、私に将棋をしようと誘ってくれました。しかし、私は、失礼にも相変わらずぼーっと突っ立っているだけでした。どうしてこういう態度をとったのかというと、うまく説明できません。

そのとき、側にいらした顧問の先生が、「富条君は、偉い人なんだ。頭を下げて『お願いします』と頼むんだよ」と冗談めかしておっしゃいました。そこで、その新入生はその通りにしたのですが、私もそれで恐縮して、彼と対局することにしたのでした。彼に頭を下げさせたりして、よくなかったと今でも思っています。

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■ 私の将棋の悪い癖

将棋を指すといっても、なにしろ場面緘黙症(自己診断)の私のことです。将棋を指せないほど緘黙はひどくはなかったのですが、それにしても色々と問題がありました。

◇ 対局後の検討ができない

対局が終わった後は、指しっぱなしではなく、「あのとき、こう指した方が良かったのではないか」などと過去に遡って検討するものです。しかし、学校で話せず、大変引っ込み思案だった私には、それができませんでした。

◇ 長考

あと、場面緘黙症と直接関係があったかどうかは分からないのですが、私には一手指すのにやたらと長い時間をかけてしまう癖がありました。こんな手を指したら相手にどう思われるだろうかとか、自分の決断に自信が持てなかったりして、なかなか指せなかったのです。部活動では持ち時間の制限がありませんでしたから、私ばかり長時間考えて、相手に迷惑をかけてしまいました。

■ 先輩たち

将棋部の先輩たちは優秀な方ばかりでした。特に3年生は全員が生徒会役員で、1年後には県内でも最も偏差値が高い公立高校に全員が進学していきました。

◇ I先輩

I先輩は将棋部の部長で、生徒会では執行委員という役職に就いていました。

後輩への面倒見がいい先輩で、ときどき私のクラスに来ては、学校で緘黙していた私に色々と助言をしてくださいました。しかし、その助言の内容はというと、

「一日2,000語話すことを目標にしろ。その次は3,000語だ」

といったものでした。そんなの無理です。一日200語、いや、20語でも難しいのに…。(>_<)

◇ K先輩

先輩の中でも、私はK先輩をとても尊敬していました。K先輩は、県の将棋大会(個人戦)で優勝するほどの実力だった上に、この中学校の生徒会長まで務めていました。K先輩も私のことを気に入ってくださっていました。「将棋が上手くなるには、得意戦法を作ること」という助言は今でも覚えています。

気になったのは、K先輩の苗字が、私が片思いをしていたKさんと同じだったことでした。きょうだいなのか、無関係なのか、私にとってはしばらく謎だったのですが、ある日、Kさんが友達にこんなことを話しているのをたまたま耳にしました。

「私のお兄さん、生徒会長だったんだって。今までずっと知らなかった。アハハ☆」

■ 次回予告

次回の緘黙ストーリーは席替えの話をしようかなと思っているのですが、まだ考えがまとまっていません。

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