十亀史郎『自閉症児・緘黙児』

2008年05月13日(火曜日)

本今回の話題は、十亀史郎著、『講座情緒障害児3 自閉症児・緘黙児』、黎明書房、1973年 です。

30年以上前の古い本ですが、「緘黙」という言葉を冠した数少ない本の一つで、名前だけなら聞いたことがあるという方もいらっしゃるかもしれません。私の近辺の自治体図書館には、場面緘黙症については唯一この本のみを所蔵しているところもあります。

ただ、場面緘黙症について学びたいのであれば、もっと新しい本を読んだほうがよいのではないかと私は思います。

■ 内容

この本は209ページあり、そのうち158~209ページが「緘黙症」の内容です。緘黙症について触れたものとしてはページ数はなかなか多いですが、1ページあたりの文字数は少し少なめです。それ以外のページは主に「自閉症」の内容ですが、ここではそれについては書きません。

「緘黙症」については、6つの節で論じられており、その内容は、研究史、緘黙症の分類、学校拒否(恐怖)症候、選択緘黙の分類、治療、おわりに、です。緘黙症の概念の整理や形成要因、心理機制の論述にやや紙幅が割かれていますが、これは、この時代に力を入れて研究されていた分野でもあります。

この本を監修した内山喜久雄氏は、1959~1960年にかけて、場面緘黙症に関する重要な論文を残しています(「内山喜久雄の緘黙症研究」参照)。

■ 考察

著者の十亀氏は、学校緘黙を「学校拒否(恐怖)症候」という独自の枠の中でとらえたり、選択緘黙の独特の分類を行ったりしています。とても野心的でユニークですが、このため、かえって場面緘黙症について初めて読む本としてはおすすめできません。特に、場面緘黙症の原因に親や祖父母の養育態度を挙げる学説を支持できない方には、そうです。

場面緘黙症に強い関心を持つ方で、最近の場面緘黙症に関する本もだいたい読んだ、さらに昔の先行研究にも目を通しておきたいという方であれば、読んでみてもよいとは思います。

◇ 海外の研究動向なんて、そんなの関係ない?

最後に、方法論のことで一つ。十亀氏は、冒頭で諸外国の緘黙症の研究史を紹介しながらも、次のように述べています。

しかしながら、諸外国での緘黙症に関する研究については学校恐怖症と同じく、特にその社会の文化的背景の相違が症状形成に関連を有すると考えざるをえない以上、一応の参考として評価するにとめておきたい。

こうして、この後は諸外国の研究動向については触れず、日本に限った緘黙症の論述が進みます。
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上のような考えがあってのことかどうかは分かりませんが、日本の場面緘黙症関連の研究は、必ずしも海外の先行研究を踏まえたものばかりではありません。

日本の緘黙症研究には、次の3タイプがあります。

1 海外の研究動向には全く触れないタイプ
2 海外の研究動向に触れつつも、「それはそれ、これはこれ」といった具合に、日本の研究動向と分けているタイプ
3 海外の研究動向に触れ、日本の研究動向とも特に区別をしていないタイプ

今回の十亀氏の本は、2番目のタイプと言えます。

なお、英語圏の文献を見ていると、場面緘黙症の研究は、特に国別に分けて考えるということは行われていないようです。その社会の文化的背景について触れられることも、少なくとも私の知る限りはありません。アメリカの文献も、ノルウェーの文献も、その他の国の文献も、みんな同じ「場面緘黙症の文献」として扱われます。

十亀氏は、日本の緘黙症については、恥ずかしがりや、対人恐怖症が多く、「うち」と「そと」の意識がなお強く受け継がれているという文化的背景が関係があると考えています。なかなか興味深いのですが、十亀氏はこの点については特に深く掘り下げてはいません。後世の研究者の間でも、こうした文化的背景が論点に上ったことはありません。

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