インクルーシブ教育
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特別支援教育について色々読んでいると、ときどき「インクルーシブ教育(Inclusive Education)」という言葉にぶつかります。このインクルーシブ教育、私もよく分からないのですが、自身の勉強も兼ねて、ごく基本的なところだけまとめてみます。
■ インクルーシブ教育とは何か
インクルーシブ教育とは、「障害を有する子どもを含むすべての子どもに対して、(1)個々の子どもの教育的ニーズにあった適切な教育的支援を、(2)原則として普通学級において実施する教育」(小野, 2005)のことです。
とすると、障害(障碍)のある子とない子を、特別支援学級と普通学級に分けるということをせずに、同じ教室で教育を行うということでしょうか。もちろん、机を並べつつも、その子のニーズに合った支援を行うわけです。
■ サマランカ宣言
特別支援教育が広く知られるところになったのは、1994年に採択された「特別なニーズ教育における原則、政策、実践に関するサラマンカ声明ならびに行動の枠組み(サマランカ宣言)」がきっかけです。この宣言は、ユネスコとスペイン政府が共催した「特別なニーズ教育に関する世界会議:アクセスと質」の中で採択されました。内容は、インクルージョン教育の実現を促すものです。
サマランカ宣言は和訳され、インターネットでも公開されているので、興味のある方は読んでみるとよいでしょう。
■ 日本では
日本はサマランカ宣言を批准した国の一つですが、日本ではインクルーシブ教育の実施状況はどのようなものなのでしょうか。
この点については、少し古いですが、小野純平氏がイギリスと比較しながらよくまとめています(小野, 2005)。
⇒このページから無料でダウンロードできます。国立情報学研究所が提供するサービスです。http://ci.nii.ac.jp/naid/110006184414/
これを読む限り、日本でも、障害のある児童生徒一人一人のニーズに合った教育を行おうという動きはあるものの、普通学級で行うという点についてはむしろ逆の方向に進んでいるようです。
小野氏がまとめたものに載っていない最近の動きとしては、発達障害者支援法の施行(2005年)や、改正学校教育法の施行(特に2007年)などがあります。いずれも、障害児への支援という点では前進ですが、障害者と健常者がともに机を並べるという方向には進んでいないようです。
インクルーシブ教育がよいかどうかは、まだ私には分かりません。ただ、最近の世界の流れではあるようです。
[文献]
◇ 小野純平. (2005). 日本におけるインクルーシブ教育について : 英国におけるインクルーシブ教育との比較を中心に. 現代福祉研究, 5, 53-63.
↑ この文献にあるインクルーシブ教育の定義はサマランカ宣言がもとですが、サマランカ宣言にインクルーシブ教育の明確な定義があるわけではありません。
- [2008/05/29 20:47]
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コメント
同じ教室で
インクルーシブ教育、私も興味あります。
>「障害を有する子どもを含むすべての子どもに対して、
(1)個々の子どもの教育的ニーズにあった適切な教育的支援を、
(2)原則として普通学級において実施する教育」(小野, 2005)
「同じ教室」で、いったいどうやって個々の子どもの教育的ニーズにあわせるんだろう…と思っていました。
それで、ネットや本で調べたり、
ロンドンのみくさんから聞いたりしていたのですが、
イギリスでは、特に低学年の頃はグループに分かれることも多く、
それぞれのグループに補助指導員(リソースティーチャー・サポートティーチャー?)がついて全く違うことをやることも多いようです。
一斉授業でも、日本のように担任1人で教えるのなくチームで教えたり、
補助指導員が特別なニーズがある子どものそばについたりするようです。
統計によると、補助指導員の数はかなり多いようですよ。
それとイギリスでは、例えば「算数が苦手な子」とか、
「コミュニケーションが苦手な子」とか、
「飛び抜けて算数?が出来る子」とかを数人か選んで、
短時間、別室で、小グループ授業をすることも多いようです。
私は日本の通級教室の柔軟版だなと思っていました。
小野純平氏の論文だとイギリスの小グループは流動的なので「別の教室」にカウントされず、日本の通級教室は1年間固定なので「別の教室」にカウントされているようです。日本にももっと柔軟な小グループがあればいいのにと思います。
ネックは教師の仕事量を減らすことではないかと思います。
補助指導員や事務員など、教師をサポートする人が校内にもっと欲しいなと思います…
けいこさん、コメントありがとうございます。
インクルーシブ教育の具体的な実践例については、私はまだ詳しくなく、今回の記事の中でも取り上げませんでした。コメントをいただき、大変勉強になりました。
それではアメリカの事情を・・・
アメリカでは小学校低学年までは、一クラスの生徒数は20人くらい、15人以下が目標とされています。一クラスにつき、大抵先生一人とアシスタント一人ということが多いようです。大人1人に子供10人くらいの割合ですね。
以前、バイトでアメリカの高校生のティーチング・アシスタントをしましたが、目が行き届く人数はせいぜい12,3人でした。15人くらいのクラスになるときつかったのを覚えています。こちらが教育のプロではなく未熟だったせいもあると思いますが、高校生でさえそうなので、年齢の低い子供なら生徒数が多いとますます大変そうです。
また、小学校でも高学年になると、学力面であまりに遅れていれば進級できませんし、優秀であれば優秀な子供だけで編成される科目別のクラスとかもありますし、飛び級もあります。単に年齢だけで学年やクラスを分けません。これは教師にすれば教えやすい面もかなりありますし、子供にとってもメリットがあると思います。(クラスを年齢+学力で編成すると、身体的障害、発達障害、情緒障害等のある子供が普通学級で学ぶことは十分考えられますが、重度知的障害等は別のクラスになると思います。)
更に、必要であれば特別の支援も要請することができます。
まあ、そこまでやっても平均的アメリカ人学生の学力はそれほど優秀というわけではなさそうですし、問題も多いです。でも、何だか日本とは教育に対する意気込みがぜんぜん違いますよね。日本の教育も、もうちょっと個人を育てる努力をしてほしいと思います。
ジャスミンさん、コメントありがとうございます。
日本では、公教育である初等教育は平等であるべきという考え方がアメリカよりも強いような気がします。そのため、一般に、学力がある子もそうでない子も区別せず、年齢を基準にクラス編成が行われるのでしょう。ただ、習熟度別クラス編成や飛び級には、その子のニーズに合った指導を行うことができるというメリットがあることも確かで、日本では議論が分かれるところだろうと思います。
アメリカの事情、教えてくださりありがとうございました。勉強になりました。
そうですね。日本でも1クラスごとの生徒数を少なくするだけでも、かなり教育の質を向上できるのではないかと思います。
それから、何をもって平等と考えるかにもよりますよね。身長が1メートルの人、2メートルの人、両方に1.5メートルのベッドを与えるのが平等なのか。または、それぞれの身長にあわせた大きさのベッドを与えるのが平等なのか、みたいな話だと思います。
ジャスミンさん、コメントありがとうございます。
差が少ない「平等」を是と考える人がいる一方で、それを「悪平等」と否定的に考える人もいますよね。
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