緘黙支援とマザコン意識

2008年06月24日(火曜日)

我が子のためなら、どんなことにだって耐えられる!というのが、多くの母親に共通する思いだろうと思います。しかし、「親の心、子知らず」という言葉にもあるように、必ずしも子どもはそうした母親の思いを理解しているわけではありません。場合によっては、そうした母親の思いをうっとおしいと感じることさえあります。

一人の男性の経験から言うと、特にある程度の年齢の男の子には、そういう傾向が強いのではないかと思います。「マザコン」という言葉が気になり、母親といつまでもベタベタしていると格好悪いと思うようになる年頃があるのです。

周囲の視線も気になります。同じクラスの男子からマザコンとみなされると体面が悪いですし、いじめの口実にもされかねません。また、女子、特に好きな女の子にマザコンと思われるのは耐え難いです。

※ 余談ですが、ある女性芸能人が、インタビューの中で次のような内容の発言をしているのを読んで、驚いたことがあります。「私は若い頃、マザコン男は嫌いだった。しかし、母親になった今は、自分の息子を思いっきりマザコンにしたいと思う」

私もある時期、母親の介入を快くは思わないようになりました。もともと自尊心があまりないのに、母親に余計な世話を焼かれ、貴重な自尊心がいよいよ傷つけられたこともあります。また、あまり母親に構われながら育つと、将来自分は自立できなくなるかもしれないという不安を感じたこともあります。

■ それでも親の介入は必要

緘黙について母親の支援を受けている年頃の男の子がマザコンに当たるのかどうかは別として、年頃の男の子なら、必ずしも母親の介入をよしとは思わないでしょう。

こうして色々書いてきましたが、私は、それでもなお、場面緘黙症の男の子には、親(だいたい母親になる)の介入は必要と考えています。場面緘黙症の子は、自分から外に働きかけることは苦手です。成長したといっても、まだ子どもです。親の助けがないと、できることが限られてくるでしょう。男の子だって、母親のおせっかいに反発しながらも、学校で話せない自分には親の手助けが必要と考えていることでしょう。

かといって、母の思いばかりが先走り、「子の心、親知らず」にも、できればしたくはありません。母親にあまり構われるのは嫌だという男の子の気持ちに配慮しつつ、適切な介入ができればと思うのですが、なんだか難しいことのような気がします。

ついでに言うと、男の子が母親と距離を置くような年齢になる前に、場面緘黙症を治すことができれば、このような問題は起きません。