社会化欲求型、社会化意欲薄弱型、社会化拒絶型

2008年08月09日(土曜日)

このブログでは、時々場面緘黙症の論文についてまとめています。私は専門家ではないのですが、自分自身の勉強も兼ねて。

今回は、日本の研究です。

大井正己, 鈴木国夫, 玉木英雄, 森正彦, 吉田耕治, 山本秀人, 味岡三幸, 川口まさ子 (1979). 児童期の選択緘黙についての一考察. 精神神経学雑誌, 81(6), 365-389.

場面緘黙症の分類などで有名な研究です。少し古い文献ですが、やはり被引用回数が比較的多いので、取り上げます。

■ 概要

名古屋大学精神科児童クリニックおよび情緒障害児短期治療施設「くすのき学園」において著者たちが治療にかかわっている場面緘黙症児24例について検討、考察したものです。

■ 考察

気づいたこと、考えたことをいろいろ書きます。

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◇ 場面緘黙症の分類

この論文では場面緘黙症の分類が試みられており、この分類は近年(2000年以降)でも引用されています。

Type I : 家族以外にコミュニケーションを自ら求めるもの(コミュニケーションの手段としての緘黙)…社会化欲求型

Type II : 家族以外にコミュニケーションを自ら求めようとする意欲に乏しいが、受動的には求めるもの(無気力な生活行動の一部としての緘黙)…社会化意欲薄弱型

Type III : 家族以外にコミュニケーションを拒絶するかの如く求めないもの(コミュニケーションを避ける手段としての緘黙)…社会化拒絶型

著者は、場面緘黙症の本質を対人的コミュニケーションの障害としてとらえ、communicate しようとする意欲の歪みや乏しさが問題であるとしています。このため、こうした意欲に基づく分類を行っています。

場面緘黙症の研究が進んだ現代に生きる私だから言えることかもしれませんが、意欲はそれほど本質的な問題だろうか、と思います。場面緘黙症児の中には、確かに一見して意欲が乏しそうに見えたり歪んで見えたりする子もいるかもしれませんが、本質的な問題はむしろ不安の方ではないか、と思います。ですが、このあたりのところは、ちょっと分かりません。

それから、特に Type I の緘黙症児については、「沈黙することあるいは喋ることによって自己の存在を主張し、自己の立場を維持しようとする」としている点については、納得がいきません。「(緘黙は)歪んだ形ではあっても社会化への欲求の表現」「『緘黙』が対人コミュニケーションの手段として利用されている」とも書かれてありますが、これではまるで本人が自分の意思で緘黙しているようではありませんか(誤解していたらスミマセン…)。不安が強すぎて、声を出そうにも出せないというのが場面緘黙症だと思うのですが、どうでしょうか。

◇ 家族力動

この論文の家族力動についての論述もまた、よく引用されています。当時の場面緘黙症研究では、国内外で家族力動が注目されていて、著者もおそらくその影響を受けたものと思われます。実際、著者は国内外の先行研究をよく引用しています。

ただ、英語圏の研究では、近年、家族力動について論じられることはほとんどありません(日本語圏では現在でも家族力動が問題にされます)。

◇ 予後について

場面緘黙症の予後については、著者は楽観的ではありません。著者の調査によると、場面緘黙症児24例のうち、良好群は6例(25%)だったのに対して、不良群は18例(75%)でした。

ただ、著者が調査対象とした24人の場面緘黙症児は、名大精神科児童クリニックや情短施設に通所あるいは入所している子どもたちで、もしかしたら症状が重めの子どもが集まっているということはないのかな、とも思います。

◇ むすび

現代から過去の研究を見てみると、「古い」「間違っているのでは」と考えたくなってしまいますが、この研究は当時としては最先端でした。著者が主張する早期診断、早期治療の啓蒙の重要性は、現代でも変わっていませんし、他にも今なお示唆するところが多い文献だと思います。

数多くの場面緘黙症児を集めるのは困難だったでしょうが、24例の症例を集めてこれだけの研究をまとめたことは高く評価されるべきと思います。私は近年、日本の場面緘黙症研究は英語圏に水をあけられていると感じているのですが、それは、今回のような多数の症例を集めた研究が、日本では出てこないことが一因と見ています。

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◇ 大井ら(1979)の詳細ページ場面緘黙症Journal 論文情報