[緘黙] 中二から10年以上友達なし [ストーリー]

2008年09月02日(火曜日)

緘黙ストーリー、中学生編の第9回です。通算第36話をお届けします。今回から、中学2年のお話です。

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■ 先生の考えは…?

友だちをいっぱいつくって、楽しい中学生活をおくろうね!

これは、小学6年3学期の最後に、当時担任のY先生が、通知表を通じて私に送ってくださったメッセージです(第25話「私の通知表の中身」参照)。

その後、中学校に入学すると、私のたった二人しかいなかった友達で、小6の同級生だったK君とS君と、再び同じクラスになりました。場面緘黙症(自己診断)の私への、先生の特別な配慮だったのでしょう。

今回の緘黙ストーリーから私は中学2年に進級するわけですが、この中2の新クラスにいたのは知らない人ばかりで、K君やS君とも別々のクラスになってしまいました。そろそろ自分の力で新しい友達を作りなさい、ということだったのかもしれません。

■ 友達ゼロ人生始まる

しかし、私はこのクラスでは友達を作りませんでした。そしてこの中学2年への進級を境に、私の友達ゼロ人生が始まりました。次に友達ができるのは実に10年以上も経った後のことです。

■ 親しくしてくれる人はたくさんいたが、友達は…

10年以上友達がいなかったとはいえ、この期間、私は学校で孤立していたわけではありませんでした。親しくしてくれたクラスメイトは男女問わずたくさんいました。ですが、そこからさらに一歩踏み込んで、友達にまでなった人は誰一人いませんでした。

※ 親しくしてくれる人がいて、恵まれている!と感じる方はいらっしゃるでしょう。
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この中学2年のクラスに関して言えば、私は一部の女子に異常に気に入られてしまい、一番仲良くしてくれたのはクラスの女子たちでした。妙なものです。もっとも、私は男子でしたから、女子と仲良くなるには限界がありました。

■ 場面緘黙症が、友達がいなかった大きな原因

多くの人に親しくしてはもらったものの、友達とまで言える人はいなかったのは、私が場面緘黙症だったことと無関係ではないでしょう。

おそらく周囲の人の本音は、富条君は無口で不自由な人だからみんなでサポートしてあげなきゃ、だけれども、ああいった人と友達にまでは…といったところだったろうと思います。

なお、一部の女子グループは、これとは別の考えで私と関わっていたようです。詳しくは、次回の緘黙ストーリーでお話しする予定です。

■ 一人は楽しく、友達を作る気がなかったことも原因か

私自身に友達を作る考えがなかったことも、もしかしたら友達ができなかった原因かもしれません。

もともと私には、できるだけ人と交わることなく一人でいることを好む、変わった傾向がありました(第16話「友達なんて、いない方が楽しい!」参照)。今回の中学2年の進級で、誰一人友達がいないクラスになったことをきっかけに、そのまま好きだった孤独の道に走ったということでしょう。

もっとも、当時の私が友達作りに意欲を持っても、場面緘黙症の状態で友達作りのために積極的な行動をとるのは簡単ではなかっただろうと思います。以前の友達だったK君やS君たちにしても、私の意思とは無関係に、相手の方から私を友達にしようとして、そうなったわけです。

■ 友達がいなかった私に対して、親や教師は

中学2年から10年以上にわたって友達がいなかった私でしたが、この間、親や先生から特に何か言われたことは、ほとんどありませんでした。

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◇ 緘黙の男の子は、カワイイ?

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