緘黙者間の治療観の相違

2008年10月18日(土曜日)

Wikipedia 「吃音症」の項目にある、「吃音者間の治療観の相違」の説明が面白かったです。

吃音者間の治療観の相違
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特に、「『吃音は努力すれば良くなる』とする主張と、『努力では良くならない』とする主張ある[ママ]」「吃音が治った人がいても、それはその人が治っただけで万人に有効な手段とはいえない」のくだりです。

吃音症と場面緘黙症はもちろん違いますし、ここの記述がそっくりそのまま場面緘黙症に当てはまるわけではないのですが、思い当たる節がありました。

場面緘黙症を自力で克服したとか、あるいは、それなりの年齢になったけれどもまだ治っていないとか、いわゆる後遺症で悩んでいるとか、そうした人たち同士がインターネットで交流すると、同じような対立が起こることがあります。

それにしても、この「吃音者間の治療観の相違」、一体どんな人が書いたのでしょうか?もしかすると、「俺は吃音を努力で治した。お前には努力が足りない!」などと説教されて、反発を感じた人かも?いや、それは分かりませんが。