[緘黙] 演歌に目覚める [ストーリー]

2009年01月14日(水曜日)

緘黙ストーリー、中学生編の第13回です。

皆さんお待たせしました。記念すべき通算第40話は、私の演歌趣味についてお話しする、この上もなく素晴らしいエントリーです。

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私は中学2年の頃、演歌・歌謡曲(「演歌」と略す)に目覚めました。

きっかけは、中学2年の頃、たまたまテレビで堀内孝雄を聴いたことでした。もっとも、堀内孝雄は演歌というより、「ニューアダルトミュージック」と呼ばれる独特の歌謡曲だったのですが、聴き続けているうちに、私は近隣のジャンルである正統派ド演歌や、さらには歌謡浪曲(三波春夫の『俵星玄蕃』みたいなやつ)まで好むようになりました。

一方、私のような年代の若者が普通好みそうな歌謡曲、例えばJポップ?にはあまり関心が向きませんでした。むしろアレルギーのようなものさえ感じたほどです(ファンの方、ごめんなさい)。

■ 若手女性演歌歌手が好き

堀内孝雄は例外として、私は若手・中堅の、まだ知名度の低い女性演歌歌手を好む傾向がありました。

そうした分野の情報収集を進めてきたため、水森かおりがまだ無名だった頃や(ジャイアンツの吉村選手が好きと言っていた)、島谷ひとみが演歌歌手だった頃(演歌というより歌謡曲だったような)などもリアルタイムで知っていたりします。

■ なぜ演歌に惚れたのか

このような、私の世代ではあまりにもマイナーな世界を、どうして好むようになったのでしょうか。

◇ 緘黙など、自分の人生は演歌的?

まず第一に、単純に、演歌の楽曲、演歌歌手の人柄、演歌番組の雰囲気に惹かれたからです。

私は子どもの頃から不器用で、いじめを受け続け、場面緘黙症にかかり、父が早世し母子家庭になるなど、その人生はいかにも演歌的のように思われました。演歌のマイナーコードや、時に救いようも無いほどの暗い歌詞も、人生は思うに任せぬと感じていた私の琴線に大いに触れるものがありました(もちろん、今ではメジャー演歌も好きです!)。

また、特に若手・中堅の演歌歌手は、丁寧な話し方をする傾向があります。演歌番組もなんだか落ち着いた感じです。こうしたところも、私に合ったのでしょう。

◇ 緘黙で友達がいなかったことも関係?

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私は場面緘黙症になり、友達がいない、もしくは少ない人生を送っていたのですが、そうしているうちに、友達と一緒に過ごすよりもむしろ一人でいることを好むようになりました。そうした心性も関係していたのでしょう。つまり、Jポップを聴くと、同世代の若者と趣味・嗜好を共有することになります。しかし、若手女性演歌歌手は誰も知らない、ほとんど私一人の世界です。

Jポップのテレビ・ラジオ番組を見聴きすると、どうも自分には肌が合わないと感じられました(もちろん、Jポップが悪いと言っているわけではありません)。ついでに、Jポップを好む同世代の若者とも、肌が合わないのではないかとも思われました。こうした、自分だけが同い年の若者に比べて違うという感覚は、その後も長く持ち続けることになります。

■ 演歌好きで学んだこと

◇ 演歌のCDを買うのは行動療法?

演歌のCDやカセットテープを、私のような若者がレコード店で買うのは、不安がちな性質を克服する訓練になります(本当だろうか)。

レコード店で演歌のCDやテープを買うのは、私でなくても、若い人であれば緊張するものでしょう。若い自分が演歌コーナーに入ったら周りから変な目で見られるのではないか、レジの店員はどう感じるだろうか、そうした不安に襲われます。しかし、こうした体験を積むことこそが、不安がちな性質を変えるのに良いのです(?)。なお、私が初めて音楽CDを買ったのは、成人して以降、緘黙症状がかなり改善されてからです。

さらに、ご年配の方ばかりの演歌コンサート、リサイタルの会場に入って、会場内に長期間身を置くことは、それ以上に不安を克服する効果が大きいようにも思われます(?)。しかし、私はそこまでしたことはありません。

◇ 人は様々

演歌が好きになってつくづく感じたことは、人の感じ方、趣味・嗜好は実に様々だということです。私は演歌を心から感動して聴いてきたのですが、世の中には演歌が理解できない人や、中には演歌が大嫌いな人さえいます。

大事なのは、世の中には様々な人がいて、たとえ相手のことを理解できなくても、尊重することだろうと思います。

[続きの話]

◇ [緘黙] 私をいじめた、やんちゃ坊主 [ストーリー]

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