緘黙経験者の社会適応

2009年01月08日(木曜日)

このブログでは、時々緘黙症の論文を取り上げています。私は専門家ではないのですが、自分自身の勉強も兼ねて。

今回は、これです。個人的に面白いと思ったので、取り上げます。

南陽子, 門慎一郎, 西尾博, 大塚隆治, 梁川恵, 奥田里美, 片岡朗 (1987). 選択緘黙の社会適応に関する研究. 安田生命社会事業団研究助成論文集, 23(1), 109-129.

■ 概要

一言で言うと、場面緘黙症経験者の社会適応などについての研究です。

かつて京都市児童福祉センターが治療的にかかわった場面緘黙症児のうち、アンケートによる予備調査を行った上で、面接や電話聴取することのできた34名(男子17名、女子17名)について、発症後6~27年の期間(平均15.8年)を経た予後像とそれに関連があると考えられるいくつかの要因を検討、考察しています。

調査の結果、34名中29名(85%)に緘黙症状の改善が見られました。また、25名(74%)は集団適応が、26名(76%)は社会適応が良好でした。そのほか、様々なことが明らかになっています。

■ 考察

私なりに気づいたこと考えたことをまとめます。

◇ 場面緘黙症児の予後、集団適応、社会適応を調査

場面緘黙症児の予後、社会適応は重要な論点だと思います。場面緘黙症の予後は良く社会適応にも問題がないのか、それともそうではないか。どちらかによって、緘黙の問題の重要性や支援のあり方も変わってくるでしょう。

この問題に一石を投じたものが今回の論文と言えます。今回の論文では、34名もの場面緘黙症児の予後と社会適応を調べています。調査期間も長期にわたり、緘黙症児の義務教育終了後の予後、社会適応を調べた貴重な研究です。そうした意味で、私はこの論文をとても興味深く読んだのですが、学界ではあまり注目されていないようで、被引用回数は少ないです。

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◇ 集団適応、社会適応の意味

著者が言う「集団適応」「社会適応」の意味に注意したいです。

著者は、「集団適応度」を「家庭以外での参加集団内での機能水準」と定義しているのですが、「家庭以外での参加集団」には、職場と学校が含まれています。

「社会適応」については、予後と集団適応の両方の程度を組み合わせた独特の定義を用いています。

社会適応というと、特に職場に適応しているかどうかを考える人も多いと思いますが、この論文では学校生活の適応度をも考慮に入れるなどしており、注意が必要です。

◇ どういう職業に就いたか

集団適応が良好だった者25名のうち、就職した者は11名で、その他は学生などです。

この11名の就職先を知ることは、緘黙経験者の就労を考える上で、ヒントになるだろうと思います。職種は製造業7名(64%)、サービス業3名(27%)、不明1名(9%)です。京都市の昭和60年度の職業別統計では製造業25%、サービス業24%とのことですから、製造業が多いです。概して、対人的接触の機会の少ない職業を選んで、そこでうまく適応しているとのことです。

なお、11名の学歴は、中卒5名(うち1名は障害者学級出身)、高卒6名(うち4名は養護学校高等部出身)です。中卒者や養護学校出身者が目立ちますが、これは後にもお話しするように、サンプルの問題が関係しているのでしょう。

選んでいる職業からして、やはり依然としてコミュニケーション上の問題を本人たちは感じているのでしょうか。本当に適応が良いといっていいのだろうかと疑問を感じないまでもありません。

◇ 登園登校拒否経験者が過半数

場面緘黙症児は不登校が少ないという指摘もあるのですが、今回の研究では、21名(62%)に登園登校拒否の経験があったという結果が出ています。

もっとも、後にもお話しするように、この研究で調査対象となっているのは、京都市児童福祉センターで治療的にかかわった場面緘黙症児です。相談機関に関わる場面緘黙症児は、緘黙ではなく、不登校など他の問題を主訴として来所する者が多いかもしれず、私はこの点は留意が必要だと考えます。

◇ 調査対象の子どもたちに注意

この研究の調査対象とされた子どもたちに注目したいです。

今回の論文で研究の対象となった場面緘黙症児34名は、いずれも京都市児童福祉センターで治療的にかかわった者たちです。しかし、「選択緘黙児は家庭内では特に問題なくふるまうことが多く、また近年増加している非行やいじめなどの問題と比べて学校内では目立たない存在であることなどの理由から、私たち臨床家の目に触れにくくなってきているのが現状である」と著者自身が述べているように、場面緘黙症児の中にはこのような相談機関と関わりがない者も相当数いるものと思われます。そうした者の後の症状や集団適応、社会適応についてまでは、今回の研究では分かりません。

ついでに言うと、ネット上で、いわゆる後遺症が残っていたり、社会適応が悪い緘黙経験者が多数見られるからと言って、それだけで、一般に場面緘黙症は後遺症が残りやすいとか、社会適応が悪いと結論づけることには慎重であった方がよいと思います。こうした人たちの裏で、実は、場面緘黙症が早いうちに治ってしまって、社会適応にも何の問題もなく、緘黙関係サイトを訪れたり自ら立ち上げたりしていない人が、大勢いないとも限らないのです。

◇ もっと研究を!

場面緘黙症の予後に関する研究はこれまでにもいくつかあったのですが、予後が悪いという結果が出たものや、予後良好という結果のものなど、評価は様々です。今回の研究だけをもって、一般に場面緘黙症の予後は良いものが多いと言うことはできないだろうと思います。

集団適応や社会適応についても、別の研究グループが同じ調査をしたら、結果が変わってくる可能性がないとも言い切れません。

また、職場での適応についてですが、近年では、今回の研究が行われた時期(昭和60年頃か)と比べて、若者をめぐる労働市場の状況が大きく変わっています。正社員は厳選採用され、非正規雇用の割合が高まっています。第2次産業の就業者数は減少し、第3次産業に就業する者が増加してきています。経済のグローバル化が進み、単純な仕事は賃金が安い中国などに移っています。こうした変化が、緘黙経験者の職場適応にどのような影響を与えたのか気になります。

この分野の研究が、今後多く発表されると良いです。個人的には、緘黙経験者の高等教育機関への進学率、(非)正規雇用者の割合、失業率、結婚している者の割合、といったところが気になります。

[蛇足]

戦国武将・上杉謙信の養子で、初代米沢藩主となった「上杉景勝」は、極端に無口で無表情だったことで知られます。大河ドラマ『天地人』でも、幼少期から無口と描かれるようです。しかし、場面緘黙症ではなかっただろうと私は見ています。

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