22歳前後の元緘黙児33人を調査

2009年03月08日(日曜日)

このブログでは、ときどき場面緘黙症の論文を取り上げています。私は専門家ではないのですが、自分自身の勉強も兼ねて。

今回の論文はこれです。スイスの研究です。

Steinhausen, H.C., Wachter, M., Laimbock, K., and Metzke, C.W. (2006). A long-term outcome study of selective mutism in childhood. Journal of Child Psychology and Psychiatry, 47(7), 751-756.

■ 概要

場面緘黙症児の長期転帰を調べ、緘黙ではないが不安障害の子どもたち、緘黙でも不安障害でもない子どもたち(対象群)のその後と比較したものです。

調査対象の元緘黙児は、1996年に発表された緘黙研究(Steinhausen and Juzi, 1996)で調査対象であった100人の緘黙症児のうち、33人です。年齢層は、1996年の研究では平均8.5歳、標準偏差3.1歳でしたが、今回の2006年に発表された研究では平均21.6歳、標準偏差3.3歳となっています。

■ 所感

次の2点に注目して、論文を読んでみました。

(1) 大人になっても場面緘黙症の人はいるか?
(2) 場面緘黙症の「後遺症」はあるか?

ネット上では、この2点の関心が強いと感じるので。

今回の論文は、この2点について考える上で示唆するところがあります。そのことについて、これからお話します。

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◇ 大人になっても場面緘黙症の人はいるか?

調査対象の元緘黙児33人は、現在22歳前後です。この人たちのうち、特に20歳や18歳以上の人の中に場面緘黙症の診断基準に当てはまる人がいれば、場面緘黙症の大人がいるということが、学術的に示されることになります(※日本の成人年齢は20歳ですが、18歳の国も多いです)。

しかし、論文の著者はこの点を調べていません。

これは非常に残念です。ネット上では、日本語圏はもちろん、英語圏でも大人の場面緘黙症を持っていると見られる人を見かけることがあります。英語圏では、おそらく世界最大の緘黙支援団体である Selective Mutism Group のフォーラム(掲示板群)に、わざわざ Adults with Selective Mutism(場面緘黙症の大人)というミニフォーラムが以前より設けられています。にもかかわらず、大人の緘黙症は学界ではほとんど(全く?)議論の対象にはなっていません。22歳前後でも場面緘黙症の人がいるかどうか診断することは大いに意義のあることではないかと思うのですが。今回の研究の目的とも相容れないことはないはずです。

ただし、次のことが明らかになっています。

元緘黙児の、生涯を通じた場面緘黙症の激しさ(intensity)を調べたところ、「同じ激しさ」が14人(42.4%)、「少しずつ改善」が18人(54.5%)、「激しさが変わった」が1人(3.0%)でした。

↑ ある方からご指摘を受けたのですが、この intensity とは、「改善までの症状の激しさ」のことのようです。つまり、「同じ激しさ(急激に症状改善)」が14人(42.4%)、「少しずつ改善」が18人(54.5%)、「激しさが変わった(一旦改善したが波があった?)」が1人(3.0%)ということです。ご指摘ありがとうございました(2009年6月21日)。

また、緘黙の転帰は、「悪化した」「変わらない」が0人(0.0%)、「少し改善した」が6人(18.2%)、「顕著に改善した」が8人(24.2%)、「完全に改善した」が19人(57.6%)という結果でした。

この結果、どう解釈すればいいのか私には分かりません。著者はどうも後者の結果を重視しているようなのですが、前者の結果も私には気になります。intensity の意味が分かったので、納得がいきました(2009年6月21日)。

◇ 場面緘黙症の「後遺症」はあるか?

「場面緘黙症の後遺症」という言葉は、今回の論文では用いられていません。そもそも、学術文献で用いられることはありません。おそらく、ネット(それも日本限定)発の言葉ではないかと思います。

ですが、今回の研究では、現在22歳前後の元緘黙児の精神疾患を調べ、緘黙ではなかったが不安障害の人、緘黙でも不安障害でもなかった人(対象群)と比較しています。その結果、何らかの精神障害や恐怖性障害を持った元緘黙児がそれぞれ19人(57.6%)、14人(42.4%)おり、緘黙でも不安障害でもなかった人に比べると有意に多いことが分かっています。緘黙は改善されても、こうした問題が残る者が多いというのが、今回の研究の一つのポイントです。これは、「場面緘黙症の後遺症」と言えるかもしれません。

ただし、抑うつ障害など、元緘黙児に特に多く見られるわけではない精神疾患も数多くあります。元緘黙児が何か精神疾患にかかっても、それが本当に「場面緘黙症の後遺症」なのかどうか見極める必要もあるのではないかと考えさせられます。

◇ そのほか所感

緘黙経験者の社会適応」でも書きましたが、場面緘黙症児の予後は重要な論点だと思います。場面緘黙症の予後は良いのか、それともそうではないか。どちらかによって、緘黙の問題の重要性や支援のあり方も変わってくるでしょう。それだけに、今回の研究は重要と私は見ています。今回は、緘黙でない子(対象群)との比較を行った初めての予後調査で、これまでの同種の研究に比べて洗練されています。

ただし、これはあくまで、スイスの専門機関でかかったことがある元緘黙児の追跡調査です。大多数の緘黙児は専門機関にかかることはないでしょうから、そうした子どもたちのその後を知るには、今回の研究だけでは分かりません。専門期間にかからない緘黙児の追跡調査が是非行われて欲しいと思うのですが、現実には簡単ではないだろうと思います。